episode.7
「二人とも起きなさい」
そんな声が聞こえると、俺は意識が朦朧とする中、目を覚ました。
そこは自分もよく知っている部屋ではあるが、以前とは違い自分の私物が一切置いていない、どこか新鮮な部屋だった。
隣を見ると俺から離れまいと腕にしがみついて寝ている従妹の美咲の姿。
「美咲ったら、本当に一晩中、悟くんにくっ付いていたのね」
そう言ってくすりと笑ったのは叔母の美由紀さんだ。
そんな二人の様子を見ていると、まるで元の世界に戻ってきてしまったのだと錯覚してしまう。
だけど、ここは俺の知っている世界ではない。
この世界は母、七海が十四歳で死んでしまい、俺の産まれなかった世界なのである。
そんなこの世界で俺が決めた事。それは二十六年前に死んだ母を救う事。その為に俺は一年間をこの世界で過ごし、来年の夏、八月十二日の夜、二十七年前にタイムスリップし、母を事故から救わなくてはいけない。
タイムスリップの方法はまだ分かっていない。まずはこの一年間の間に何としてでも過去へ戻る方法を見つける事が今自分がやらなくてはいけない事である。
「悟くんも早く準備しなさいね。今日病院に行くんでしょ」
「あ、うん。叔父さんはもう起きてるの?」
「ええ、今は店の仕込みしてるわよ。悟くんの準備ができたら呼んでって」
「わかった。直ぐ準備するよ」
今日は裏山で倒れていた俺を助けてくれた人を訪ねる為、病院に行く予定だ。
俺が何処で倒れていたのかが分かれば、何か過去へ戻る手掛かりなるかもしれない。
俺はさっそく病院に行く準備をする為、腕に巻きつく美咲を優しく起こし、居間へと降りたのだった。
居間に着いた俺は直ぐさま朝食を済ませ、病院へと行く準備を整えると、叔父のいる店の厨房へ顔を出した。叔父は餃子のタネを仕込んでいる真っ最中だった。
「おはよう、悟。昨日はよく眠れたか?」
「おはよう、健三叔父さん。お陰様でぐっすりだったよ。遅くなってごめんね」
「それは良かった。直ぐ終わらせるからもう少し待っててくれ」
叔父の言った通りに、居間で数分待っていると、準備を終えた叔父と俺は病院へと向かった。
病院に着いた俺たちは、受付で事情を話し、俺を助けてくれた人の事を尋ねた。すると、受付の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「内海さん! 良かった。もう元気になったみたいね」
嬉しそうに俺の名前を呼んだのは、入院中、お世話してくれたナースさんだった。
「あ、その節はご迷惑お掛けしました。色々ありがとうございました」
「いいのよ。元気になってくれて本当に良かったわ。今日はどうしたの?」
俺は先ほど違うナースさんにもした説明を同じ様に彼女にもすると、状況を分かっていた彼女は直ぐに理解してくれた。
「救急車を呼んでくれた子の連絡先ね! ちょっと待っててね」
そう言ったナースさんんは奥に入って程なくして戻ってきた。
「分かったわよ。この子ね。年齢は内海くんと一緒みたいよ」
ナースさんから渡されたメモを見ると、そこには救急車で呼んでくれた恩人の名前と連絡先が書いてあった。
「笹木鈴華……」
そこに書かれていたのは、俺が元いた世界で付き合っていた俺の彼女の名前だった。
「なんだ? 知り合いか?」
俺の不意に漏らした声を聞いていた叔父は、キョトンとした顔で俺に尋ねる。
そんな叔父に笹木鈴華という人物について、俺の知っている事を話した。
「カノジョだと⁉︎ いやー、まさかそんな偶然があるなんて、叔父さん運命を感じちゃうわ」
そう言ってニタニタと笑いながらに能天気に話す叔父。
運命や奇跡なんてのは、もうお腹いっぱいになる程味わってるっての……。
叔父の言った事にため息を吐くと、叔父はナースさんから貰ったメモを俺から奪い取り、そそくさとスマホから連絡し始めた。
俺が気付いた時には時すでに遅く、電話越しで女性の声が聞こえていた。
こっちはまだ心の準備ができていないといいうのに……。
叔父は少し電話口で会話をした後、俺に電話を渡す事なく電話を切ってしまった。
「今、その子の親御さんが出てな、これから挨拶に行きますって言っておいたから、菓子折り持って向かうぞ!」
彼女の話をした後からか妙にテンション高い叔父に、なんか面白くない感情が芽生えていた。そんな叔父に引っ張られる様に俺たちは病院を後にしたのだった。
鈴華の家へは前の世界で何度もお邪魔していたので、迷う事なくたどり着いた。
この世界の鈴華にどう接すればいいのか、未だ悩んでいた俺ではあったが、そんな俺をよそに、叔父は問答無用にチャイムを鳴らす。
程なくして扉が開いた。その瞬間、俺は身体を強張らせたが、俺の目の前に現れたのは、鈴華本人ではなく、彼女の母親だった。
「あら、わざわざお越し下さってありがとうございます」
「急に押しかけてしまってすみません。この度はウチの甥が娘さんに助けていただいたとお聞きしまして。こちらつまらない物なんですがほんの御礼です。受け取ってください」
そう言うと叔父はさっき買った五千円程の菓子折りを俺から渡すようにと差し向けた。
「まあ、本当にこんな。ありがとうございます。でもごめんなさいね、当の本人が何処か行ってしまったみたいで……」
「そうだったんですか。それは残念だ……」
鈴華(俺の彼女)の姿を見れなかったのが相当ショックだったのか、叔父は分かりやすく肩を落とした。そんな叔父の横で俺はホッと胸を撫で下す。
それからはしばらく鈴華の母と玄関先で話した後、また後日娘さんがいる時に俺単体で挨拶に行かせるという事になり、その日は鈴華の家を後にした。
「残念だったな。彼女いなくて」
「残念がってるのは叔父さんだけだって」
そう俺が返すと叔父はバレたかとお茶目に頭をかいた。
「今度あったら、一度店に連れて来いよ。ラーメンでも出してやるから」
「どんだけ見たいんだよ……。まあ、でもありがとう。彼女が乗り気なら連れてくるよ」
そう伝えた後、俺はタイムスリップの事を探る為叔父と別れ、一人裏山へと向かった。
裏山へ向かう途中、俺の過ごした世界となんら変わらない通りを抜け、俺は過去に戻る為の手掛かりに一番近いとされる裏山へと辿り着いた。
以前過去にいた時、母ともタイムスリップの手掛かりを探す為裏山へ来た事を思い出しながら、その時に見つけた祠へと俺は足を運んだ。
その祠の前で未来から過去にやってきた俺を見つけた、と母は言っていた。
「やっぱり何かあるとしたらここだよな……」
祠に着いた俺はそう呟やいた。
よく見ると祠の周りや祠自体も二十六年前とは少し変わっていた。
変わっていると言っても、祠の外観が少し前よりも新しく見えたり、祠への道も少し綺麗になっていたりと、二十六年の月日が経てば多少変わっても不思議ではない、そう思い特に気に止める事はなかった。
以前、母と二人で来た時はこの祠以外に何も手掛かりが見つからず、その時は断念して帰ったが、今回は違う。
母を救う為に何としても過去へと戻る手掛かりを見つけなければならないのだ。
せめて今日鈴華に会って、俺をどこで見つけたのか聞けたら少しはヒントに繋がりそううだと思ったんだけど……。
「えっ⁉︎ あなた……、何でここに……」
一人考え事をしていた俺に、後ろからどこか懐かしい声が聞こえて、思わず俺は声のした方へと振り返った。
「す、鈴華……?」
俺に声を掛けたのは、俺が存在する世界で四年間付き合っていた鈴華だった。しかし、彼女の姿は俺のよく知る鈴華とは違って、髪は茶髪、見た目ギャルと言ってもおかしくない程に洋服を着崩し、爪には派手な色のマニキュアが塗られていた。
一瞬誰かと思ってしまうほどに鈴華は俺のいた世界との印象と違っていた。
「ねぇ、君……。この前は助けはしたと思うけど、初対面でいきなり呼び捨てされる筋合い無いと思うんだけど」
少し強目な口調でそう諭してくる彼女。
今の鈴華は奇抜い装いも相まって、かなりおっかなく見える。
元いた世界では温厚だった彼女とのギャップに俺はたじろいでしまった。
「ご、ごめん。えっと……、笹木さん」
「ふんっ。てか何で私の名前知ってるの?」
鋭く冷たい眼差しで俺を睨みつける鈴華に俺はまた怯んだが、取り敢えず、何か誤解していそうな彼女に今日あった事の経緯を説明した。
「ああ、そう言うことね。てっきりストーカーか何かかと思ったわ」
俺が怪しい奴じゃないと分かると今まで俺に向けていた敵意をなんとか納めてくれた。
鈴華ってこんなにおっかねーのか……。
そんな彼女の姿に俺は冷や汗を浮かべながらにそう思うと、続けて鈴華の方から話を振ってきた。
「で、何で昨日はこんな場所で倒れてたわけ?」
「えっ⁉︎ それってやっぱり、俺はここで倒れてたの?」
「……そうだけど。てか、今聞いてるのはこっち!」
そうか。やっぱりこの場所、もしくはこの祠がタイムスリップのなんらかのカギなんだ。
「ちょっと質問の途中で黙りこまないでくれる!」
「⁉︎ あ、ごめん……。で、何だっけ?」
「⁉︎ ……だ、か、ら……、何でこんな場所で倒れてたのって聞いてんの!」
怒鳴り散らす鈴華に対して俺はこれ以上怒らせたくないと思い慌てて答えた。
「あっ、それね! なんか崖から落ちたみたいで気づいたら……、みたいな」
俺は額に汗を掻きながら鈴華に苦笑を見せた。
鈴華さんまじおっかねぇ……。てか、これ鈴華だよね? 俺の知っている鈴華と見た目だけじゃなく中身も大分違うんですけど……。
俺の知っている鈴華は中学の頃からの付き合いで、何故だか彼女の方から告白され、そのまま付き合うことになったのだ。
俺が彼女を意識した時はとても大人しい印象で、人柄も良く、誰とでも仲良くなれる愛想の良い子だった。が、ここにいる鈴華はなにか気に入らない事があると直ぐにでも噛みつきそうなほど凶暴で、俺の知っている鈴華とは違い過ぎて、どう接すればいいのか全く掴めないでいた。
「崖から落ちたって……、ここの? これ十五メートルくらいあるんじゃないの? 良く生きてたわね?」
俺の言葉に疑うこともなく、そう尋ねてくる鈴華。
「そ、そうだね……。本当、生きてた事に感謝だよ……」
俺はタイムスリップの事については伏せた。どうせ話しても信じてもらえる気がしなかったから。
「で、何で崖から落ちたのよ。一体何してたの?」
「それは……、ちょっと星を眺めてたら足を滑らせたみたいで……」
「へー、星ねぇ……。あの晩、曇ってて星なんて見えなかったと思うんだけど」
「⁉︎」
そんな彼女の鋭い返答に俺は焦りを隠し切れないでいた。
まさかあの晩、曇ってたなんて……。鈴華の奴、よくあの晩の空なんて覚えてたな……。
俺は上手い言い訳を必死に考えたが、上手く見つからなかった。
「すず……、じゃなくて、笹木さんはどうして俺を助けてくれた日、朝早くにここにいたの? それに今日も」
こういう時は話題を変えるのが一番だ。
「話すり替えんな!」
「す、すみません……」
俺の浅知恵を見抜いた鈴華は凄い形相で顔を近づけてきた。
マジでおっかねぇよ……。鈴華さん……。
「まあ、いいわ。私がいた理由は……、まあ……、なんとなく……」
「なんとなく……、ですか……」
そう答えた鈴華は俺と同じで何か隠している様子だった。
流石に俺も隠している状況なのでこれ以上の追求は出来ない。
まあ、怖いし……。
すると、また彼女は俺に顔を近づけて覗き込むように見てきた。
それは先ほどの物とは違い、今回のはただ俺の顔を確認しているような感じであった。
「あ、あの……、なんでございましょうか……?」
「……君、この辺りの人じゃないよね?」
「そうだけど……」
「どこの子?」
「えっと……、山降りた直ぐのとこにある『相田商店』っていうラーメン屋があるんだけど、そこ、叔父の家で今はそこにお世話になってるんだよね……」
「へー、夏休みだから? どこから来たの? 高校は?」
そんな畳み掛けて聞いてくる鈴華は、何かを確かめるというか、探りを入れている様だった。
「あー……、えっと……、実は元々は東京に住んでたんだけど、両親が死んじゃって……、それでついこの間から叔父の家にお世話になることになったんだよね。高校は通ってないよ」
「……。そう……」
嘘は言ってない。ほぼ。まあ本当の事を口にするよりは良いかな。
そんな事を思っていると、さっきまで威勢のよかった鈴華は、今までとは違って、何故かバツの悪そうな顔をしていた。そして急に頭を掻きむしって声を発した。
「あぁー、ごめん! ……私、無神経に人の素性を探るような事言った……。本当にごめん!」
「えっ、あぁ……、全然良いけど……。気にしてないから」
どうやら鈴華は俺の両親が死んだという事に対して、無神経な事を聞いてしまったと後悔している様だった。
「もしかして、崖から落ちたって、わざと……」
「えっ⁉︎」
「両親を追って、あんたも自殺を試みたんじゃないの?」
「いや、違うよ!」
「そうだとしたら、考え直しなさい! 今は辛いかもしれないけど、きっとそのうち必ず良い事があるから! ね? 考え直して!」
「あのー……、違うんですけど……」
そんな必死に俺の自殺を説得してくる鈴華。
全く自殺なんて考えてもいなかった俺の声も届かず、また何かにハッと気づいた彼女は、俺から距離を取り、何やら頭を抱え出した。
「ああー、また無責任な事言っちゃった……。『きっと』とか、『そのうち』なんて本当に無責任で無神経だったわ……。本当にごめん! でも、やっぱり自殺はダメ! ダメよ、絶対!」
「……だから、俺は別に自殺なんか考えて無いって……」
一人で暴走する鈴華に俺は何度も釈明するが、何を言っても聞いてはくれない。そんな彼女がいきなり俺の両肩を掴んだ。
「あなたがここで死ぬっていうなら、私が……、私があなたの支えになるから! だから、ね……? 自殺なんてしないで」
「……。だー、かー、らー、自殺なんて最初から考えてないってば!」
俺はこれまで以上に大きな声で叫ぶと、ようやく俺の声が届いたのか、鈴華はキョトンとした顔で口を開いた。
「……本当?」
「ホント、ホント」
「……」
「……」
いつのまにか、お互いの顔がかなり近いとこまで来ているのと同時に、凄い勘違いと物凄い発言をしてしまった彼女は一気に顔を赤く染め上げた。
「ああー、もう何よ! 紛らはしいわね! 忘れなさい! 今言ったこと全部! 早急に! 颯爽に!」
「それって、俺の支えになってくれるとかなんとか……」
「あぁぁぁぁぁぁぁあ!!!! わすれてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
頭を抱え全力で声を張り上げる、俺の元彼女(別に別れてないけど。別の世界なだけだけど)。
「ぷっ、あははははぁ……」
俺はそんな彼女の姿を見て、思わず吹き出して声を上げて笑った。
最初は俺の知っている鈴華じゃなくて、ただ別の人っていう印象しかなかった。
だけど、根はやっぱり俺の知っている鈴華だ。
大人しくてお淑やかじゃないけど、優しくて思いやりのある、俺が好きだった鈴華だった。
「何笑ってんのよ! 首絞めるわよ!」
「ぐへっ、もゔぐみじめでるよ……」
俺の首を絞め上げる鈴華に、俺はギブと全力で彼女の肩を叩いた。
「何はともあれ、あんたばっかに色々話させちゃったら不公平よね。私も話すわ。ここにいた理由を……」
少し距離が縮まったという気持ちもあり、俺はさっきまで抱いてた鈴華への他人感は勝手に無くなっていた。
話始める彼女の姿は、さっきまでのおふざけモードとは打って変わり、真面目な面持ちでいた。
「私がここに訪れるようになったのは、二週間くらい前の事よ。丁度、何十年に一度か観れる流星群を見た次の日の事だったわ……」
俺はその言葉に唾を飲み込んだ。
鈴華が語るその話には俺のこれまでの事に関係があるワードが数多く散りばめられていた。
「その日の朝、とても寝覚めが悪かったわ。起きたら凄い汗を掻いていて、何故か涙も流してた……。何か大切な物を無くしてしまった時の様に心に穴が空いた気分だったわ。その時思った感情がなんだったのか、今でも分からないけど、その答えが何故か裏山にある気がしていたの……。だから、その日から私は毎日、裏山に通う様になったわ。無くした何かを探す為に……。そしたら昨日ここで倒れているあなたを見つけたの。その時に何でかしら……。急に心に空いていた穴がスッと、無くなった気がしたのよ。結局、その意味を今でもよくわからいないままだったから、またここに来たってわけ……」
その話し方や表情からは嘘をついている様子はなかった。
俺が彼女の話を聞いて思った事、それは鈴華も美咲と同じように俺の記憶があるのではないかという事。だが、美咲とは違い、先程から鈴華と話していた内容を踏まえると、俺の事は知らないとの事。
じゃあ、なぜ彼女はこの裏山に……。それに無くした大切なものって、もしかして……。
「そう言えば、あなた名前は?」
「あぁ、まだ自己紹介してなかったね。俺は内海悟……」
「さとる……」
俺の名前を聞くなり考え始める鈴華。だが、しばらくして素っ気なく口を開いた。
「やっぱり、知らないわ。あんた、私に会ったことあるかしら?」
「えっと……、なんて言うか……、会ったことある様な、無いような……」
「はぁ? はっきりしないわね。あるの? 無いの?」
脅迫じみた聞き方をする彼女に、俺は迷っていた。
今までに俺に起きた本当の事を伝えるべきなのかを……。
しばらく考えた後、俺は答えを出した。
「わかった。全部話すよ……」
俺はこれまでの鈴華の様子から、元いた俺の世界で過ごした鈴華と何も変わらないと感じ、信頼できると判断したのだった。
俺たちは少し長い話になるからと場所を変え、少し山を下った先にベンチがあるところを思い出し、そこまで歩いた。
「じゃあ、早く話しなさい」
目的のベンチに座ると、鈴華がせわしなく俺に話を振ってきた。
「信じてもらえないかもしれないけど、今から話す事は全部本当の事だから……」
そう前振りをした俺は自分がこれまでに起きた出来事を語りだしたのだった。
「俺はこの世界じゃない、別の世界から来たんだ」
「……」
そう切り出した後、彼女を見ると、至って真面目な顔で俺の方を見ていた。「早く、続きを話せ」と言わんばかりに顎で合図を送ってくる鈴華に少し調子を崩した。
この話し方だと普通の人ならどやされる所だが、彼女は違った。
俺はそんな彼女を信じて話を進めた。
「事の経緯から説明すると、俺は……」
それからは一方的に俺が話し、全てを話終わるまで、鈴華は途中相槌を打ちながらも最後まで俺の話を聞いてくれた。
全てを話終わり鈴華の方に目をやると、彼女は涙を流していた。
あれ? 何で鈴華が泣いてるんだろう……。自分と付き合ってた事は伏せたんだけど、やっぱり話すべきだったかな……?
そんな事を思っていると、鈴華は急に俺を抱きしめた。
あまりにも唐突な出来事に俺が慌てていると、俺の耳元で彼女はボソリと言葉を掛けた。
「大変だったんだね……。良くここまで辿り着いたね。あんたは凄いよ……」
そう言った彼女は俺の背中を優しく叩いた。
「あの……、笹木さん……?」
俺がそう呼ぶと、鈴華は俺から一度離れてから告げてきた。
「私も、あんたが過去に戻れる様に協力する!」
「えっ⁉︎」
彼女の発言にも驚いたが、なにより俺の話に一切疑わなかったその姿に俺は驚きを隠せなかった。
「こういう事は人手が多い方がいいでしょ! それに……」
そう言いかけた鈴華は何かを言おうか迷った様子だったが、意を決したみたいで話してくれた。
「あんたの顔見てるとなんか胸が凄く締め付けられる感じがするの……。それに昨日、あなたを見つけた時に感じた気持ち……。きっとあなたが言ったもう一つの世界であなたは私の……」
「……」
俺はあえて鈴華のその言葉には答えなかった。
「……まぁ、いいわ。そしたら明日から調査開始よ! それと私の事は『鈴華』でいいわよ。あなたの事は『悟』って呼ぶから」
そう言った彼女はベンチから立ち上がって、裏山の出口の方へ少し走って行った。
少し行った先で一度立ち止まると、俺の方を振り返った。
「それじゃあ、また明日ね! 悟」
そう言い残し、去ろうとする彼女を俺は呼び止めた。
「鈴華!」
急に呼ばれた名前に驚いて、再び顔を俺へと向ける彼女。
「昨日、助けてくれてありがとな!」
そう伝えると、鈴華は笑顔でVサインをして見せ、直ぐに去って行ったのだった。
一人になった俺は、元の世界で共に過ごした鈴華とこの世界で出会った鈴華の事を思っていた。
「やっぱ、あんな彼女がいる俺は幸せ者だな……」
俺は夏の空を見上げながらに、そう思うのだった。
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