第15話 再会×二人目のお姉ちゃん

「じゃじゃじゃーん!海といえばかき氷〜!」


海での泳ぎを満喫した後、僕達は海の家に足を運んでいた。

夏の日差しがギラりと照りつけ、一日の内最も暑くなる時間帯。

木材で建設された海の家は沢山の客で賑わっていた。

建物の外にあるパラソルの下。大きな傘が広がっているテーブルに腰を下ろすと、お姉ちゃんは僕に苺味のかき氷を渡す。

「ありがとう。」

手のひらから感じるのは、ひんやりと気持ちのいい冷たさ。

僕の大好きな苺味のかき氷を、早速口に運ぶ。

ふんわりと、口の中ですぐに溶け出すかき氷からは甘い苺の味が広がった。

午前中、沢山遊んだ事もあってか冷たい食べ物は身体に染み渡る。

ジャリジャリという氷の舌触りが心地よくて、食べる手が止まらない。

「優くん。優くん。」

「何、どうしたの?」

「見て見て、ほら!」

僕の名前を呼んだお姉ちゃんは、べーっとおもむろに舌を見せる。

「ほりゃ。まっさお!」

舌を出しながら話すから、何を言ってるのかあまり聞き取れない。

ただ、青色に染まった舌を見せたいのだろうと悟った僕は「はいはい」と、軽くあしらった。

「優くんは苺だから、あんまり舌の色変わらないよねー」

少し残念そうに、お姉ちゃんはかき氷をザクザクと、潰す。

確かに、せっかくなら違う味を頼めば良かったかもしれない。

はむっと、かき氷を口に運んでは、美味しそうにほころぶお姉ちゃん。

「んー、ブルーハワイ最高!あ、そういえば——」

「食べさせ合いっこはしないからね。」

こんな時、お姉ちゃんが何を考えているかなんてすぐに分かる。

先手必勝。お姉ちゃんの提案を即跳ね除けた。

そしてどうやら、僕の考えは命中していたらしく目の前のお姉ちゃんは口を尖らせていた。

「えー、海の醍醐味なのに……。」

「んなわけないでしょ。聞いた事ないよ、そんな事。」

パクパクとかき氷を食べ進めながら、僕はお姉ちゃんの姿をちらっと覗いた。

今日のお姉ちゃんは、髪を一つに束ねたポニーテール。

元の髪が肩につかない事もあって、ポニーテールと言うには少し不格好だけれど。その無造作な感じが、またいつもと違っていて、こう、なんだか……。

——って、何を考えてるんだ僕は!!!!

消え去れ、邪念!!と俺は気持ちを無にしてかき氷を口いっぱいに頬張る。

「そんなに沢山食べたらお腹壊しちゃうよ?」

「大丈夫!僕お腹強いから!!」

と、僕はかき氷に意識を集中させる事でどうにか自分の中にある邪な心を消し去る事に成功したのだった。


「——ご馳走様でしたー!」


ぱちん、と手を合わせてお姉ちゃんはご満悦そうに笑う。

あーだこうだと邪念が僕の中で悪さをしている内に、かき氷はすっかりお腹の中へと溶けていった。

空っぽになった二つの容器を手に持って、僕は腰を上げる。

「えっ、いいよ優くん。私が捨ててくるよ?」

お姉ちゃんはそう僕に言ってくれたけれど、その提案はすぐに却下した。

そもそも、自分の分は自分で払うと言ったのにお姉ちゃんは無理やり僕の分まで奢ってくれたのだ。

ならこれくらいは、僕がするべき事である。

「いいよこれくらい。捨ててくるから、待っててね。」

「ありがとう、優くん。」

海の家、その側面に設置されているゴミ箱の元まで歩き、きちんと分別をしながら捨てる。

ゴミ箱付近にはあちらこちらにベットボトルやら紙のゴミが散乱していて、なんだか海水浴の闇を垣間見た気分だった。

「こういう大人にだけはなりたくないな……。」

なんて思いつつ、くるりと身体を回す。

さっさとお姉ちゃんの元に帰ろうとしたその瞬間、僕の耳に飛び込んで来たのは男の声だった。


「——ねえ、いいじゃん。LINEでもいいからさぁ。教えてよー。」


ねちゃあと効果音が聞こえてきそうな喋り方。

胡散臭い男の弾む声。

その口ぶり。僕は知っているぞ。——世にいう所の、ナンパ!!

人生初のナンパに遭遇した僕は少しだけ緊張する。

どうやら海の家の裏から聞こえてくるらしい。

この辺に、僕以外の人は見当たらない。で、でも。僕はまだ小学生だし。助けられるわけ……。


「——やめてください。」


聞こえてきたのは、女の人の声。多分、ナンパされている人だ。

しかも聞いている限り、一人みたいだ。

僕が今行った所で、ガキ扱いされてきっとおしまいだ。

余計な事に首を突っ込んで、良い記憶なんてありはしない。だからここで僕はお姉ちゃんの元に戻るのが一番いい選択だ。そう。きっとそうなんだ。

足は、戻れと言っている。……けれど、此処で助けないのは男じゃない!

なんて、どこかの少年漫画でありそうな決意を胸に、僕は歩き出した。

目指したのは、お姉ちゃんのいる方向とは真逆。

つまり、海の家の裏側。


「……あ、あの!」


僕が飛び出した先にいたのは、小麦色に焼けた肌をした大きな男二人組。

そしてその男に手首を掴まれている女の人。その人がお姉ちゃんと同じようにビキニだったのは、この際置いておこう。

「ああ、なんだこのガキ。」

男の一人が、僕をギロリと睨む。それだけで体がすくんで心臓が高なった。

負けるな。男を見せろ。笹月優太!

そう自分に言い聞かせ、一歩を踏み出す。

えっと、漫画とかなら「俺の彼女になんか用?」とか、「俺の妹なんだけど」とか、そんな感じの事を言ってた……気がする。

って言っても、僕小学生だし。流石に信じて貰えないよ……!

わたわたと、理由を考えていたその時だった。


「——その子は私の弟。名前はジョンソンです。」


それを言い放ったのは、僕でもナンパの男達でも無く。

その後ろにいた女の人だった。

男達は一斉に振り返り、今度は女の人を睨みつける。

「弟お?」

「はい。ジョンソンは、去年のカバディアジア競技大会に置いて、優勝した有名選手です。ジョンソンにかかれば、貴方達なんて、一瞬でゾウリムシです。」

「それを言うなら微塵子でしょ!?っていうか誰だよジョンソン!カバディで人を倒せる訳ないでしょ!そもそもなんでカバディ!?もう少しましな競技あったでしょ!」

——はっ。しまった思わず突っ込んでしまった!

だってこの人がペラペラと分かりやすい嘘をつくから……。

って、あれ?この感じ、何処かで……。

「はて。カバディを甘く見たらいけないよ?」

「……どんだけ信頼してるんだよカバディ。」

僕の頭が勝手に彼女に突っ込みを入れてる。

「なんだよ、お前ら……。」

ナンパをしていたはずの男達が、何故だか除け者にされている。


「——優くーん?大きな声が聞こえたけどどうしたのー?」


遠くの方から聞こえてきたのは、お姉ちゃんの声だった。

「やべっ!誰かにバレる前に行こうぜ」

「お、おう!」

お姉ちゃんの声を聞くや否や、男達はそそくさと足早に逃げていった。

「……ふう。」

何とか男達から免れたと、肩を撫で下ろす。

な、殴られたりするのかなとか思ったけど、とりあえず穏便に済んで良かった……。

まあ確かに声だけでも、愛らしさが伝わってくる。正直、男の人が怖くてまともにめ線をあげられなかったけれど、助けられたのなら良かった。

「それじゃ、僕はこれで……」

もしこんな場面をお姉ちゃんに見られたら大変だ。

きっと「優くんがナンパされてる!?」とか変な誤解をしそうだし。

これ以上ややこしくなるのはごめん蒙りたい所だ。

お姉ちゃんがこっちに来る前に、早くこの場が退散しようと足を踏み出したその時だった。


「優……太?」


それは、明らかに僕の名前。けれどそれを口にしたのはお姉ちゃんでは無く、先程ナンパ男達に捕まっていた女の人のものだった。

どうして、僕の名前を知っているのかと、顔を上げる。

そこにいたのは、太陽に透かされ白く輝くシルクの髪に、すらっと長い手足の少女。

長くふわふわした髪が、海風にそよいで僕の視界を掻き乱す。とたん。

「——!?」

目の前が急に肌色一色。何が起きたのかと困惑していると、腕から伝わってくる温もりに僕は全てを悟った。


僕、さっきの女の人に抱き締められてる……!?


って、あれ?この展開前にもあった様な……。

なんて、過去の記憶を巡らせるよりも前に息が出来ないこの状況を何とかしなくちゃ。

このままだと窒息死する……!

「ん〜、んん〜!」

「……あ、ごめん。つい……。でもこんな所で会うなんて奇遇。むしろ運命?」

パッと、僕から手を離した女の人は訳の分からない事を口走る。

色々と状況が読み込めない僕は、首を傾げながら問いかけた。

「あの……貴方は一体……。」

「あれ、優太忘れたの? ほらほら。一年くらい前まで一緒に遊んだじゃない。——眼縁町まなぶちおただよ。」

その名前は心当たりがある。

お母さんが亡くなって、絶望の底にいた僕をすくい上げてくれた大切な人の名前。

いつも一緒にいてくれて、励ましてくれて。

けれど、急に会えなくなった……。


「——まなねぇ!?」


「うん。久しぶり、優太。」


まさかこんな場所で、まなねぇと再開するなんて!?

いつの間にか大人びていた昔の顔なじみは、にこりと僕に微笑む。

美しく、整った顔立ち。まなねぇのふわふわした髪が海風と一緒に凪いだ。

この夏はなんだか……波乱の予感。

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