episode.13



 目が覚めると昨晩一緒に寝ていた祖父と祖母の姿が無かった。

 そこには差ほど違和感を感じず、ふと時計を見ると驚いた事に時刻はもう直ぐで昼の十二時を差そうとしていた。


 ここで過ごす生活も明日で終わりだというのに貴重な時間を寝て過ごしてしまった事に激しく後悔した俺は急いで茶の間へと降りたのだった。

 いつもなら誰かしらいて話し声も飛び交っている居間ではあったが、今日に限って人の気配も感じられずガランとしていた。


 そんな状況に分かりやすく肩を落とす俺。



「何しょぼくれてるのよ」



 誰も居ないと思われていた台所から、ぶっきらぼうにそう声を掛けたのはまごう事なく我が母、七海だった。


「一人ぼっちじゃなくて良かったね」


「う、うるさいな……。みんなは?」


 そんな彼女からつかれた図星を誤魔化すかの様に母に尋ねると彼女は何食わぬ顔で淡々と答えた。


「お父ちゃんは仕事。お母ちゃんは買い物。健三は保育園で、鈴華は散歩に出かけたわ」


「そっか……」


 ついさっきまで誰も居なくて寂しく思っていたが、聞いてみればいつもと変わらない日常で少し安心した。


「朝ごはん、食べるでしょ?」

「もちろん、いただくよ」


 母の言葉にそう返すと、何故だか母は嬉しそうに「そう」と言って微笑んでから、既に用意してくれていた祖母の作った朝食を温め直してくれた。



 しばらくして俺の目の前にいつもと変わらない祖母の朝食が並ばれた。

 祖母が作るご飯を食べれるのも後少しかと思うと、いよいよこの物語も最後である事を実感した。

 その気持ちを必死に抑えて、噛みしめる様に朝食を食らう。


 この世界に来てから何度も食べた祖母の味は、幼い頃によく食べていた母の味とよく似ていて懐かしい気持ちになる。


 そんな事を思いながら食べていると、向かいに座る母の視線を感じた。

 いつもは気にならないのだが、今日に限ってはどこか意味ありげな視線に嫌な感覚を覚えた。



「……なに?」


「別にー。気にせず食べて」



 そんな俺の問いかけに何か含みのある笑みをこぼして答えた母。

 俺はそれ以上気にする事をやめて朝食を食べ進めた。

 すると、ちょうど俺がおかずである玉子焼きを口に入れた時だった。



「それ、美味し?」



 そんな問いかけに、何か違和感を感じながらも素直に答えた。



「まあ、いつもの婆ちゃんの味だよ。美味しいよ」

「本当⁉︎ ……やった! 引っかかった!」

「⁉︎ な、なんだよ! 引っかかったって! まさかなんかしたのか⁉︎」



 そう言って飛び跳ねる様に大喜びする母の姿に俺は何があったかと思い慌てて問いただした。




「その玉子焼ねー、私が作ったの!」




 相変わらず嬉しそうにしながらにそう告げる母。

 そんな母の言葉を聞いた俺は驚きと共に思わず箸を落とした。


 ……か、母さんが……、作った……、だと……。


 俺は知っていた。母さんが超がつくほどの料理音痴という事に。




 それは過去に来たばかりの事。


 タイムスリップの情報を探るため、裏山に向かった俺と母。

 そのお昼に母が手作りでお弁当を作って来たのだが……、まあマズかった。

 口にできないほどでは無かったが、よそ様には到底食べさせられないレベルの不味さだったのだ。


 俺はその時、嘘偽りなく味の感想を母に伝え、プラスアルファで叱りつけるほどだった。その時の母はもう大泣きしてしまったので、俺も少し反省をした事を覚えている。



 そんな母が、料理超絶上手い祖母と変わらぬクオリティの玉子焼きを出してくるだなんて、俺には到底信じれれなかったのだ。

 俺は母が作ったという事実を信じられず、もう一つ玉子焼きを口に運んだ。

 口の中で何度も噛み締め、今までより遥かに舌に神経を注ぎならその玉子焼きを味わった。


 やっぱりだ。美味い……。


「ね! 美味しいでしょ! 美味しいよね! もう一回言って、美味しいって! もう一回! ほら早く!」


 食い気味に聞いてくる母の姿に少し鬱陶しく思うと俺は嫌々に母の要望を叶えた。


「はいはい、美味しい、旨いよー」


 そうやって適当にあしらった俺に急に母は抱きついてきた。




「ちゃんと言って……」




 俺の胸に顔を埋めて放たれた彼女のこもった声はどこか寂しそうで悲しそうだった。

 そんな母の姿を見た俺は少し気恥ずかしく思いながらも素直な気持ちを伝える事にした。




「……美味しいよ、母さん……」




 すると寂しそうに見えていた母だったが、顔を俺の方に向けると満面の笑みで「本当⁉︎」と、俺から離れてまた飛び上がって喜んだ。


「大げさだな……。玉子焼き一つで」



「……大げさじゃないよ。……だって、絶対に悟に美味しいって言わせたくて、一生懸命作ったんだもん……」



 そう告げた母の顔はとても悲しそうで切なかった。


 そんな彼女の姿に俺はいたたまれなくなり、急いでご飯をかけこんだ。

 残っていたおかずも綺麗さっぱり食べ終えると母に「ご馳走さま!」と感謝の気持ちを伝えたのだった。それを聞いた母は一瞬驚いた表情をしたと思うと、直ぐに優しく微笑んで「お粗末様でした」と返した。





 その後、自分で食べた食器を片付けている時だった。




「ねぇ、悟。デートしよっか」




 不意に母から放たれたその言葉に、思わず洗っていた食器を落としそうになるが、間一髪のとこでそれを防いだ。


「で、デート?」



「……そう、デート」



 そう言った母は笑っていた。






 気づけば俺と母は二人、電車に揺られていた。

 家を出てから母に何度か行き先を尋ねたのだが、「秘密!」と、言って一向に教えてもらえず、諦めた俺は黙って母の後を付いて行ったのだ。



『デートしよっか』



 今までにも何度か母と二人で出かけた事はあったが、その時は一度たりとも『デート』などというフレーズを口ずさんだ事はなかったのだ。


「……ねぇ、せっかくのデートなのにだんまりってどういう事? 鈴華とは何度もデート行ってるんでしょ? それならデートの定番、まずは私の容姿でも褒めたらどう?」


 少し不機嫌そうに言う母。


 そんな母の言った通りに一度母の姿を確認する。

 その姿はいつぞやにオシャレしていた母と同じで少しメイクもしていた。

 今日は鈴華もいなかったので、おそらく自分一人でメイクをしたのだろう。意外にもそれはサマになっていて、以前にも感じたような感覚に俺は襲われた。


「に、似合ってるんじゃない……。なんか背伸びしてるみたいで可愛いし」

「……もう、本当に素直じゃないんだから」


 俺の言葉に彼女は少し苦笑しながらにそう言葉を漏らした。



 それからは何となく、母を意識してしまい緊張していたが、いつもと変わらず話してくる彼女の姿に自然と緊張もほぐれていった。



 しばらくするととある駅に到着し、母に言われるがままその駅で俺たちは下車。母が示す方へと足を進めた。



 程なくして、歩き続けた俺たちの目の前には一面に広がる海が現れたのだった。


 その海はまるで、いつか見た空一面に広がる星空のように、太陽の光に照らされてキラキラと激しく輝きを放ち、波に揺られてその光は強さを増したり弱くなったりと俺の目を釘付けにさせた。


 そんな絶景に見惚れていた俺の口から思わず溢れるように、「綺麗……」と呟いたのだった。隣にいた母も俺に答えるように「綺麗だね」と口にした。


 それから俺たち二人はしばらく浜辺を並んで歩いた。


「どうして、今日はここに……?」


「……この間の花火の事覚えてる?」

「……花火って夏祭りの?」


 彼女が言う花火というのは、以前夏祭りに出かけた時の事。


 人混みの中、迷子になった母を俺が見つけ二人で花火を見ながら帰ったのを覚えている。

 あの時は母の様子がおかしく、俺も困り果てたものだ。

 それも俺にとっては一年前の事だが、母にとってはつい最近の出来事であるので少し記憶に差が生まれてしまうが、あの日の事はちゃんと覚えていた。



「……そう。あの時に私聞いたよね。いつも見てるはずなのにどうしてあの時の花火はこんなにも綺麗に見えるんだろうって……。裏山で悟と見た星空も一緒。あの日見た星空はいつになく綺麗だったわ……」



 そう言った母は一度俺の方に目を向けると、再び海に視線を向けて話を続けた。


「ここね、私のお気に入りの場所なの。私の名前が生まれた場所……。この景色を見たお父ちゃんが『七海』って付けてくれたんだって。だから私はこの景色が大好き……。でもね、いつも来てる時と変わらない場所で見てるはずなのに、今日は今までにない程、綺麗に見えてるんだよ……。何でかわかる?」


 そう言葉を告げる彼女はどこか寂しそうに微笑んでいた。



「私、気づいちゃったんだ……。その答え……。それはとっても簡単な事なんだけど、一人じゃ絶対に気付かなかった。……悟、私は今、あなたとこの景色を見ているからとても綺麗に見えるの。悟のおかげだよ。今まで悟と一緒に見た景色はどれも私の胸の中にあって、それはずっと忘れない。忘れられない程に綺麗だったよ……。悟に出会えて本当に良かった。私にステキな景色を見せてくれてありがとう」



 母はそう言って笑った。


 その目からは海と同じくらい輝いている涙が溢れていた。

 その姿を見た俺はすぐそこまで出掛かった言葉を押し殺した。


 この言葉は言ってはいけない。俺はもう決めたんだ。未来で待ってる人達の為にも戻るって、未来に帰るって、決めたのだから……。




「わぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!」




 行き場の無くした気持ちを抱きながら、俺は海へと走った。


 纏わりつく海水を押しのけながら前に進むと、気付けば膝上くらいの所まで海水に浸っていた。

 立ち止まった俺は海水をすくい上げて、自分の目に浮かぶ涙を洗い流す様に自分の顔に思いっきりかけたのだった。


「しょっぱっ!!」


 海水が口に入ってしまい思わず叫んだ。


 そんな様子を見ていた母は最初は驚いていたものの、今じゃ腹を抱えて笑っている。

 俺も彼女の笑うその姿を見ると一緒になって笑った。


 そんな笑っている母の腕を掴むと、「一緒に行こう!」と言って彼女を海へと連れ出した。


 その時、二人で笑いながらに感じた、頬を伝う水滴が何なのか俺にはよく分からなかった。




 海ではしゃぎ切った俺たちは浜辺に上がり、並んで夕日に照らされる海を眺めていた。

 すると、隣にいたい母が不意に言葉を漏らす。




「この景色は私なの……。……だから、忘れないで」




 そう寂しげに告げたその言葉は何を意味していたのか、今の俺には理解できなかった。





 しばらくは海に落ちていく夕日を二人で眺めていたが、不意に母が言った。


「悟……、あのね、もう一つ行きたい場所があるの」


 真剣な面持ちでそう伝えてくる母に俺は断る理由もなく承諾すると、相変わらず彼女は行き先を俺に伝えず、ただ「付いて来て」と言って俺の先を歩いて行った。

 しばらくするとある場所へと俺たちは到着した。


「母さんの行きたかった所ってここ?」


 そこは海からそう離れていない場所に建てられた大きな神社だった。


「そう。ここね、凄いご利益があるって有名なの。だから……」


 そう言って何かを思い詰める母だったが、それに対して特に追求する事なく俺たちは神社の鳥居をくぐった。

 鳥居をくぐるとその先には本堂があり、俺たちは二人並んでお参りをしたのだった。



『どうか、未来で母が待っていてくれますように……』



 お参りを終えて目を開くと、同じタイミングで目を開ける母。


「もう行こっか」


 そう告げてお寺に背を向けると、


「ちょっと待って!」


 と、俺を呼び止めた母。


 振り替えると、何やらまたお賽銭を入れて必死にお願いをしたのだった。

 しばらくして願い終わった母はこちらを振り返ると何とも寂しそうで、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。


「……どうかした?」

「ううん、何でもないから……」


 そう言うと母は俺より先に石段を駆け降りた。

 そんな母を追うように俺は後から階段を降りて母の隣に立つと、


「やっぱごめん。ちょっとトイレ言ってくるね……」


 と言い残し、俺が返事する間も無く走り去ってしまった。





 急に一人残された俺は母を待つ間に神社を見て回る事にした。

 しばらく神社を見て回っていると、入り口近くの建物におみくじや絵馬などが売っている売店を見つけたのだった。

 そこに売られている物を興味本位に眺めていると俺はある物に目を止めた。


「これって……」


 そう手に取ったのは未来で母が持っていた『家内安全』と書かれた御守りと全く同じ物だった。


 なんの偶然か、はたまた運命か、気付くと俺はその御守りを購入していた。母に渡す為に……。

 そこで俺は確信した。母の持っていたお守りはこれだったんだという事を。



 御守りを買い終えた俺は、入ってきた鳥居の前で母が戻ってくるのを待っていた。

 すると、先ほどまで雨の兆しなんて見えなかった空から、ポツポツと小さな雨粒が降り始めたのだった。



 未来に帰る条件がまた一つ揃ってしまった。



「雨……、降ったね……」



 不意に後ろから聞こえたその声の方へと顔を向けると、そこには目を腫らし悲しそうに微笑む母の姿があった。




「明日……、止むといいね……」




 その寂しげに伝えられた声は、彼女をどこか遠くに感じさせた。





 それから二人は雨に打たれながらも電車に乗り、家へと帰宅した。

 その帰り道、暗く沈む母は一言も言葉を発しなかった。

 只々二人は静かに家へと向かった。



 家に帰ると既に皆んな揃っていて、俺たちの帰りを待っていたのだった。

 それからは最後の晩餐を皆んなで囲んだ。


 旅立ちの門出に涙は不要と祖父が言い、賑やかな会となっていたのだが、役一名、母だけが終始暗く落ち込んだままだった。


 あの神社以来、全くと言っていいほど母の声を聞いていない。




 食後、俺は鈴華から呼びだされ、二人家を出たのだった。

 雨が降る中、傘を差しながら宛てもなく夜道を歩いていた。



「ここでの生活も明日で終わりだね……」



 不意に彼女から寂しげに発せられたその言葉に、俺は返事を返すことが出来なかった。


 そんな俺の様子に気付いた鈴華は続けて言葉を掛けた。



「もう、いいの?」



「……何が?」

「やり残した事、もうない……?」


 その言葉の意味は、鈴華がこっちの世界に来た時の事である。



『やり残した事があるんだ……。だからまだ帰れない』



 そう言って俺は未来に帰る事を拒んだのだ。


 正直、揺らいでいた。未来に帰る事を……。



 あの日、鈴華に告げた、『やり残した事』。それは母の待っている未来へと帰るという事。そんなの今の俺には分からない。今、帰ってもまた元の未来に戻ってしまうんじゃないかと思うと、怖くて仕方なかった。


 もう母のいない世界なんて考えられない……。



「それは……」



「……私はここに来て良かったよ。さとちゃんのお爺ちゃんお婆ちゃんに会えたし、娘みたいによくしてくれた……。それにナナさんにもずっと言いたかった事、言えたしね……。それに……」


 そう言って彼女は俺に向き直り言葉を続けた。





「さとちゃんに会えたから……」





 その言葉と同時に彼女は悲しそうな表情を浮かべた。


「さとちゃんがいなくなった二週間、本当に苦しくて、悲しくて……、もう自分でもダメなんじゃないかって思うくらいに辛かった……。でもね、こっちに来てまたさとちゃんに会えた。家族と過ごすさとちゃんは凄い嬉しそうで、楽しそうで……。今まで見る事が出来なかったさとちゃんをいっぱい見る事が出来たの。……だからね、私……、私は……」


 そう言いかけた鈴華は遂に堪えきれなくなり涙を流した。





「私は……、さとちゃんがここに居たいって言うなら止めないよ」





 彼女がその言葉を言うのにどれだけの考えたのか俺は知っていた。

 もう一つの未来でも鈴華は最後、俺の為を思って行動してくれた。そんな鈴華と今の鈴華がとてもリンクして俺は居た堪れない気持ちで涙が溢れた。


 それから彼女は縋るように俺に抱き付いた。


 傘が落ち、雨に打たれる二人。

 そんな中、鈴華は振り絞る様に言葉を発した。




「でもね、この物語は明日で終わりだよ……」





 そう告げたのだ。





『物語の続きが知りたい』

 その気持ちと共にこの世界に来た俺は、いつしかその願いを叶えていた。

続きを描いていく内にいつのまにかこの物語の結末を描かなくてはいけない時が来た。

 それは俺自信が決めなくてはいけない。



 これは俺の物語なのだから……。




 俺がここへ来た意味。


 もう一つの未来で過ごした意味。


 そして再びこの世界に戻ってきた意味。


 それらを思い返すと、おのずと答えが見えていた。





「大丈夫だよ。明日……、ちゃんとこの物語を終わらせるから……」





 それからしばらく、雨に打たれる俺たちだったが、二人握り締めたその手は離れる事なく強く握られたままだった。






 その晩、俺は寝室に入ると、神社で買ったお守りを取り出した。

 鈴華と話して気付いた、『やり残した事』それを達成する為、俺は小さな紙に筆を入れた。そこには俺の未来で起きた母の死についてを綴ったのだった。母が死なない未来にする為に。


 上手くいくかは分からない。ただ残された時間で俺はこのお守りに全てを託す事しか思いつかなかったのだ。


 書き終えたその紙を小さく畳むと、『家内安全』のお守りの中へとしまい、強く願いを込めながらに紐を結んだ。


 その時、この過去であった事、もう一つの未来で起きた事、あの日見た夢の事が思い出のように浮かび上がった。



 本当に色んな事があった。



 それは全て良い思い出という訳では無かったが、確かに自分にとって大切な時間であった事には違いない。


 なにより母と過ごせたこの世界での時間はかけがえのない大切なものだったんだ。




「母さん……」




 そう思うと自然と彼女を呼ぶ声がこぼれ落ちた。


 丁度その時、ふとドアをノックする音が響き渡った。

 慌ててノックのした扉を開くと、そこには枕を抱えた母の姿があった。


「母さん? どうしたの?」


 そう俺が聞くと、母は俯いたままに言葉を発した。


「今日はここで寝る」


 神社で聞いて以来の母の声に思わず俺はホッとした。


 これがこの世界で彼女と過ごす最後の時間だろう。



 母を部屋に入れ、同じ布団を一緒に被った。

 布団を被ってからしばらくが経った時、母が口を開いた。


「……ねぇ、覚えてる? 私が初めて裏山で悟を見つけた時の事……」

「……あぁ、覚えてるよ。あの時はまさか自分の母さんだとは思わなかったけどね」

「私も自分の息子が倒れてるなんて思っても見なかった。……でもね、実はあの日の朝、ある夢を見たの」

「……夢?」


 俺は母から始めて語られるその話に驚いた。


「最近になってその夢を少し思い出したんだけどね、あの裏山で誰かと星を眺めていたの……。でも、朝起きた時にはその夢の事覚えてなくて、何故だか裏山に行かなきゃって事だけが頭に思い浮かんでたんだ。それでもやっぱり怖いからお母ちゃんに付いて来てって頼んだんだけど、断られちゃって……。結局一人で向かったらそこに悟がいたの……」


 そう言った母は俺に向き合うと徐ろに俺の顔を撫でた。


「あそこで私があなたを見つけたのは偶然じゃ無かったんだよ……」

「なんでそれ、黙ってたんだよ」


「……だって思い出したのこの間、悟と星を観に行った時だったし、それに……、恥ずかしいじゃない。十四歳になってまで夢で見たからなんて」


 彼女はそう言うと俺の方を見て意地悪げに微笑んだ。

 そんな事を言ったら母さんの夢を見てそれを鵜呑みにしてる自分はどうなるんだよ。

 そう思い俺は途端に恥ずかしくなった。




「……でもね、悟が息子だって言って、私を『母さん』って呼んでくれた事、最初は凄い嫌で、何言ってんだってなったけど、やっぱり私達、親子なんだね……。今隣にいてすっごい安心してるの……」




 そう言った母は何処か寂しそうに微笑んだ。


「俺も凄い安心するよ、母さん……。俺、母さんの子供で本当に良かった。ここにいる母さんと過ごした日々は凄い楽しくて、嬉しくて……、幸せで……。本当はさ、母さんとずっとこの世界で過ごしたいって思ったけど、俺やっぱり帰らなくちゃ……。だからさ、母さん。未来で俺の事、待っててよ。俺を忘れずに、ずっと待ってて。……必ずまた、会いに戻るからさ」


 そう告げた俺に母は急に背を向けると、背中が小刻みに震えていた。



「……本当に会えるの? また、あなたに……、今ここに居る悟に……?」



「か、母さん……?」



 そう彼女を呼びかけると振り向いた彼女は大粒の涙をいくつもこぼしていた。




「いないんでしょ、私……。未来には……、いないんでしょ……」




「⁉︎ な、何言ってんだよ……。そんなわけ……」

「わかるよ……。だって親子だもん……。隠そうとしても、どうしても分かっちゃうんだよ……」


 泣きながら震える彼女を俺はたまらず抱きしめた。その時、俺の目から自然と涙が溢れていた。



「……そんなこと言わないで。俺はまた母さんに会いたいんだ! 絶対会うんだ! 俺はその為に未来からやってきたんだよ。母さんがいるその未来に行くために……。だからお願い……。生きて、生きてまた俺と一緒にあの景色を見ようよ。何度だってあの日見た景色を見せてあげるから。俺とじゃないと見れない景色なんだから……。だから、約束して……」




「……悟」




 いつの間にか母よりも涙を流している俺に母は子供をあやす様に優しく俺の頭をゆっくりと撫でてくれた。



「……全く、本当にしょうがない子ね。……わがままで、意地悪で、口が悪い。だけど……、優しくて、強くて、母親思いの、私の息子の頼みなら……。待ってるからね、悟……。ずっと、待ってるから……」



 そんな優しい母の温もりに包まれながら、いつか昔に感じた安らぎを思い出していた俺は気付くと眠りについてしまったのだった。






 泣き疲れて寝てしまった自分よりも歳上の息子にそっと布団を被せてやると、私はいつの間にか静かになっている外を見ようと窓へと向かった。

 窓を開け、空を見るとそこには綺麗な星空が広がっていた。




「雨……、やんだね」




 私はその呟きと同時に、頬に伝う涙を感じたのだった。

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