第1章 訪れてみた

夢じゃない

 岩に腰掛けて雪那は先程からずっと考えこんでいる。


「夢じゃないんだよね」


 頬をつねりすぎて赤いまま。


「眠ったままどこかへ来ちゃったってわけでもないんだよね」


 冷静になって自分の姿を見つめて、昨日生放送をしていたのとは違う服、パジャマでもない服を着ていたことまでは気がついた。


「こんな服、私持っていたっけ?」


 若干彩色が派手で、自分では選ばないであろう露出の高めの服。


「で、ここはどこ?」


 改めて自分に、あるいは誰かに問いかけてみる。


「んしょ」


 岩の上に立ち上がって、もう何度目だろう。辺りを注意深く見回す。


 きれいな草原。草原を取り囲むように乱雑に木々が生えている。遠くには大きな山が見えた。見上げればそれらすべてを高みから見下ろす青空が広がる。風が気持ち良い。深呼吸をすると、今まで嗅いだことのないような青臭い匂いがした。これが自然の匂い。そんな感想を浮かべた。


「いやいやいや、待って待って」


 辺りの景色に落ち着きつつあった心を活性化させる。


「なんで家にいた私が、こんなところにいるわけよ」


 現実逃避しそうだった心を現実へと引き戻す。


「そもそもこれは現実なの?」


 自問するが自答できない。


「よいしょっと」


 岩から降りてゆっくりと歩き出す。

 道らしい道はない。でも、歩き出さずにはいられなかった。


 普段あまり運動に励んでいなかった結果、10分ほど歩き続けたところですでに限界が近づいていた。呼吸を整えるために休憩してもすぐにまた呼吸が乱れてしまう。


 辺りは森。なんとか道のようなものを見つけたまでは良かったが、深い森の奥から何かが出てきそうで気が気ではない。

 だから。


「あった……!」


 人工物が見えた時は心の奥底から嬉しい、そんな感情を込めた言葉を口にしていた。


 まず見えたのは大きな壁。しかし壁ばかりで入れるような場所がまだ見つからない。壁に手を触れながらさらに進んで行くと、ようやく壁がとぎれて門が見えてきた。同時に、門の前に立つ人の姿も見えてきた。


 鉄製の三角帽を被り、体には鎖状の帷子を編み込んだ服を。そして手には槍。顔の作りは若者のそれ。彼は、ここに配属をされてからまだ日が浅い若者だった。だから、いきなり門の端の方から現れた雪那を見つけても、槍を突き出すよりも先に驚きと若干の恐怖が勝ってしまい、冷静に対処することができなかった。


「こ、こんにちわー」


 疲労混じりの笑顔で挨拶をする雪那。


「こんにちわ……」


 兵士もギクシャクしながら挨拶を返す。兵士の横を通ってなるべく怪しい素振りを見せずに壁の中へと入っていく、そんな彼女の格好をもう一人の兵士が振り返って見つめていた。


 壁の中は人工物にあふれていた。


「うわぁ、すごい」


 石造りの家がところ狭しと並んでいる。

 メインストリートなのだろうか。門から入った先に伸びていた通りの両端には幾つもの屋台が並んでいた。果物や野菜などの食材から、食べ物なのか怪しい禍々しい植物。あるいは珍しい鉱石などが並んでいて、この町の人々、あるいは他から来た旅行者などが物色していくのがいつものこと。なのだが。今日だけは違った。売り手も買い手も皆、突然現れた珍客に興味を奪われていた。


「おいしそうだなぁ…。

 そう言えば私、今日なにも食べていないんだっけ……」


 気にしたとたんお腹が鳴る。慌ててお腹を押さえるが幸いにもあたりの音にかき消された。屋台には食材だけでなく、加工食品も並べられていた。いつか行ったお祭りの屋台を思い浮かべるようなラインナップだった。

 ますますお腹が空いてくる。


「でも私お金持っていないし……っていうか、ここ日本円使えるの?」


 念のため服のポケットをまさぐる。小銭一枚として出てこない。またお腹が鳴る。


「どうしようこれ。おまわりさんに話せばいいのかな? 

 いるのかなおまわりさん」


 いた。いや、正確には彼女へと向かって来た。


「え?」


 思わず足を止める雪那。メインストリートに溢れる人々が左右に別れ、道の中心を3人の男性が歩いてくる。

 3人の視線は雪菜へと向けられていた。


「えっと、もしかしておまわりさん、なのかな?」


 服装は門の前にした二人とよく似ていた。


「あの、えっとすみません。私、迷子? なのかな? 自分でもよくわからないんですけど朝、目が覚めたら突然――え! なななんですか!」


 両サイドから2人に腕を掴まれた。


「えっ、ちょちょっと!」


 焦りの表情でつかんできた二人を交互に見る。

 掴んできたおまわりさんらしき2人は大柄な体格で、小柄な雪那の体を軽々と持ち上げた。


「ま、まだ私なにも盗っていないですよね!

 まだなにもしていませんよ!」


 じたばたしても掴まれた腕が外れることはなく、足もすでに宙に浮いているので逃げ出せない。そのままの姿勢で両側の2人に連れて行かれる。


「だ、誰か助けてください!」


 涙目になりつつ辺りに助けを乞う雪那。町の人たちと目が合う端から目をそらされる始末。それでも叫び続ける雪那。大きな建物の前についたころには疲れてぐったりとしていた。


 両足を地面に下ろされても反応する元気もない。両端の2人とは別に先頭を歩いていた青年が大きな門をノックして、門の奥の誰かと会話をしてる。二言ばかり会話をすると門が内側から開かれた。もう一度雪菜の体が持ち上げられる。やはり彼女の反応はない。


 疲れきったまま門の奥へと連れて行かれ、4人が門の中に入ると再び閉じられた。

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