第42話 ずっと待ってた 後編

 汗を拭いたタオルを肩にかけて、ベンチに座り水分補給をする。

 二人並んで。


 バランスを崩した夏織ちゃんが俺の腕に収まってしばらくした後、落ち着いたのか夏織ちゃんは気恥ずかしそうに俺の両腕をゆっくり外して離れていった。


 ”ずっと待ってた”


 夏織ちゃんのこの言葉の意味はわからない。

 けど、俺が今夢中になっている昔の思い出と何か関係している気がしてならなかった。



 触れ合っていた肌が離れてからと言うもの、俺たちは何も言葉を交さずに今に至る。


 俺は雰囲気で夏織ちゃんを抱きしめてしまったという恥ずかしさから。

 夏織ちゃんも何らか恥ずかしかったんだろう。


 だって。

 夏織ちゃんの柔らかい肩から背中の感触が、今でも両腕と胸に残っている。


 夏織ちゃん、すっぽりと両腕に収まってたな。


 いつも元気だし、お世話になってるし、小さい頃から知ってるからか、夏織ちゃんは”大人のお姉ちゃん”って印象だった。


 けど、今じゃ身長は俺の方が高いし、夏織ちゃんを抱けるほど体も大きくなった。


 ……夏織ちゃんも、やっぱり女の子なんだな。


 生意気かもしれないけど、”守ってあげたい”。

 そう思っていた。




『チュンチュン』




 ……やばい、なんて切り出したらいいんだろう。


 夏織ちゃんも顔を赤くしたまま下を向いて、こっちを見ようとしない。



 気まずい雰囲気のまま、時間だけが流れる。



 ……ん?

 そういえば時間って……?



「あーっ!」


「な、なに?! 孝太くんどうしたの?!」


「やばい夏織ちゃん! 今日もダッシュで帰らないと!」


「うそっ?! あ、ほんとだ……」



 時計は朝練終了予定の時間を十分以上もオーバーしていた。


 急いで荷物をまとめ、走って家に向かう。



 ふう。

 時間がないって焦りのおかげで、普段の喋り方に戻れたな。


 それは良かった。

 夏織ちゃんと並んでランニングしながらホッと一安心。



 すると、夏織ちゃんが走りながら声をかけてくる。


「あのさ、孝太くん。約束の”いい物”だけど、今渡しておくね」


 足に合わせて軽く降っていた手の片方を俺に突き出す。

 その手は角形の封筒を持っていた。


「え! 今持ってたの?」


「うん。孝太くんすごい気合い入れてたから、よっぽどみたいんだなーって思ってね。私が負けた時は早く渡せるように、実は持ってきてたの。まあとにかく、もう孝太くんのものだから、いつでも好きな時に見てね!」


「う、うん……」


 まさかこのタイミングで渡してくるとは思わなかった。

 けれど躊躇しる理由もない。


 俺の手はまっすぐその便箋に伸び、夏織ちゃんから封筒を受け取った。

 封筒は結構硬い紙でしっかりしていた。



 やっと思い出せるかもしれない。

 あの思い出の詳細を。


 ランニングで軽く上がった息に、動悸めいたものも加わる。


 そしてもう一つ重大な悩みも。


 ……いつ見よう。


 学校前? 部活終わり? それとも夕食後?


 早く知りたい気もするし、じっくり腰を据えて読みたい気もする。

 うーん、悩ましい……。


 さらに、一抹の不安もポッと湧く。


 ……全く関係ないものだったらどうしよう。



 あああ。

 考え出したらきりがない。

 とにかく今は急いで家に帰って準備することを考えよう。



 呼吸を整えつつ。

 二人三脚みたいに夏織ちゃんのペースに合わせて、二人で家に向かう。

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