第22話 別メニュー 後編
「えっと、それはどういう意味?」
坂本さんからの予想外の質問に戸惑う。
木村さんじゃなくて、何で私に声をかけたんですか? って、どういうこと?
坂本さんに話しかけたらダメなのか?
……そんなわけないよな。
……ハッ。
まさか、坂本さん……俺のことを……?
生まれてこのかた、彼女ができたことも告白されたこともない。
ついに俺にも、春の訪れが……?!
いや、でも俺には……。
なーんて俺の邪推からの妄想に気がついたのか、坂本さんの目つきが変わる。
「あ、勘違いしないでください。 別に、朝倉君のことが気になっているとかじゃありませんから!」
……なんだ、違うのか。
ちょっと期待しちゃったじゃないか。
坂本さんは自分の強い口調に気づいたのか、コホンと一息ついてから説明を始める。
「あ、その……。木村さんがマネージャーに来てくれてから、部員の男の子は何かあると木村さんの所に行くようになったから。ちょっと意外で……」
……なるほど。
言われてみればそうだ。
今年、木村さんが来てからは坂本さんが他の男子と話してるところをあまり見ていないかもしれない。
もしかして、さっきの”向き不向き”の話もそういう話なのかな。
「だから、坂本さんは選手のサポートより裏の仕事をやるようになったの?」
「あの、その方がみんな楽しそうに練習してるから……」
ぐっ。
心が痛い。
「……ごめん。坂本さんの気持ちも考えずに」
男子の代表っていう訳じゃないけど、頭を下げる。
確かに木村さんの声援に俺らは無邪気にはしゃいでいた。
……男ってバカだ。
「えっ?! いえ、そういうのじゃないんです! 別に男子が憎いだとか、木村さんが疎ましいとかじゃないんです! 木村さんとも仲良くやっていますし。実際裏方の仕事の方が好きですし」
「え? そうなの? 怒ってるんじゃないなら良かったけど」
「はい。全然怒ってません。ただ……強いて言うなら、ですけど。私も一緒に楽しく練習してみたいな、とは思います。たまには」
坂本さんが少し笑った。
体育館の方を見て、練習中の掛け声を聴きながら。
そんな坂本さんがずっと体育館を見ている間、俺は坂本さんを見ていた。
そんな風に思ってるなんて、考えもしなかった。
部活中は、自分のことで精一杯だったから。
俺の視線に気がついた坂本さんは「し、失礼しました」と眼鏡をクイッとあげる。
「何を言ってるのでしょう、私は……。すみません。飲み物をみんなに持っていくので、戻ります」
坂本さんの笑顔、初めて見たかも。
やけに印象的な笑顔から、いつものしっかり者の表情に戻ってしまい少し残念な気持ちになる。
……いつもそんな風に笑ったらいいのに。
「……俺も手伝うよ」
「え。いや、いいですよ。これはマネージャーの仕事なので。それに、朝倉君、練習があるんじゃ」
「大丈夫! さっきも言ったけど、別メニューは全部終わったし。たまには俺も力になるよ」
「でも、手の怪我は?」
「それも大丈夫! 動く指も何本か残ってるからさ」
手を広げて無事な指を動かしてみせると、坂本さんは「じゃあ……お願いします」と言って容器をいくつか俺に渡してくれた。
容器の持ち手を無事な指に引っ掛けて持ち上げると、俺は坂本さんについて体育館へ戻った。
やっぱりちょっとは痛むけど、それよりも容器の重みがそのままマネージャーさんへの感謝の気持ちに変わっていった。
◇◇◇
「「ありがとうございましたー!」」
体育館の重い扉を閉める頃には、空はだいぶ暗くなっている。
部活は終わり、汗だくのウェアを着替えて家に帰るところだ。
「なー、孝太ー」
いつものように寄り道組が声をかけてくる。
いつもの通りコンビニへのお誘いだろう。
……悪いが今日もパスだ。
なんたって、俺には夏織ちゃんという最高の同居人が——
「お前、坂本さんと付き合ってんの?」
「……は?」
いきなり? なんだ?
俺が坂本さんと、付き合ってる……だと?
「なんでいきなりそうなるんだよ。 ……まさか、給水ボトルを運ぶの手伝ってあげただけでか?! 飛躍しすぎだろ! お前らには”親切”という解釈はないのか? 電車でお年寄りに席は譲らないのか?!」
急展開を精一杯理解しようとした過程が、ものすごいスピードで口からダダ漏れる。
「いや、そこまで必死にならんでも」
「ハア……ハア……。お前らが急に変なこと言うからだろ」
「しかも、坂本さんを老人呼ばわりかよ」
「そこはものの例えだ」
「……その様子だと、答えはノーみたいだな」
「当たり前だ」
声をかけてきた連中は「なーんだ」とか「ほらな、んなわけねーって言ったろ?」と言い合っている。
こいつらは安堵した顔をしているが、俺には全く現状が理解できてない。
「どう言うことか説明してくれるよな?」
「うっ、こえー顔すんなよ。別に俺らも確証があって聞いたわけじゃねーんだよ」
大抵のことは笑って済ませる俺だが、今度ばかりは真面目だぞ。
なんせ恋愛なんてものでいじられたことがないからな。
さあ、続けたまえ。
包帯を巻いた手でクイクイと催促する。
「だってお前、ここ一週間くらいいつもと違う道で帰ってくじゃんか。寄り道にも付き合わなくなったし。どこ行ってんだよ?」
……なるほど。帰る方面、か。
全く気にしてなかった。
夏織ちゃんに早く帰りたくて、前の家に向かうフリもしていない。
これは……確かに怪しまれるな。
自分の迂闊さに憂いていると、違う寄り道組が事情説明を続けてくれる。
「それで、朝倉がどこに行ってるのかちょっと話題になってたんだけどよ。俺ら、ある日気がついたんだ。お前の帰る方面、坂本さんちがある方だ、って」
……まじか。
それは本当に知りませんでした。
「それだけじゃ俺らも疑いはしなかったけどよ。今日、お前とボトル持って戻ってきてくれた時さ。坂本さん笑ってたんだ。ちょっとだけ。それで、聞いてみようぜーってなった」
それも、知らなかった。
と言うか気がつかなかった。坂本さん、俺の前を歩いてたからな……。
坂本さん、笑ってたのか。
ボトルを運ぶ手伝いをしただけなのに……。
いつも一人で仕事をしてくれてるからかな……。
ここで、いつもなら『また手伝ってあげよう』くらいの感想で終わるかもしれない。
けど、マネージャーのありがたさを再認識というか痛感した今日は、余計になんとかしてあげたいと思った。
「まあ許してくれよ」
「そうそう、何もからかいにきたわけじゃねーんだからさ」
「あくまで事実確認!」
「はいはい、わかったよ」
「じゃあなー」
寄り道組からの事実確認が終わり、皆それぞれ帰路に着いた。
俺と高木を除いて。
「なあ、修斗」
「ん? 孝太か。どーした?」
「明日、やりたいことがあるんだけどさ。手伝ってくれない?」
「営利誘拐なら協力せんぞ」
「なんだよそれ?」
「映画のセリフー。昨日見たやつ。んで、やりたいことって何よ?」
「ああ、それなんだけど……」
十分ほど高木と作戦会議をしてから、俺たちも学校を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。