第2339話「巨大化する怪物」
"叢傑"のヘクトアイはまだ生きている。
身体の59.6%が焼失してなお。
「対象が動き出しました。攻撃が来ます!」
「退避ぃ!」
「うわぁあああ――……」
むしろそれは追い詰めたことにより、彼の生存本能を刺激した。傷口を蠢かせながら触腕を振り回し、周囲の建物を無差別に破壊し尽くしていく。当然、そこに巻き込まれる調査開拓員たちもまた次々と吹き飛び、町の外へと落ちていく。
町の外には大地はなく、眼下に遥かな北の海が広がっているのみである。当然、落ちれば命の保障などない。
「くぅ……っ! 核を三つも壊したのに、まだピンピンしてるじゃないですか」
落ちて来る瓦礫をハンマーで叩き壊しながらレティが奥歯を噛み締める。
彼女がひとつ、突如現れた七草三姉妹のナズナとゴギョウがひとつずつ、合わせて三つの紅玉が砕かれている。だが、目の前のクラゲはなおも立ちあがろうとしている。
「解析完了。――まだコアは五つ残っています!」
絶望を告げる叫びがあがった。騎士団の観測員によるヘクトアイの透過解析である。
「八個もコアを!?」
「卑怯だぞこの野郎!」
瓦礫の下から抗議の声があがるも、クラゲは急速に復活を遂げていく。焼き爛れた断面がボコボコと浮き上がって元の形へ戻っていく。
「レティさん、大変です」
暴走に巻き込まれぬよう避けることに専念せざるを得ないレティの元に、アイが切迫した表情で駆け寄る。彼女はヘクトアイの触腕を指し示した。
「体を支えている腕の何本かが、近くの倉庫を破壊しました。そこが偶然、SHIRATAMAを貯蔵していたようで……」
「まさか、それを吸収して力に変えているんですか!?」
愕然とするレティ。彼女の言葉は合っていた。
ヘクトアイの治癒は加速している。濁った青の身体は熱を帯び、瞬く間に膨れ上がっていく。
「さっきの雷はもう終わりなんでしょうか」
「分かりません。セリさんたちの姿が見つからないんです」
一度はヘクトアイを追い込んだ、絶大な力を持つ七草三姉妹。だがその姿は一瞬目を離した隙にかき消えてしまった。まるで、誰かに拐われかのように。
姿の見えない者に期待を寄せるわけにもいかない。そうこうしている間にも、ヘクトアイの変貌は続く。
「どんどん大きく……。というか、元より大きくなってませんか!?」
レティは見上げる首の裏が痛くなる。
ヘクトアイは今や当初の姿からも遥かに逸脱し、禍々しく巨大化していた。
「一度瀕死になったからこそ、その反動でより大きくなったということでしょうか」
「生命力逞しいことですねえ!」
もはやレティ一人の手には負えない。それどころか、都市防衛設備を多少差し向けたところで焼石に水である。調査開拓員たちが蜘蛛の子を散らすように逃げる中、さらに状況は悪くなる。
突如、都市が大きく傾いたのだ。
「ひゃあっ!?」
「掴まってください、アイさん!」
傾いた地面を転がり落ちそうになるアイを、レティは咄嗟に掴む。彼女自身はハンマーを地面に叩きつけて杭を打ち込むようにして固定していた。
「クラゲが大きすぎて、重心がズレたんです」
「SHIRATAMAの熱量って、物理法則超えてませんか!?」
もう滅茶苦茶だと叫ぶアイ。レティは今更なにをと言わんばかりの顔である。
その間にもヘクトアイは貯蔵されたSHIRATAMAを貪り喰らい、血肉へと変えていく。カサに無数の角を生やし、触腕は筋肉質に膨れ上がる。もはやクラゲの範疇に収まらないクリーチャーへと変化を果たす。
禍々しい姿。その極め付けに、カサの表面に巨大な紅蓮の目玉が隆起する。五つの目――残るコアが剥き出しとなったのだ。
「チャンスでしょうか」
「いえ、状況は悪化してますよ」
天候は急激に悪化し、嵐が都市を飲み込んだ。
降り注ぐ雨と雷鳴のなか、ヘクトアイが睥睨する。
弱点を曝け出したわけではない。コアを露出させても問題ないほどに、強くなったのだ。
「攻撃が来ます!」
「これ、最悪町が真っ二つに割れるんじゃ!?」
太い触腕がゆっくりと振り上げられる。それが叩きつけられる未来を、誰もが予想しながら変えることはできない。あまりにも大きく、太く、圧倒的だった。
大地に乗っていないこの都市は、その一撃で沈む。
見限った調査開拓員たちが次々飛行艇を飛ばす。レティとアイはひしと抱き合い、覚悟を決め――。
「風牙流、四の技、『疾風牙』ッ!」
次の瞬間、嵐を吹き飛ばす巨大な槍が、クラゲの身体を貫いた。
雷鳴が轟き、闇の中に閃光が広がる。雨粒が肌を叩き、瓦礫が舞い上がるなか、その巨影が空に浮かび上がる。
「な、んっ――!?」
それは、あまりにも巨大に過ぎる鋼鉄の騎士であった。
━━━━━
Tips
◇嵐
天候。激しい風雨に曝され、立っていることも困難。防水処理や防雷処理の施されていない機器は破壊され、調査開拓用機会人形も感電などのリスクが生じる。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます