3章4話:迎撃準備
「ここまでの激戦、お疲れ様でした」
海堂の無機質な声が食堂の一角に落ちた。インターハイ予選が始まってすでに三週間近くが経過し、北雷高校は二回戦後も順調に勝ち上がっていた。
「いよいよ来週末にはブロック決勝戦となります。これに勝てば県大会への出場権を勝ち取ることが出来るわけですが……」
「次の対戦相手は県四天王一角、県立三浦商業高校。通称は『サンショー』だ」
神嶋が言葉を繋ぎ、重々しくそう言った。
「データはあります。分析も、ある程度は私が済ませてきました。よって明日と今日の昼はスカウティングに費やします」
そう言った海堂はパソコンをテーブルの上に広げた。この間まで学校のを使っていたはずなのだが、気がつくとマイパソコンを持ち込んでいた。
「まず初めに、このプリントに目を通してください。おおよその身長と推測されるポジション、学年を記載してあります」
プリントを回した後、海堂はその場の全員に行き渡ったことを確認する、
「サンショーは大変攻撃的なチームです。主力に二年生が組み込まれていますが、彼らの実力も申し分ない。エースで四番の柳原は高さはそこそこですが、信じられないほどのパワーを持っています。強引に押し切って得点することが大変多く、彼をキルブロックで止めようとすれば怪我をするかもしれません」
その言葉に神嶋は眉を寄せた。
「それと、このチームのリベロは一年生ですね。去年の全国都道府県対抗戦に、神奈川県代表として選抜され出場しています。特別表彰こそされませんでしたが、高評価を得ていたようです。相手チームのサーブを全てきれいにセッターに返しています。実力は相当と考えて良いでしょう」
それを聞いた久我山は片眉を跳ね上げ、ニヤリと笑う。恐らくリベロ勝負でもしようと思っているのだろう。
「基礎情報はこんなところです。それでは各メンバーの説明に入ります。プリントの一番上、三年主将の高階幸太郎からいきます」
海堂は手元のプリントをガサガサと漁ってからパソコンを操作し、高階のアップになっている写真を表示した。
「高階幸太郎、身長はおよそ一九〇センチ。ポジションはミドルブロッカーです。中学二年、三年生と連続で全国都道府県対抗戦に選抜されるほど優秀なプレーヤーです。去年、一昨年と連続で秋の国体にも選抜されています。スパイカーの心理をよく理解しており、ストレスを与えてミスを誘発するなど大変戦略的な様子が見受けられます。スパイカー陣は真っ向勝負は避けたほうが良いでしょうね。はい、次行きますよ」
そう言ってから再びパソコンを操作し、二番のユニフォームを着た人間の写真を表示する。
「二番の古湊明紀。身長はおよそ一八〇センチ。チームのまとめ役と思われます。ものすごく臨機応変なプレーヤーです。ブロックを素早く見切り、ダメだと思ったらすぐさまブロックアウトに切り替える。ブロックも一筋縄ではいかないと思っていいでしょう。次行きます」
四番のユニフォームを着た人間の写真を表示したところで、能登からストップがかかった。
「あ、あのさ……。この写真とかどうしたんだ?めっちゃアップだし最近のやつだよな……?」
恐る恐ると言った様子の能登に海堂は小さく笑う。
「人海戦術です。弟たちを使いました。体育館の一階と二階にそれぞれ配置して試合を録画させ、それをスクショしたんです」
「お前ホントにすごいな……」
「時間無いので次行きますよ。大丈夫ですか?」
「あ、はい……」
最近の海堂は遠慮が無くなってきた。元々後輩らしい可愛げなど投げ捨てて来ましたと言わんばかりの態度であったが、それに磨きがかかっている。
「恐らく、この四番の柳原将司がサンショーのエースと思われます。試合の得点の七割を出していました。実力に関しては先ほど説明した通りです。……ですが、彼は大変直情的です。煽ればすぐに乗ってきます。なので、皆さん」
海堂はテーブルに両肘を突いて大真面目な顔で言い放った。
「積極的にコイツを煽りましょう。そうすると力任せで雑なスパイクになるので、ガンガン拾って打ち返すのがいいと思います」
「良くねえだろ!」
あまりに雑な説明に火野は思わず怒鳴る。
「そんなめちゃくちゃなことやって勝てんのか⁈」
「要はエースを潰せばいいんだ。やり方は反則にならなきゃ何でもいい」
「お前……、意外とゲスだな……」
真顔での海堂の一言に呆れたように返した火野を無視して、海堂はさらに解説を続ける。
「五番、セッターの東堂麟太郎。身長はおよそ一八〇センチ。高さそのものは大したことはありませんが、とにかくテクニックがすごい。去年の秋の国体選抜メンバーです。緋欧のセッターが正セッターだったのでほとんど出場はありませんでしたが。彼の精密なトスワークは間違いなくこのチームの攻撃的なプレースタイルを支えています。エースの次に潰したいのは彼ですね」
そこまで話していた海堂の肩を誰かが叩いた。
「そのパソコンは何ですか?」
背後にいたのは厳しいことで有名な生徒指導の教師だ。いつも不機嫌そうな英語教師で、高圧的な態度もあって嫌われている。
「……パソコンですけど」
「どうして校内で電子機器を使用しているのかしらって私は聞いているの。あなた、名前とクラスを教えなさい」
「一年六組の海堂聖です」
海堂はあからさまに不機嫌になっている。バレーの話をしていたのに咎められたのが気に食わないのだろう。
「ではそのパソコンは没収して担任の先生にお渡しします。ほら、貸しなさい」
そう言って差し出された手をチラリと見た海堂は急にガタッと立ち上がる。
「先生、使ってはいけないと生徒手帳に明記してあるのは携帯電話、スマートフォンについてです。パソコンについては記載がありません」
「電子機器を使っていい理由がありません。今すぐ、貸しなさい」
「正当な理由が無いと納得がいきません。それを教えてください。そうしたら渡します」
「……一部の人だけが使っていたらずるいでしょう。みんな使いたいかもしれないのに、あなただけが使っていい理由はありません。海堂さん、貸しなさい」
それを聞いた海堂はあからさまに嫌そうな顔になり、派手に舌打ちをした。
「なら、パソコン無しで私の代わりにスカウティングしてくださいよ。全くのミスも漏れもなく、完璧に。県四天王一角の県立三浦商業高校相手に勝てる方法を考えてください。出来るんですよね?そう言ったと言うことは」
「……はあ〜。全く嘆かわしい……」
「……あ?」
そろそろまずいと思ったらしい能登が海堂の腕を叩く。
「海堂、諦めろ」
「ちょっと待ってください」
キッパリと言い切った後に教師の方を見る。
「嘆かわしいってどういうことですか?」
「部活なんてくだらないものに時間を費やし、教師に楯突く……。呆れた。そんなことをするならもっとマシなことに時間をお使いなさいよ」
そう言ってパソコンに手をかけた教師を、海堂は引き剥がす。
「すいません、部活が何だって言いました?」
「……くだらないと」
次の瞬間、教師の顔は水で濡れていた。近くにあったコップの中身を海堂がぶちまけたのだ。
「こっちの気も知らずに何がくだらないだ!この分からず屋!こっちは本気なんだ!アンタみたいな人間が!一番!邪魔なんだよ!」
襟首を掴み、締め上げる。慌てて周りが止めに入るが海堂はびくともしない。
「二年生がこの一年どれだけ辛い環境でやってきたと思ってる!試合は出られない、練習場所は初めは外コート!それでも積み上げてきたモノがある!重ねられてきたモノがある!それを持って、全部抱えてテッペン目指してる!外野がごちゃごちゃ喚いて壊していいモノじゃない!教師だろうが何だろうが関係ないんだよ!言うこと聞かないからって本気の人間バカにして、それで楽しいのか⁈大人のやることじゃないだろ!」
そう叫んでから、左腕一本で教師を壁に向かって突き飛ばす。ぶつかるギリギリで能登が庇い、まだ何かしようとする海堂を川村と火野が取り押さえる。そのときには周りが何事かとそちらに注目していてらちょっとした騒ぎになっていた。
「海堂!抑えろ!落ち着け!お前の気持ちは分かったから!悔しいのは分かったから!」
「ここでさらに何かやって、部停になったらどうすんだ!元も子も無いだろうが!」
「嫌だ!このまんまにしたらダメだ!」
バレー部の中でもそれなりに鍛えている二人がいっぺんに渾身の力で押さえても、海堂はまだもがく。
(何だ、この力……!こいつ怪我してやめたんじゃなかったのかよ……⁈)
そのとき、バシン!と乾いた音が鳴った。海堂の唇の端が切れ、血が伝う。
「……海堂、お前は川村の言うことが聞けないのか?」
目の前に立っていたのは、神嶋だった。いつになく冷たい目をして、背後には重い圧を背負っている。
「これ以上手を出したら悪いのはお前だ。今なら、まだ何とか取りなせるだろう。手を出したらお前の気は晴れるだろうが、最悪部停か大会出場権の剥奪が待っている」
海堂は自分の頬がジンジンと痺れているのを感じ、徐々に我に返る。
「正直、そうなったらお前を入れた意味が無い。上を目指すための戦力としてお前を入れたのに、大会に出られなかったら意味が無くなるだろうが……!」
腹に響くような低い声を聞いている間に、海堂の身体から力が抜けるのに火野は気がついた。
「上に行きたいんだろう?なのにここで問題を起こすのか?それはただのバカのやることだ。分かったか?海堂」
有無を言わせないその響きに、海堂は静かに頷く。もういいだろうと思った川村は掴んでいた腕を放した。
「海堂、肩大丈夫か?けっこうな力で腕捻ったけど……」
「あ……、多分大丈夫、です」
川村の問いにそう答えた声は細く、どこか茫然自失と言った様子だ。そのままフラフラと能登の近くにいた教師のところまで行き、頭を下げた。
「アレコレやってすいませんでした。パソコン、持ってってください。これからは校舎内では使いません」
やけに素直になったその様子に逆に周りが驚いた。さっきまでの狂犬のような様子はどこにもない。
(全く、とんだじゃじゃ馬だな……)
神嶋は内心ため息をついた。
放課後、体育館に頬に冷却シートを貼った海堂がやって来た。
「神嶋さん……」
急に背後から聞こえた声にびっくりした神嶋は珍しく裏返った声でどうしたと問う。
「昼休み、ありがとうございました。あのままだったら何をやらかしたかか分かりませんでした……。本当に、止めてくれてありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げる。
「いや、俺も加減が分からず力いっぱい叩いた。悪かった」
昼間の様子は衝撃的だった。けれど、一つだけ分かったことがある。
(俺が思っているよりも海堂はここを好きでいてくれてるんだ)
都合の良い解釈かもしれない。自分の思い込みかもしれない。それでも、普段態度には出さない海堂の思いを知ることができたような気がして、神嶋は少し嬉しかった。
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