第51話 水族館 前編

「楽しみだなー! 水族館なんて久しぶりだなー! 孝太くんは最近行った?」


「最近どころか、大きくなってからは行ってなくてさ。全然覚えてなくって、もう俺も本当に楽しみだよ!」


「そうなんだー。私は大学院生の時以来だから、三、四年ぶり? になるけど。孝太くんよりは最近だね」


 告白をしてからの最初の土曜日。

 今、俺たちは夏織ちゃんの車で水族館に向かっている。


 二人で恋人っぽいことってなんだろうかと考えた結果のお出かけである。


 水族館という場所を提案したのは夏織ちゃんだ。

 俺は小さい頃以来水族館に行っていないというのは本当で、すぐに賛成した。



 下手したら十年ほどぶりかという水族館に心は踊る。

 そして夏織ちゃんとのデートということもあり、今最高に楽しい。



「思ったより道も空いてるね。あと二十分もしたら着きそうかなー」


「いつも運転してくれてありがとうね」


「いいのいいの! 毎日車通勤してるのもあって全然運転は苦じゃないし。それに孝太くんまだ免許取れないから仕方ないよ」


「そうなんだけどさ……」


「じゃあさ! 孝太くんが免許とったら孝太くんの運転でどこか連れてってよ。遠いところね!」


 俺が免許取れるのは、最短で二年後……。


 結構先だけど、夏織ちゃんは俺とそんな先まで一緒にいたいと思ってくれてるのか。

 やばい、嬉しい……。


「うん! 約束する! どこでも夏織ちゃんの行きたいところに連れてくからね!」


「言ったなー! 楽しみに待ってるからね!」


 夏織ちゃんは今にも鼻歌を始めそうなくらい上機嫌になる。

 俺はすでに至上の幸福状態。


 ああ。

 ただ車で移動してるだけでこんなに楽しいなんて。


 やっぱり夏織ちゃんは最高だ。



 天気はちょっと曇ってるけど、車の中は二人の笑顔で晴れやかな雰囲気。

 その雰囲気のまま、俺たちの乗る車は目的地である水族館へ向かった。



 ◇◇◇



「うわー! 水族館ってこんな風だっけー?!」


 館内に入ると、薄暗い照明に照らされた大きな水槽が出迎えてくれる。


 中には漂う魚、泳ぐ魚、大きな魚、小さな魚。

 様々な生き物が幻想的な雰囲気を作り出していた。


 久しぶりの水族館にテンションが上がり水槽に駆け寄っていく。


「すっげー」と俺が水槽内を見ながら声を漏らしていると、追いついた夏織ちゃんに「ここの水槽は本当に大きいよね」と言われる。


 そっか、夏織ちゃんは大学生の時に水族館に行ったって言ってたけど、ここだったのかな?


 そんな疑問が湧くのと同時に、もう一つの疑問も一緒に湧いてくる。


「夏織ちゃんは前もここの水族館に来たの?」


「うん、ここが一番近いし、大きいからね」


「……ちなみにその時は誰と来たの?」


 もう一つの疑問とはこれだ。

 個人的な意見だけど、水族館に家族以外で来るなんてデートくらいなもんな気がして。


 昔のこととは言え、夏織ちゃんが他の男と遊んでる姿を想像するとちょっと嫌な気持ちになってしまう。


 ……俺って独占欲強いのかな?



 そんな小さな俺の嫉妬が見透かされたのか。

 夏織ちゃんはもう一歩俺に近寄り頭をかき回しながら笑う。


「なーにー? 孝太くん。もしかしてヤキモチ妬いてるの??」

「別にっ! そういうわけじゃ!」


 本当はそういうわけなんだけど。

 恥ずかしくてそう言うしかなかった。


 けれど、夏織ちゃんは俺の反応なぞ気にも止めずに続ける。


「前は友達と来たの。どうしてもチンアナゴを見たいっていう子がいてね。もちろん、女の子だよ」

「そ、そっか……」

「安心した?」

「だっ、だから! そういうんじゃないってば!」


 そう言いながら、夏織ちゃんの手を頭からどかす。


 ……よかった。

 ちょっと前に流行ったもんな、チンアナゴ。


 俺は自分の顔を見られたくなくて入り口正面の水槽から黙って移動をする。


 はあ。

 ……こんなことでいちいち嫉妬してたら持たないぞ、俺。


 ふうと一息つきながら次の水槽を目指して歩いていると、ぴったり後ろに付いてた夏織ちゃんが「ねえ」と声をかけてくる。


 そして夏織ちゃんは俺の返事を待つことなく後ろから話してくれる。


「もし、前に他の男の人と遊びに来てたとしても、今の私は孝太くんの彼女なんだから気にしないで。だって、孝太くんが私のの彼氏なんだから」

「ッ!」


 夏織ちゃんの後ろからの囁きが俺の顔を真っ赤に染める。


 ああそうか。

 恋は盲目とはよく言うけど、恋は視野も狭めてしまうようだ。



 夏織ちゃんの初めての彼氏は俺。


 つまり、夏織ちゃんが過去にデートをしていたとしても、そこから恋人になった男はいないと言うこと。


 つまりつまり、俺はその男達に勝っていると言うこと!



 こんなことを勝ち負けで考えるのは浅はかかもしれないけど、感情的になっている俺を納得させるには有効な考え方だった。

 それになんだか自信もつく。



 俺は夏織ちゃんの方に振り返り、赤い顔のままガッと両肩を掴む。


「俺、誰にも負けないから!」


 夏織ちゃんの目をまっすぐ見ながらそう言うと、夏織ちゃんは黙って頷いた。



 単純って思われてるかもな。

 でもいいんだ。


 夏織ちゃんも笑ってくれてる。


 今の俺にはそれで十分だった。

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