アニマリティ

 群れを成すのは私たちが人間である以前に、動物であることの証だった。社会を築くことが既に本能的な行動であり、抗い難いことでもあった。動物と人間とを分かつとすれば、繋がるか孤立しているかにあるのかもしれない。孤独であることが人間的──というのは、とても悲しいことだけれど。

 そうなれば、孤高である彼女はとても人間的だったのに違いない。クラスでひとり、もの憂い顔をして見せる彼女は、恐らくは動物を模した自分を毛嫌いしていたのかもしれない。

 ア木絵理香は、厳密には人間ではない。ア型──つまるところのアンドロイドであり、人間の亜種でもある。彼女は動物としての肉体を持ち合わせておらず、その代わり、とても人間的な思考を頭に詰め込んでいる。

 大人という言葉が、"大きな子供たち"という意味を携えてからは、この世界に子供が生まれなくなった。否、のだ。生むこと、育てること──は、とてもコストがかかる。人間のための社会において、新入りは求められていないということだ。

 だが、そうなっては誰も居なくなってしまう。この恐るべき──そして実に間の抜けた問題に取り組んだのは、一部の物好き達だった。彼らはまるで他人事のように真面目な顔つきをして、人間的なものを創造することで、埋め合わせをしようとした。その内のひとつがア木絵理香だった。

 彼女は人間よりも人間的で、人間よりも反人間的だった。群れることを好まず、とても聡明で、しかし美貌が故に人を惹きつける。それだけでなく、彼女はどこか──病的だった。

「私はね、死者なのよ」

 彼女が微笑と共に吐き出す言葉には、穏やかな悪意が込められている。敵は仲間の振りをするように、身体の中で悪さをする癌細胞が一番凶悪であるのと同じように──親密に話しかけてくれる彼女の言葉は、私の脳味噌の内側から侵し、浸透していくのだ。

「絵理香は死んでいるの……」

 私の問いに、彼女は首を振る。

「厳密には違う。私は死ねないように、常に魂が管理されているからね。だから、どちらかと言えば生かされている。けれど、生命とは別の意味で、私は死んでいる。その意味では確かに、貴方の言う通り」

 ア木絵理香は鞄から手鏡を取り出して、自らの顔をそこに宿した。人間的な見た目をした、しかし虚像であるそれ──が、鏡越しに私を凝視みつめる。

「私には生きがいがない。生きたいと言う理由がない」

 表情はなく、とても機械的に見え──それなのにとても悲しく思えた。それは私の感情移入によるものだろうか。私の感情が鏡映しにされただけなのかもしれない。だから、これはひとつの偏見バイアスだ。それでいて、私の中のただひとつの真実でもある。

「悲しいのね」

「そう……なのかな。うん、きっと、私は悲しい。生きることがただの作業的に思えることが、それを苦に思い始めていることが」

「ねえ、貴方は何を背負っているの」

「私はすべてを──」

 背負っているし、背負っていない。

 彼女は人間であり、動物ではないから。

 彼女に欲求はない。

 安らかにはなれない。

 成長は叶わない。

 何かを遺すことさえできない。

「人間を背負っている。けれど、動物のことは背負えない」

「社会には馴染めない?」

 彼女は微かに笑った。

「馴染む必要がない」

「え?」

「むしろ、彼らの方が私に寄せることになる。基準は簡単に変えられる。愚かなくらい賢いから、そう信じているから。模範的な人間より正しければ、彼らは勝手にね」ア木絵理香は言った。「だって、動物より人間の方がお好みなんでしょう? ……貴方も、ね」

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