第624話 徹夜テンション
「おや、ハル殿」
「おはよう、早いね。メイがこんな早起きなのも珍しいな」
珍しく俺が朝早くに目を覚ましたところ、
コーヒー党の彼女は、朝一のホットコーヒーを嗜みつつ何やら手元に置かれた資料と睨めっこである。
「どうしたの? それ」
「軍務省の競争入札に向けて新しく開発している新装備の設計案なんですが、楽しくてつい夢中になっていたら、気づけばこんな時間に」
「あらら」
どうやらメイは徹夜のようだった。身体に悪いし、成長にも悪いと思うのだが、彼女の場合は種族柄これ以上身長も伸びそうにはないし、何よりこれ以上胸がデカくなっても支えきれなくなるだろうから心配は無用なのかもしれなかった。
「ときにハル殿。昨晩はとてもお盛んだったようで」
「聞こえてたかー」
「まあ隣の部屋ですからねぇ」
普段の住居は皇都なので、流石に実家であるファーレンハイト本邸にまでメイの部屋は用意されていない。そのため俺の私室の隣にある客間で彼女は寝泊まりしているのだが、流石に壁一枚隔てた程度ではマリーさんの嬌声は遮断しきれなかったようだ。
「途中から防音魔法が途切れちゃったみたいだな」
「まあ、ハル殿相手なら誰だってそうなると思うであります」
あの稀代の大魔導師マリー・ヤンソンであってすらそうなのだ。いわんや、その他人類をや、である。
「で、徹夜で仕上げた新装備とはいかなるものなんだい?」
「見てください」
機密中の機密資料を惜しげもなく見せてくれるアーレンダール重工業の主任技師・メイ。だがその見せる相手は当の依頼先である軍の上層部中の上層部である特戦群群長の少将閣下なのだ。
それに、そもそもが開発担当者である「ノーム・ジェネラル」の片割れでもある。今さら機密も何もあるまい。
「…………これは、シャベル?」
「厳密にはシャベル状の自動演算魔杖であります。あらかじめ登録しておいた数種類の魔法を発動するのに特化した、土木工事用の魔道具ですね」
現状、遠征や野営で陣地を構築する時に使う専用の魔道具は存在しない。現代日本であればショベルカーやブルドーザーなどの重機が使えたが、この世界にはまだそんな便利なアイテムは存在しない。
ではどうしているのかというと、基本的には人海戦術と、土木系の土属性魔法を覚えた工兵らによる魔法工法が中心だ。特に土木魔法があるだけでも随分と違う。地面の掘削作業から排土、整地、基礎固め、それから意外と忘れてはならない除雪に至るまで、八面六臂の大活躍だ。
だが魔法を使えない大多数の兵士は、頑張ってシャベル片手に己の体力と筋力に物を言わせて塹壕をただひたすら掘り進めるだけである。これでもシャベルが一人一つ行き届いている分、他国よりはマシな状態であるそうだ。
なんだか聞いていて悲しくなってくるような惨状である。
で、東方情勢が思わしくない中、そんな現場の状況を憂慮した参謀本部が提案したのが、土木系に特化した魔道具の開発と採用なのだった。発注は複数の工房や会社が争う競争入札形式となったらしい。
特戦群に来る前にメッサーシュミット中佐が勤めていた皇軍第一技術工廠や、言わずと知れた大企業のアーレンダール重工業、それから西方の商都ハーフェンに拠点を置く大規模鍛冶ギルドなど、複数企業が入札に参加するそうだ。
メイはそれに向け、主任技師として全力を尽くし開発に邁進しているようだった。
「現場を知る将校としての意見をくれると嬉しいであります」
「そうだね……。まずはこの長さに関してだけど、色んな人種のいる皇国軍兵士の体格に合わせた程よいサイズ感なのはとても好感が持てるかな。それから使用に際して魔力を常時供給しなくてもいい蓄魔方式ってところが一番の評価ポイントだね。使う人を選ばないこの方式なら魔法に適性のない兵士でも使えるし、魔法士であっても魔力の消耗を気にしなくて済む。これは常に敵に備えてなければならない前線での運用においてとても有利だ」
魔力の補充は、非番の魔法士や後方で待機している補給部隊がすればそれで済むし、極論、魔力タンクを使えば前線でも補充が可能だ。
あと何気に強味なのが、シャベル状であるという点である。これなら万が一魔力が尽きても普通のシャベルとして使えるからだ。つまりは「百利あって一害なし」の最強装備というわけである。
「そこまで褒めてもらえるとは、思ってもみなかったであります」
「やっぱり流石はメイだね。この方式にするにあたって、事前に現場のリサーチもしっかりしてたんだろ?」
「そりゃまあ、多少は」
「立派だよ」
もし仮にこれが入札に敗れたとしても、俺の権限で特戦群にだけでも配備したいくらいだ。これは身内の贔屓感情を抜きにした客観的な感想である。
「これなら絶対、受注できるさ」
「うふふ。楽しみであります!」
薄っすらと隈の浮いた目でにっこり笑うメイ。可愛いんだが、そろそろ休んだほうがいいと思う。
「ところでハル殿」
「なんだい?」
メイが顔を赤らめて、やや血走った目を向けながらモジモジ言う。
「徹夜明けで色々昂ってまして。……ストレス発散にお付き合いしてもらえますか?」
「当たり前じゃないか」
俺はメイを抱っこすると、そのまま彼女にあてがわれた客間へと直行する。部屋に入って鍵を掛けるやいなや、メイは着ていた作業着を勢いよく脱ぎ放った。
たゆんっ、という擬音とともに彼女の豊満なお胸様が眼前に晒される。俺だけが見ることの許される、世界一の絶景だ。
「好きでしょう? これ」
「大好きだ!」
まったく、自分の武器を自覚している奴はたちが悪い。メイのせいで俺は性癖がものの見事にトランジスタグラマー好きに染められてしまったのだ。
今世において、原初の性の目覚めは間違いなくこいつだった。気がつけば、いつも隣にいたこの愛しい幼馴染のことを意識しないではいられなくなっていたのだ。
メイが俺に深く依存して育ったように、俺もまたいつの間にか彼女に深く溺れてしまっていたのである。健全な共依存、とでも言えばいいだろうか。
「実は私、他の嫁仲間には言えない密かな自慢があるんであります」
「他には言えない自慢?」
「ええ」
下を脱ぎ、俺のズボンにも手を掛けながら、普段はあどけない無邪気な顔でいることの多い彼女にしては珍しく妖艶な表情を浮かべて、メイは言う。
「ハル殿を愛する女の中で、一番数多く寵愛をいただいているのが、実は私なんであります」
「数えてたのか」
「ま、ほとんど誤差ではあるんですけどね」
そう言ってメイがキスしてきた。甘いチョコレートのような香りが鼻腔に入り込んできて、俺の脳髄を激しく興奮させる。
これだ。これだよ。やっぱり俺はメイが本当に大好きだ。心の底から熱く燃え上がる、激しい興奮が俺の全身を駆け巡る。
「め、めちゃくちゃにしてください……ハル殿♡」
徹夜明けで少しテンションのおかしいメイが、歌劇のヒロインみたいに耳元で囁いた。普段は絶対に言わないセリフだ。多分きっと何かの本で読んだんだろうが、そのセリフを聞いたが最後、俺の理性は完全に蒸発して無くなったのだった。
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