SF・カエルの研究
わたなべひさし
古井戸の中から
小さな虫達が、夜空を飛びかうようになりますと、遠くの水田からカエルの鳴き声が、ロンロンロンと雄大な合唱になって聞こえて来ます。
耳を澄ませると、水田とは違う方角からもカエルの声がしています。よく聞いてごらんなさい。それは、古井戸の中からです。
「いよいよ、明日、私の研究成果を発表できるんだ」。クェロ博士は、とてもうれしそうに言いました。
「でも、先生の研究は、ますます謎を生んでいくように思われて仕方ありません」。今年、助手になったばかりのクウが言いました。
「今度の研究も、まだ原因の究明には、ほど遠いんですからね」。
「はっきりしていることは、世界はあまり良くない方向に向かっているということだ。この宇宙は、一年に少なくとも五、六回は大きく振動していた。ところが、最近はその回数が急に増えて、ほとんど五分おきぐらいに起こっている。国民の不安は、日増しに大きくなっているんだ」。そう言って、クェロ博士は額にしわを寄せました。
空に明るい青空が丸く見えるころ、いよいよ国際宇宙物理学会が開かれます。
まず、ケロン博士の「宇宙ほなぜ筒状になっているか」という特別講演があり、次にクェロ縛士の「最近の宇宙振動に関する研究」の番になりました。
クェロ博士は講壇に立つと、一つ咳払いをクェロッとしました。聴衆は期待と不安の中で静かにしています。
「みなさん、ご承知の様に、十五年前より宇宙振動が多発しております。その原因を究明するには、何よりもその振勒の観測が重要であります。そこで、我々は、詳細に振動の記録をとりました。その結果、この振動の発生回数は、一日の周期で、ある分布をLでいることがわかりまLた。しかし、ここで我々を困惑させておりますことは、一日中振動のない日が、ごくまれではありますが有ったということです。また、非常に不規朋な振動発生の日もありました。 さて、この宇宙は、円筒の壁と丸い天空によってできております。
私は、小さい頃、まだ尾が付いていた頃ですが、こんな質問をして父を困らせました。円筒の壁の向こうはどうなっているかと聞いたのです。父は、「壁の向こうも土さ」と言ったので、「その土の向こうには何があるか」と聞きました。そしたら、父ほ、「土の向こうも、また土だ」と答えたので、私は負けずに、「その土の向こうは何か」と尋ねました。 この問答はえんえんと続いたので、父は遂に、「しっぽがなくなるくらいにおまえが大きくなったら教えてやる」と言いました。もちろん、私は未だにその答を聞いていませんが……」 場内はクワッ、クワッと爆笑が起きました。
「私は、先に述べまLたような観測結果に基づき、この問に対Lて次のような仮説を提案いたします」。場内は再び静まりかえりました。
「我々の宇宙と同じようを宇宙が、壁の向こうにも存在するという仮説です。そLて、宇宙振動は、そこで生じた蛙為的な振動であると考えるのです」。
場内は、ケロッ、クワッ、ゲッと騒然となりました。「これは、あくまでも大胆な仮説であります。もちろん、それを今、証明することはできません」。
学会の帰り道、クウはクェロ博士に尋ねました。「私ほ宇宙振動がとても不安なんですけど、振動のために宇宙が、例えば、例えばの話しなんですが、つぶれてしまうというような事はないんでしょうね」。
「君は、『質量不滅の法則』を知らんのかね。もし、そんな事になったら、つぶされた分の宇宙の大気は一体、どこへ消えでしまうのかね。確かにこの世の中は悪くなっている。しかし、世界がなくなってしまうなんて、たちの悪いデマだよ」。
「はあ、もっともです」。その時、また激しい振動が起きました。
古井戸の外では、二人の男がちょうど話しをしているところでした。
「新幹線か。ここも風景が変わったもんだ」。赤銅色の膚をした男が言った。
「こんな田んぼのまん中に商店街が出来るなんて、十年前にゃ全く思いもよらなかったよなあ」。
「この井戸を埋めるにはトラック一杯の土で十分だ」。
「さて、仕事にかかるか」。男達は古井戸の近くまで伸びている赤土の帯を見ながら言った。
やがて、ここに道路ができるのです。
(完)
SF・カエルの研究 わたなべひさし @noborusu_kaku
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