第32話 アドバイス
夏織ちゃんの妹の咲さんが急に訪ねてきた時は驚いたけど、俺の知りたかった情報を握っているかもしれない。
夏織ちゃんが俺のことをどう思ってるのか。
俺がこれからどうすべきなのか。
それがわかるかもしれない。
……早く知りたい!
けれど、肝心の咲さんはお茶と一緒に出していたお菓子をモグモグと食べている。
今のでクッキー四枚目だ……。
……早く話を聞きたいんだけどな。
食べるのを止めろとも言うわけにも行かず、咲さんが食べ終わるのを待つことにした。
ただお菓子を食べる女性をじっと見ているわけにもいかず、周りに目を向けると咲さんのコップが空になってるのに気がつく。
水分なしでクッキー連続は、口の水分が尽きるだろう。
そう思いお茶入れを持ってきてコップに注ぎ足すと、咲さんがようやく口を開いた。
「ありがと」
俺は思わずバッと顔を上げ、咲さんを見る。
これまで罵られはしたけど、お礼を言われるのは初めてだった。
「何よ、その顔は。私だってお礼くらい言えるわよ! 失礼ね」
俺が「いや、そういうわけでは」と素早くフォローするも、咲さんは強い口調に戻りそっぽを向いてしまった。
「それと、さっきまでは悪かったわね。私もお姉ちゃんを心配してきてみたらケダモノがお姉ちゃんの部屋から出てきたと思ったもんだから、かなりテンパってたのよ」
「ケダモノ……」
謝る気があるのか、引き続き貶したいのか分からない……。
「でも、私も落ち着いたわ。こうやってお菓子出してくれたりお茶を注いでくれたりして、それなりに? 気は遣えるみたいだし」
咲さんは話の合間にお茶でいっぱいになったコップを口へ運ぶ。
「それに、あんたがわざとお姉ちゃんをいじめてるわけじゃなさそうってのも分かったから」
「俺は! 夏織ちゃんをいじめたりしません! 絶対に!!」
「だから、それは分かったって言ってるの! あんた、少し落ち着きなさい」
思わず立ち上がって反論する俺は、咲さんになだめられて再び椅子に座る。
くそ。
早く知りたいって気持ちで、たまに体の制御が効かなくなる。
そんな俺を見て咲さんはお茶をもう一口飲み、ようやく俺に話し始めてくれる。
「まず確認させて欲しいんだけど。あんた、お姉ちゃんのことが好きなのよね?」
単刀直入。
ズバッときたな。
昨日までの俺なら、よそよそしく”俺は夏織ちゃんの弟みたいなもんです”って答えただろうけど。
今の俺は違う。
「はい、そうです」
「おー、ずいぶんとはっきり言うわね。けど、あんた今日女の子たちと遊びに行ったんでしょ? ずいぶん浮かれてない?」
「それは……。その通りです、すみません。けれど、そのおかげで俺は夏織ちゃんが好きなんだって、ハッキリ分かったんです!」
「まあ、そうなんでしょうね。そして、見事にすれ違った訳か……。ややこしいことしてくれたわね」
咲さんお茶の入ったコップをテーブルに置いてくるくる回している。
「あの……。それで、夏織ちゃんは電話でなんて言ってたんですか?」
俺からすると、俺の話はどうでもよくって夏織ちゃんの話が知りたいんだけど……。
そう思って咲さんに聞いてみると、キッと睨みつけられる。
「なんで、あんたに私たち姉妹の話を赤裸々にしないといけないのよ? そんなの教える訳ないでしょ?! 業突く張り!」
「……そこまで言わなくても」
「でもまあ? あんたの熱意に免じてアドバイスくらいしてやらんこともないわ」
「本当ですか?!」
「ええ。私だって、実の姉が悲しんで酔い潰れる姿なんて見たくないもの」
あ、ありがたい!
夏織ちゃんの実の妹が味方に回ってくれるとは……。
「ありがとうございます!」
「別にあんたのためじゃないから、あんたからお礼を言われる筋合いはないわ」
これまたバッサリいかれたな……。
けど、アドバイスをもらえることには変わりない。
夏織ちゃんの話も俺の話も聞いている咲さんのアドバイス。
ありがたく受け取ることとしよう。
「それじゃ、よく聞きなさい……あんた、お姉ちゃんとたくさんデートをしなさい。もちろん二人でよ」
これが、アドバイス?
そんなの——
「そんなの、もうやるつもりですよ——って顔してるけど、甘いわね。
肝心なのは約束を取り付けた後! 当日までの”準備”をいかに一緒に楽しむか!」
「当日までの準備を、楽しむ?」
「そうよ! 女の子ってのはデートまでの日も、服を買いに行ったり道順を決めたりするのにワクワクするんだから。
よって、お姉ちゃんと同じ目標に向かって、一緒に時間をかけて到達すること! お姉ちゃんが何を言ってたかは教えられないけど、それが今は有効打だってことだけ伝えておくわ
間違っても、今のお姉ちゃんに焦って告白なんてしないことね。時間をかければ、”その時”は必ず来るわ」
「……とても勉強になりました。ありがとうございます」
「だから、私に礼を言う必要はないって。その代わり、お姉ちゃんを泣かせたら、ここから追い出してやるから。覚悟しなさい」
追い出す……。
普通なら『できるもんなら』と言い返せそうな文句だが、咲さんの脅しが現実になるルートが俺の頭の中で容易に構築された。
夏織ちゃん、咲さん、神野さん父、うちの両親……容易に繋がるからだ。
父さん母さんにそんな話は通させるわけにはいかない。
——というかそもそも
「今後は絶対に夏織ちゃんを悲しませたりしません」
そう、俺の意思は固まっているんだ。
「……その決意は凄いわね。さっきから聞いてるこっちが恥ずかしくなるわよ」
一通り話し終えたのだろう、咲さんが再びクッキーに手を伸ばそうとすると、咲さんの鞄から音がなる。
——ブブッ
スマホの着信であろう振動音だ。
その音を聞き、咲さんの手はクッキーからスマホへと伸ばす方向が変わる。
「やばっ。こんな時間! 早く帰らないと、明日から仕事なのに!」
スマホを見るなりバタバタと帰り支度をする咲さん。
その姿を横目に、俺も時計を見るともう十一時を回ろうとしていた。
俺も立ち上がり「もうこんな時間」と言っている間に、咲さんはあっという間に帰り支度をし玄関へ小走りで向かう。
「それじゃ帰るから! 約束、忘れるんじゃないわよ! あ、お菓子とお茶ご馳走様!」
そしてあっという間に靴を履き、玄関のドアを開ける咲さん。
俺が「はい、お休みなさい。お気をつけて」と言うと「ありがと、おやすみー」と言って外へ駆け出していった。
……嵐のような人だった。
うーん。
顔は夏織ちゃんに似てるけど、性格は全然似てないよな。
再び夏織ちゃんの部屋を覗き、夏織ちゃんが起こされていないか確認をする。
……お酒を飲むと、あんなけバタバタしても起きないものなんだな。
酔っ払いに対する知識を少し得たところで、リビングに戻って出したコップやお菓子を片付けていると、疲れがドッと押し寄せる。
足の力が抜け、そのまま床へヘタリ込む。
……無理もない。
一日遊園地で遊び尽くした上、帰ってきたら酔い潰れる夏織ちゃん、そして押しかける嵐のような咲さん……。
ああ。
今日の朝が遠い昔のようだ。
あ、俺も明日は朝練だ。
今日はシャワーで済ませて、早く寝よう。
体力が底をついた俺は、睡眠まで最短経路で向かうことにした。
……明日、起きられるかな。
本当に疲れた一日だったけど、得られたものも大きい一日となった。
明日から、咲さんのアドバイスを実践していこう。
そしていつか、夏織ちゃんに俺の思いをぶつけるんだ。
〜 第二章 完 〜
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