第33話 阿曽沼一義・4
「なるほどね。俺だったらチンプンカンプンだったわ。ぬまちゃんがいてくれてほんと助かった。ありがとう」
「いえ、副知事として……というか運命共同体として、当然の事ですから」
とは言ったものの、丹下に正面切って「ありがとう」と言われるといささか照れる。そう、この丹下という男は簡単に感謝の気持ちを表明するのだ。
ありがちな定型文のような感謝の言葉ではなくて、心から素直に出てくる『ありがとう』、これも彼の武器なのかもしれない。
「SNSの評判は上々だよ。あっという間にフォロワーが五ケタ!」
「明日には六桁になってます」
相変わらず元気な丹下にひきかえ阿曽沼は冷静だ。
「データ、ご覧になりましたか? すでに日本でも最初のコロニーが発見されています。まだ昨日ですから、ここからどれだけ抑え込めるかの勝負になります」
「えっ、もう日本に入って来たの?」
「少なくとも二階堂研究所のデータではそうなってますね」
阿曽沼がデータ画面を丹下の方へ向けると、食い付くような勢いでパソコンに顔を寄せてくる。
四月三十日、アイスランド・グリンダビークのブルーラグーンホットスプリングスで最初のコロニーを確認。同日より該当施設を閉鎖(継続中)。
五月四日、アイスランド・ゲイシール一帯でコロニーを確認。現在封鎖中。
五月下旬、ケニア・ナイロビ大学付近でコロニーを確認。現在交通網が麻痺。
六月上旬、アラスカ・アンカレジでコロニーを確認。魚肉加工工場付近。
六月九日、アメリカ・シアトルでコロニーを確認。タコマ国際空港付近。
六月十二日、アメリカ・サンフランシスコでコロニーを確認。
六月十三日、アメリカ・ロサンゼルス、フィリピンでコロニーを確認。同日、WHOがパンデミックに認定。
六月十四日、日本・成田空港内、ニュージーランド・ウェリントン市街地でコロニーを確認。
もはや時間の猶予はない。一刻も早く千葉モデルを確立させ、稼働させなくては。
「県の駆除部隊ですが、民間の
「匠エージェンシーって
「そうです。失敗は許されないので、確実なところを押さえました。県庁職員は回せませんし、清掃業者に頼もうかとも思いましたが、二十四時間体制で拘束するのはほぼ不可能です。人海戦術で行こうにも人手が足りないので。シルバー人材センターも考えましたが、それなら匠エージェンシーの方が仕事のクオリティが断然高いですから。問題は予算です」
「予算は予備費と俺のボーナスを全額返上して、あとはどこを削れるかな」
そう言いだすことは阿曽沼にはとっくに予想がついていた。
「岩倉さんには『丹下と自分のボーナスを返上して給料出します』と言っときました。仲介料なしでやってくれるそうです」
「え、岩倉さん、儲けゼロ?」
「千葉県と丹下さんの為ならやると言ってくれてます。さすがに派遣するスタッフの給料はカットできないので、そこは勘弁してくれと仰ってましたが」
話をしながら丹下がコーヒーを二つ淹れて来た。彼はよく阿曽沼の分もコーヒーを淹れてくれる。
「それと、二階堂研究所の方で打診していた微粒子専用バキューム車ですが、大手自動車メーカーとパワーツールメーカーのコラボレーションでかなり高性能のものができたようです。これは宣伝にもなるということで、メーカー側が千葉県に寄付してくれるそうです」
「うわぁ、ありがたいね。メーカーさんには足向けて寝られないよ」
「早くて二日後、遅くて三日後納車予定です」
「速いね」
「そうですね、我々が一番遅い。丹下さんには頑張っていただかないと」
「ほんっと、ぬまちゃんがいてくれてよかった。コーヒー飲んで!」
なんだか調子を狂わされるが、悪い気はしない。阿曽沼はありがたく丹下の淹れたコーヒーをいただくことにして、続きを説明する。
「駆除部隊の方に話を戻しますが、駆除の仕方と人選は匠エージェンシーに一任しました。こちらで素人が口出しするよりも、向こうはハウスキーピングのプロや病院清掃のプロもいますから、任せた方が安心です。とりあえずすぐに動ける人員を百人準備するようにお願いしています」
「いつから動ける?」
「明後日の昼までには準備すると仰ってました」
最速で明後日の昼、全てが揃う。そこまでカビが目立って来なければいいが。
「あと、ポータブルバキュームですが、今回バキューム車を共同開発したパワーツールメーカーに三十台発注しました。本社も工場も千葉県内なので、明日にでも納品できるそうです。ここの社長さんが丹下さんに役立てて欲しいと三十台全部寄付してくださるそうですよ。どれだけ顔が広いんですか」
「え。そこの社長さんとは面識ないけど。ありがたいね! 早速お礼の電話しなくちゃ」
この『人たらし』め……。
「みんなが地元に貢献したいというところで動いてくれています。本当に『千葉の劉備』とはよく言ったもんですね」
「ぬまちゃんが『千葉の孔明』やってくれるからだよ」
いや、孔明は自分ではない。
「孔明は二階堂博士ですよ。私は彼の足元にも及ばない」
「じゃあぬまちゃんは『千葉の関羽』だな! 『桃園の誓い』ならず『執務室の誓い』だ」
さっき淹れたばかりのコーヒーを持ち上げる彼の無邪気な笑顔につられて、ついつい阿曽沼もコーヒーを持ち上げた。
「兄弟! 県民と共にこの青カビ危機を乗り切ろう!」
屈託のない笑顔。知事らしからぬ言動。常軌を逸した支持率。要領の悪さに散々イラつかされたのに、なぜこんなにもこの人の役に立ちたいと思ってしまうのか。
「そうですね、
「えっ、ぬまちゃんも冗談言えるの?」
「大真面目ですよ!」
こんなふうに丹下と二人でゲラゲラ笑う日が来るとは。
「さあ、丹下さん。そろそろ仕事してください。カビを見かけたらすぐに駆除するようにSNSで呼びかけるんです。公園や道路などの公共の場で見かけた場合は県の相談窓口に電話するように。明後日からはホームページから通報できることも知らせてください。相談窓口は一人専属で設置しました。様子を見ながら増員します」
「了解!」
ここで阿曽沼は不敵な笑みをこぼした。
「筧大臣に千葉の本気を見せつけてやりましょう」
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