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「駄目です」


 この日の放課後、わざわざ職員室に入部届を出しに行ったというのに、チア部顧問のババア(いつまでオトナ女子でいるつもりだ四十代)は、こんな返答を寄こしてきた。


「別に、一緒に踊ったりパフォーマンスしたいなんて、わがままは言いません。マネージャーで良いんです。マネージャーとして、僕たち二人を入れてくれたら――」


「駄目なものは駄目です」


 このババア強情だ。


「何故ですか」


「マネージャーはすでに居ますし、あなた達は男子です。うちは女子チアリーディング部です。そんなにやりたいなら、男子部を新設しなさい」


「おかしいでしょ! 野球部だってサッカー部だって、男子部なのに女子マネージャーが居るんですよ? だったらチア部だって、異性のマネージャーが居ても不思議じゃないでしょうが!」


 大きな声を出したので、他の職員の注目が集まる。

 なんだよ、何もおかしなこと言ってないだろう。


「他所は他所、うちはうちです。さあ、用がそれだけなら帰りなさい」




 俺と水島は、今日の所は退散することにした。

 だが、これで諦める俺ではない。

 チアコスエッチは、制服エッチに負けず劣らず魅力的だ。

 チア部にしたのはそういう理由もある。

 明日には、次の手を打つことにした。




「おい、昼飯はどうしたんだよ。ついに金が尽きたのか? ちょっとくらいなら、貸してやるよ」


 早歩きの俺の後を、水島が付いてくる。

 俺は今、食堂ではなく、ある場所に向かっている最中だ。


「いったい、どこに行こうってんだよ?」

「お前も聞こえてるだろ、この放送が」


 現在、いつも通りに昼休みの生徒向けに、放送部員が流行りの音楽をかけている。


 昼の色どりだとか、楽しいひと時をだとか、もっともらしい文句を垂れてはいるが、結局放送部員の趣味でしかない、耳障りは放送だ。誰も聞いちゃいない。

 そんな、宝の持ち腐れとなった放送機器たちを、俺がもっと有意義に使ってやろうというのさ。


 俺たちは放送室に押し入った。


「な、なんだ――」

「オラァッ!」


 俺たちは、二人の放送部員と思しき男を、ぶん殴って気絶させた。

 そして、現在かかっている悪趣味な音楽をストップした。


「そんなに悪いか?」

「俺は、男アイドルが嫌いなんだ」


 言いつつ、俺はポケットから演説の原稿を取り出した。

 俺の作戦は、訴えかけだ。


 これほどの熱意があるのだと全校生徒、教員に訴えかけることによって、彼らを味方につける。

 そうすれば、ババア一人では持ちこたえられない。

 俺たちの入部を承認せざるを得なくなる。


 果たしてババアはどれだけ耐えられるかな?

 『なぜ入部を許可してあげないんだ』という民衆の非難の声に!



 放送機器の操作もお手の物。放送準備を整え、マイクの前に座った。

 そこで倒れている男たちが、持ち込んだであろうパックジュースを一口飲んで、俺は話し始めた。


「突然お騒がせして申し訳ない。また音楽が止まって、残念がっている者も居るでしょう。我々は、一年生の永井と水島と言うものだ」


 本当は申し訳ないなど、かけらも思っていないが。


「しかし、我々がこのような暴挙に出たのには、理由があるのです。

 我々はあなた方に、我々の置かれている状況、そして彼女にされた、むごい仕打ちについて知ってもらいたい!」


 聞いている人間には伝わらないが、話しながらの身振りも、次第に大きくなっていく。


「我々は昨日、チアリーディング部に入部届を出した。しかし、断られたのです。

 マネージャーとしての入部を希望したのにもかかわらず、顧問はあろうことか、我々の性別を理由に入部を断ったのです。

 彼女は納得できる理由を示さずに、我々を差別したのです。そう、法律にも校則にも則らず、私的な感情で我々を排除したのです。

 これを聞いている皆さんに問いたい。このような横暴が、許されて良いのか!」


 放送を聞いたのか、教員共がカギのかかったドアを叩いて「開けなさい」と叫ぶ。

 俺は水島にアイコンタクトで意思を伝える。水島は小声で返した。


「大丈夫だ。入ってこないように見てるぜ」


 俺は再び原稿に目を落とす。


「私は、この差別による心的ショックで、昨日は夜しか眠れませんでした。さらには食欲減退。ここ一週間、昼食はかけうどん一杯のみ、今日などは何も食しておりません!」


「それは関係ないだろ」


 水島がぽつり。


「我々はただ、輝くチア部員たちのサポートをしたい一心で、マネージャーになりたいと申し出ただけなのです。

 いつも人々を応援する彼女たちを、いったい誰が応援してあげるのでしょうか。

 彼女たちは応援するばかりで、応援してもらうことは出来ないのでしょうか。

 我々は、彼女たちの力になりたい!」


「よく言うぜ。精々着替えが見たいか、彼女が欲しいかだ」


 水島がつぶやく。ちゃんと聞こえないようにしゃべってくれよ。


「そこに邪心は一切ありません。あと付け加えて、我々はトランスジェンダーです」

「おい、デタラメ言うな。デリケートな問題を出すな」


 水島が何か言ってくるが無視する。


「どうか、これを聞いている皆さん、力を貸してください。どちらに正義があるか、皆さんになら分かるはずです!」


 これで俺は全文を読み終えた。

 マイクをオフにし、喉が渇いたのでもう一度ジュースを飲む。


「中々の名演説、いや迷演説だったか?」


 水島は俺に拍手をくれた。


「結構良かったろ? 五分で考えたんだ。さて……」


 扉の向こうでは、教員がおそらく三人ほど待ち構えている。

 勝手な行動をした、生徒を取り締まろうという魂胆だ。

 俺は廊下に居る教員たちに届くよう、大きな声で言った。


「あんな真面目な演説で、どうして説教を貰わないといけないのですか。あなた方も、我々の意思を握り潰そうというのか!」


「そういう話ではない。良いからここを開けなさい」


 声は男のものだった。

 ということは、手加減無用でここを強行突破しても良いというわけだが、そうは問屋が卸さない。

 説教回避のために、新たな説教の種を生んでは世話がない。


 俺は水島の肩を叩いて、ある場所を指さした。


「あそこを見ろ」

「窓か」


 俺たちは顔を合わせ、にんまりと笑った。

 ここ、放送室は一階である。窓からの脱出は余りに容易なことだ。

 俺たちは、外の教員に気付かれないように、忍び足で窓へと近づいていく。

 そして、いよいよ窓までたどり着くと、そこからまんまと外へと脱出した。

 ……って、何の盛り上がりも捻りもねえ!


 本当はつっかえ棒でも使って、一泡吹かせたいところだったが、そんなもの使っても、どうせ目を覚ました放送部員が取り除いてしまって、意味が無くなるので止めた。




 教室に戻る途中、水島は言った。


「しかし、これで本当に効果があるのかな?」

「まあ、見てなさいって」


 早ければ、次の日にでも効果は出るだろう。

 きっと、見かねた校長辺りが動くはずだ。

 と、会話しながら廊下を歩いていると、ざっざと歩く行列とすれ違った。


 その行列はかなり長く、というかメッチャ長い。まだ最後尾が見えない。

 すれ違ったを訂正、すれ違う最中。これ、百人くらい居ないか?


「なあ、これ何の行列?」


 行列構成員に話を聞いてみる。


「ああ、これは、チア部に入れなかった生徒に感動した者たちで、職員室に乗り込もうとしてるんだ」


 って、効果出るの早過ぎだろぉっ!

 うちの学校の生徒、随分涙もろいですねぇ! まあ、嬉しい限りだけど!


「あの顧問を、袋叩きにしてやるんだ」


「しかも物騒! 過激派!」


「大丈夫! 百人規模なら、きっとお咎めなしだよ。それに正義は、僕らにあるからね!」


 随分と心強いこと!


 本当は彼女が欲しいからとか、ちょっとエッチな体験ができるかもとか、そんな理由で入部したいなんて、口が裂けても言えない。

 逆にこっちが袋叩きにされかねん。


 だがこれが民衆の力か恐れ入った。


「おい、これ大丈夫なのか」


 水島が心配そうに俺に耳打ちする。


「……まあ、大丈夫でしょ」




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