五話 砕け散る槍
二人の会話に、息を飲む。彼らが言うように、この場所に罠が仕掛けられているとすれば、間違いなく一網打尽にされてしまう。
でも、神父さまが苦笑しながら首を横に振る。
「ああ、大丈夫。この場所には何もないよ。でも、吸血鬼か……嫌な予感しかしないな」
「先生、じゃないですよね絶対に」
「そうだね。私が一掃してくるから、二人はしばらくここに居て」
「しばらくって、神父様?」
そう言って、神父さまが槍を手に外へと出た。しばらく、というのはどういう意味なのか。俺とシスも顔を見合わせ、順番に階段を上る。
でも、地上へ出ることは叶わなかった。
凄まじい破裂音と共に、キラキラとした紅い欠片が降り注いで来たからだ。
「シス、下がれ!」
「レクスさん、大丈夫ですか!?」
俺たちは同時に異常を察して、身を屈めた。土や瓦礫と共に、パラパラと落ちてくる紅い欠片。
禍々しく、それでいて透き通るようなそれは、俺が摘み上げるよりも先に蒸発するように消えて無くなった。
「これは、まさか……神父様の槍?」
「レクスさん、見て」
声をひそめるシスに促され、俺は瓦礫から慎重に顔を出す。
砂埃が舞い上がる中でも色鮮やかな金髪に、全身の血が沸騰するような怒りが噴き出してくる。
「ククッ、ククク……やっと、やっと見つけたぜ。クサレ神父がぁ」
「ヴィクトル……!」
「やれやれ、性懲りもなくまた来たのかい? せっかく見逃してあげたのに、自分からやって来るとはね。大丈夫かい、ずいぶん具合が悪そうに見えるけど」
茶化すように言うも、神父様の顔から余裕が消えている。先程手にしていた槍は無い。考えたくはないが、ヴィクトルの攻撃を受け止めた際に砕け散ったのだ。
信じられない思いで、改めてヴィクトルを見る。以前に会った時よりも圧倒的な実力を見せてきたにも関わらず、具合が悪そうという神父様の言い回しは的確だった。
「な、なんだあいつ……まるで別人、いや、人じゃないみたいだ」
血走った目に、額や頬に不自然に浮き上がった血管。服の上からでも、筋肉が異様な盛り上がり方をしているのがわかる。
嫌な臭いがする。苦く、ツンとするような薬品の臭い。
それから、腐りかけた血の臭い。なぜか、『楽園』の空気を思い出してしまう。
「それに、周りに居る人たち……全員、吸血鬼だ」
シスの言うとおりだ。一定の距離を保ったまま、十数人もの軍服姿の男たちがこちらを囲うように立っている。
「今日はライラちゃんが居ない代わりに、奇妙なお供がたくさん居るじゃないか。こんなに大勢の吸血鬼とお友達だなんて、いい趣味してるね」
「トモダチなんかじゃねぇ。コイツらはなぁ、勝手についてきただけだ……オレの邪魔なんかさせねぇよ」
ヴィクトルの言うとおり、軍服たちはこちらの様子を見張っているものの、自ら動く素振りはない。
それにしても、これだけの吸血鬼がどうしてここに……。静かに佇む姿は、まさに『兵隊』と呼ぶに相応しい。
「ライラちゃんはどうしたの? フラレたのかな」
「さあな。ついてきてはいたから、その辺ぶらついてるんだろ。どうでもいい、今回はアイツにも邪魔はさせねぇ。テメェはオレの獲物だからなあぁ!!」
獣のような怒号と共に、一瞬で距離を詰めるヴィクトル。振り抜かれる剣を、神父様が新しく構えた槍で受け流そうとする。
今度は槍が砕けることはなかった。代わりに、甘く芳しい飛沫が飛んだ。
「くっ!?」
「神父様!!」
神父様の腕から、鮮血が滴り落ちる。俺の目では追えない速さで、ヴィクトルの剣が神父様を襲ったのだ。
神父様は咄嗟に攻撃を避け距離を取ったが、完全には逃れられなかった。致命傷どころか、筋肉にも達していない程度の浅い傷だ。
それでも、神父様を困惑させるには十分だった。
「これは……この私が、どうして」
「は、ハハハハ!! これだ、これならテメェを殺せる! いいや、確実に殺してやる!」
壊れた楽器のように笑いながら、ヴィクトルがジャケットのポケットから取り出す。
そして小瓶の口を噛み砕き、中の液体を飲み干した。嫌な刺激臭が一層濃くなる。
「ブチ殺してやる、ブチ殺してやる……今日がテメェの命日だ! 狂信者ァ!!」
勢いづくヴィクトルが、再び斬りかかる。真祖の吸血鬼において、唯一の脅威とも言えるダンピールの刃。
それは確実に、神父様の血と命を削り取っていった――
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