第18話 クロエ・4

「アイスランドとアラスカの共通点って、気温だけかな?」

 アメリアがチラリと視線を寄越して、小声で「来た来た、ウィリアムの多角的視点」と耳打ちしてくる。そんなものなのだろうか、とクロエには今ひとつピンと来ない。

「共通点?」

 ただでさえぎゅうぎゅうのソファで隣に座っているというのに、エラがさらにウィリアムの方に顔を寄せる。ウィリアムの方はと言えば、その勢いに押されてか少々引き気味である。

「例えば、砂漠では木は生えないけど、アマゾンは木がいっぱい生えてるよね。でも気温って一緒くらいじゃん? 湿度が違うから生える植物も変わって来るんだよね」

「確かにそうだね。それは考えつかなかった。ウィリアムはいつも凄いところに気が付くよね」

 即座にソフィが賛同する。エラは「うん、それで?」と続きを促す。

「そこに適した生き物が残るわけでしょ? 同じくらいの寒さならロシアだってそうなのに、カビの被害は出てないよね。ノルウェーとかあの辺の北欧もニュースにならない。反対側行って、アイスランドとアラスカの間にはアングロアメリカがバーンとあるけど、カナダではカビの報道が無い」

「確かに」

 今度はトーマスが身を乗り出す。長いソファの両端に男子が座り、中央を女子が陣取っているので、そうしないとトーマスからはウィリアムが見えないのだ。

 そしてこれはアメリアだけが気付いてニヤついているのだが、ウィリアムの隣はいつだってちゃっかりエラがキープしている。その辺りは抜かりないらしい。

「北欧やロシアやカナダに無くてアイスランドとアラスカにあるものってなんだと思う?」

「山、川、海」

「それ、北欧にもロシアにもカナダにもあるじゃん」

「そういうトーマスは何か見つけたの?」

「ううん、ソフィは?」

「わかんない」

 子供たちの会話は展開が速い。クロエたちとは別の次元で時間が流れているようだが、彼女たちとて子供の頃はこうだったのかもしれない。

「ウィリアムは何か見つけたの?」

「うん。一つだけ見つけた。まだあるかもしれないけど」

 三人が同時にウィリアムに視線を向ける。

「まだ答え言っちゃダメ」

「ヒントヒント!」

「んーとさ。わかんないけどさ、目に見えるものとは限らないよね」

「目に見えないもの? 僕たちの知ってるもの?」

「うん、トーマスも、エラも、ソフィも知ってる」

「えー? 何それ」

「もったいつけてないで教えてよ」

「ダメだよ、もうちょっと考えるー!」

「降参! わかんない」

 ウィリアムは「いいの?」という顔をして、一呼吸おいてから口を開いた。

「地震」

 三人と母親二人の目が点になる。

 ややあってトーマスが反応した。

「ほんとだ! 北欧もロシアもカナダも地震ってほとんどない。アイスランドは地震大国だし、アラスカは全米一の地震多発地帯だよ。凄いよ、ウィリアム!」

「でも、地震とカビがどういう関係があるの?」

「えーと……」

 エラに突っ込まれて口ごもるウィリアムに代わって、トーマスが出番とばかりに反対の端から身を乗り出す。

「地震って地殻の変動で起こるんだからさ、菌が地殻の圧力とかで何か性質が変わったことだって考えられる……とか? あれ? だけどあれってアイスランドから渡って来たんじゃないの?」

「そうなんだよね、だからこれも一つの可能性っていうか……。でもさ、先生がまとめろって言ったのって、こういうことじゃないよね。僕たちのいいかげんな予想より、社会で起きてる問題をまとめて行くのが課題だから、実際に起こってることをまとめた方がいいんじゃないのかなぁ?」

 子供たちが口々に「そうだった」「さすがウィリアム」などと言っているのを横目で見ながら、アメリアが小声で「ね、わかった?」と聞いてくる。

 正直言って、クロエはウィリアムがこれだけ冷静に物事を考えるとは思いもしなかった。――お母さんに似ちゃってごめんねなんて思ったけど、しっかりイーサンに似てるじゃないの。

「安心した?」

「うん、そうね。私が思うより、ずっとしっかりしてたわ。いつまでも子供じゃないのね」

「そうよ、あっという間に大きくなっちゃうんだから。さ、安心したら私たちはティータイム! 今日のは凄くおいしくできたのよね。明日までとっておいたらカビが生えちゃう」

 クロエはギョッとして、子供たちに移した視線をアメリアに戻した。

 今、なんと言ったか。明日までとっておいたらカビが生えると言っただろうか。

 クロエの家でも、実際に明日までとっておいたら確実にカビが生えていただろう。だが、それは彼女の家だけのことだと思っていたのだ。こんなにカビが話題になっている時に自分の家でもカビがすぐに生えるなどと言ったら、どれだけ汚くしているのかと思われてしまいそうで、言うのが躊躇われていた。

 だが、そんな彼女の心配をよそに、アメリアがサラリと核心に触れて来たのだ。

「ねえ、クロエのところもカビ生えてる? 最近うち多いのよ。もちろんアイスランドほどじゃないけど。しかも黒カビじゃなくて青カビなのよね。まさか同じのじゃないわよねぇ?」

 クロエは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

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