第48話 野球勝負

 後片付けをするために立ち去ろうとしていた優成たちの足が止まった。


「あっ? 俺達と野球で勝負だと? 面白れぇ、やってやろうじゃないか」


 あっさりと私の提案に乗って来てくれた。

 よほど野球での勝負に自信があるのか、野球を馬鹿にされたと思ったのか分からないけれど、ともかく魔女を削除する道筋ができた。


「ただし、条件がある」


 えっ!? 条件? 野球で勝負すると言うだけで私が不利なのに?


「野球で勝負するって言ったのはそっちだろ? それに俺たちが負けたら魔女を削除するってペナルティーがあるんだからお前が負けたらお前の方にもペナルティーがあるのが普通だよな?」


 クッ! 勝負をして貰うためには条件を飲むしかない。私は覚悟を決めてその内容を聞く事にする。


「俺たちが魔女を持っているって事はお前も持っているんだろ? 負けたらその魔女を削除しろよ」


 変な所で勘のいい男は嫌いだ。ここでエヴァレットの事を誤魔化しても良いのだけど、それだと勝負が成立しなくなってしまう。

 エヴァレットはすべてが終われば削除しようとしているのは間違いないけど、それは今ではない。


「嫌ならいいんだぜ。俺たちは無理に勝負する事もないしな」


 こっちの足元を見るなんてとてもスポーツマンとは思えない。どうしよう。エヴァレットとはまだ離れたくないのに。


「自信がないならやめておくんだな。無理にする勝負でもないし。行こうぜ、静二」


 何その言い方。あったまきた! やってやろうじゃないの。


「何だ? やるのか? じゃあ、俺達の条件を飲むって事だな」


 えっ!? お互いに一つずつの条件じゃないの?


「お前が勝てば俺と静二の魔女を削除するんだろ? それなら一人ずつ条件を出しても問題ないだろ? それとも止めるか?」


 卑怯な。でもここで拒否してしまえば、折角勝負してくれる事になったのに台無しになってしまう。飲むしかないわね。


「良い返事だ。そうだな……。部員にも勝負を手伝って貰う訳だから全員にキスって言うのが良いかな」


 なっ! いくらほっぺたとは言え、私のファーストキスをこんな男たちに……。


「おいおい、何を言っているんだ? 当然口だよ。口!」


 口? それはいくらなんてでも有り得ない。口へのファーストキスの相手はすでに決めているんだから。


「じゃあ、この勝負はなしだ。ビビったんならすぐにどこかに行ってしまえ」


 ビビったですって? そんなはずある訳ないじゃない。良いわよ。勝てばいいんでしょ。口にでも何でもキスしてあげるわよ!


「良し。じゃあ決まりだな。それで勝負の方法だが、俺が投げてお前が打つ。スリーアウトまでに塁に出れればお前の勝ち。抑えれば俺たちの勝ちだ」


 野球って九人でやる訳でしょ? 一人足りないじゃない。


「外野の奴は審判をやってもらう。だから守備は内野だけだ。外野だったらどこに飛んでもヒットにしてやるよ。まず有り得んがな」


 凄く馬鹿にされているような気がする。でも、私に不利な内容じゃないしここは甘んじて受け入れるわ。

 ただ、野球部員が審判をやると言う事は少し不公平感を感じる。もしかしたらとんでもないボールまでストライクとか言ってきそうだし。


「そんなことしねぇよ。俺たちは野球に対しては真剣だからな」


 そうは言っても私のファーストキスが掛かっているのだ。そんな言葉だけでは信用できない。

 うーん。今ってスポーツで良くビデオ判定があるわよね。野球もやっていたかしら? それと同じように審判にスマホを持ってもらって録画するってのはどうでしょう。


「お前がそうしたいなら飲んでやるよ。その代わりこちらももう一つ条件を付けさせてもらうけどな」


 また条件ですか。もうこうなれば何個条件が追加されても同じ事。どんな条件か言ってみなさい。


「お前が負けたらマネージャーになる事」


 マネージャー? マネージャーって記録付けたり、いろいろ準備したりする人?

 私がマネージャーについて考えていると、急に野球部員が集まって来て歓声を上げてきた。


「マジでか? マネージャーができるのか?」


「ユニホームの洗濯とかもしてくれるのか?」


「俺、マネージャーと付き合うのが夢だったんだよ」


 何よ。その喜び方。私が負けるみたいじゃない。見てなさい。私がホームラン打ち込んで黙らせてあげるから。


「それじゃあ決まりだな。ウオーミングアップは必要か? 少しなら待ってやるぞ」


 柔軟体操ぐらいはしておいた方が良いんでしょうか。いきなり動いて怪我をするのも嫌だし。

 私が軽く体を解している間に野球部員は全員ポジションについてキャッチボールをしている。

 そのポジションは本当に内野だけで、外野には誰も居ない。


「そろそろ良いか? 陽が完全に落ちてしまう前に終わらせたいんだが」


 それは私も同じ。さっさとホームランを打って魔女を削除して家に帰らないとお小遣いが減らされてしまう。

 私は落ち着くためにヘルメットをかぶり直し、最後に二度、素振りをしてから右打席に入る。

 離れてみている分には結構距離があるように思えたのだけど、打席に入ってみると優成が目の前に居るような錯覚に陥る。


 三打席しかないからまずはじっくりボールを見てどれぐらい速いボールが来るのか慣れておいた方が良い。

 優成が大きく振りかぶってボールを投げ……。


 ズバーン!!


 えっ!? もう投げ終わったの? ボールが全く見えなかった。


「どうやら全くボールが見えてないようだな。そんなんで打てるのか?」


 激しく心配になってくる。練習をしている時も速いと思ったけど、ちゃんとボールは見えていたはずなのに。

 打席に入るとこんなにも感覚が違うんだ。こんな見えないボールをどうやって打てって言うのよ。


 再び優成が大きく振りかぶる。

 と、兎に角ボールが見えない事にはバットをどこに出せばいいのかもわからない。

 今度こそはちゃんとボールを見るんだ。と思った私に向かってボールが飛んできた。


 危ない!


 咄嗟にボールを避けて尻餅をついた私だったけど、


「ストライーク!!」


 審判をしている野球部員が大きく右手を上げた。

 いやいや、今のは私に当たりそうだったから明らかにボールでしょ。


「お前、カーブ知らないのか? 今のは間違いなくストライクだぞ」


 カーブ? 確か大きく曲がる変化球でしたっけ?

 それにしても私に当たりそうになる所から大きく曲がってストライクになるようなもの?

 とても信じられないけれど、確かにキャッチャーがボールを取った所はストライクゾーンに入っている。

 気を取り直し、スカートに付いた土を払って再び打席に立つ。


「あまりに打てなそうだから、次の球を教えてやるよ。ストレートのど真ん中だ」


 静二が小声で私に次に投げる球種と場所を教えてくれた。これを信じて良いのでしょうか。そうやって私を混乱させる作戦?

 駄目、駄目。余計な事を考えずに次の一球に集中するんだ。

 私はグリップを握り直し、優成を睨みつける。


 私の威圧など物ともせず優成はいつものルーティーンでボールを投げてくる。

 大きく振りかぶった所から投げられたボールは静二が言ったようにど真ん中を真っ直ぐ進んでくる。

 どうやらある程度来る所が予想ができればギリギリボールは見えるようだ。

 私は左足を大きく踏み込み、初めてバットを出す。


 風を斬る音と共に振ったバットは残念な事にボールがキャッチされてから何十秒も経ってからボールの場所を通過したように思えた。

 一二の三でバットを振ったのだけど、それでは全然遅いようだ。


「ストライーク! ワンナウト!!」


 第一打席。私は何もできずアウトになってしまった。

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