四章

楽園という名の監獄

一話 復讐準備


「『楽園』には一ヶ月に一度、十人くらいの若い女性が入所しているようです。皆十代から二十代の若い人ばかりで、一度入所したら二度と出て来られない……なんて噂が耐えないんです。どうですレクスさん、きな臭いでしょう? 気に入って頂けました?」


 そう言って、自称敏腕新聞記者のハドリーさんがヤニ臭い息を吐きながら薄く笑う。枯れ木のように痩せた体躯と、ギラついた目が不気味である。

 薄汚れたコートに、穴の空いたズボン。どうやら相当お金に苦労しているらしい。目の前にお金を積めば積むほど色々と喋ってくれそうだ。


「楽園とは、どういう施設なんですか? 役所の方で聞いたら、女性専用の長期療養所だとか」


 俺はわざとらしく室内を見回してから、懐から一番価値の高い紙幣を一枚取ってちらつかせて見る。案の定、ハドリーさんの目の輝きが増した。

 表通りと比べて、質素で安っぽい新聞社。お金はいくらでも欲しいのだろう。喉を鳴らして、ハドリーさんが口を開いた。


「ええ、そうです。女性専用の病院です。しかし、それはあくまで表の顔。レクスさんは、ヒーロー・ヴィクトルをご存知で」

「……多少は。よくニュースで見ますからね」

「楽園は、ヴィクトルのようなダンピールを生産する為の研究所なんですよ」

「研究所、ですか」


 俺が紙幣を渡すと、ハドリーさんが受け取りさっさとコートのポケットにしまい込んだ。


「体外受精ってあるでしょ。あれをするんです。使うのは吸血鬼の『種』ですが。健康な女に吸血鬼の子を孕ませるんです。それで無事に生まれるダンピールは十年に一人、居るか居ないかです。大体は妊娠中に拒絶反応でショック死するか、ダンピールではなく吸血鬼を産み落とすか」

「産み落とされた吸血鬼はどうなるんですか?」

「殺処分ですよ、母親の前でね」


 吐き気を催す話に、俺は苦い唾を飲み込んだ。教会への信頼など既に地に落ちているが、こういう話を聞くと改めて嫌悪感で気が狂いそうになる。

 しかし予想外だったのが、俺達以外にも教会に反感を持っているものが多いということだ。


「新聞社、そして記者なんて今では教会の言いなりなんですよ。威光に少しでも傷をつけるような記事を書けば、命はない」

「その割には、かなり危険な橋を渡っているように見えますが」

「上に立って贅沢を極める強者の秘密を暴き、引き摺り落として踏みにじりたい。人って、そういう生き物でしょう? あとは証拠さえあれば、死んだ女達の無念を多少は晴らすことが出来るのですが」


 ニンマリと笑いながら、ハドリーさんが煙草を一本咥えて火を付けた。紫煙の苦さに、いよいよ気分がわるくなりそうだ。


「楽園はね、常に大勢の軍人さんが見張ってるんですよ。だから、おれ達みたいな弱者に忍び込むことはまず不可能。小綺麗な正義感を盾に突っ込んで、帰って来なかった後輩が何人いることか」

「その口ぶりだと、証拠さえあれば記事に出来ると? 失礼ですが、この新聞社が起こすボヤ程度の記事なんて、教会ならば容易くもみ消せそうですが」

「このメルクーリオという国はね、ずっと教会に搾取され続けている可愛そうな国なんですよ。だから、教会への不信感はどこよりも強い。ボヤはボヤでも、国一つ分のボヤを揉み消すのは、流石の教会でも難しいと思いません?」

「なるほど……楽しい話をありがとうございました」


 俺はワークキャップを目深に被り直して、足早に外へと出た。慣れない灰色の街を歩きながら、考えを整理する。

 ジェズアルドが言っていた話は正しかった。楽園という名の、ダンピールを量産するための研究所。教会が抱える闇の一つ。

 まずはそこを暴き、世間に知らしめる。

 そのために神父様、そして新たな協力者達に話をしたいのだが。


「ふざけんなよ、この小娘が!!」

「ッ!?」


 先程の新聞社と同じくらいに古い雑居ビルから、聞こえてくる怒号。小娘、という単語が不穏で、気がついたら俺は走り出して階段を駆け上がっていた。

 そこはいわゆる賭博場であり、まだ昼間だというのに酒臭い空気が充満している。


「おかしいだろ! もう十ゲーム以上やってるのに、ずっと勝ち続けるなんて! イカサマだ!! このガキ、イカサマ使ってやがるぞ!」

「ひどい! 濡れ衣だわ!」


 嗄れた怒号に次いで、全く場に馴染んでいない少女の声。

 予感的中。俺は騒然とする人混みを掻き分け、なんとか現場へと駆け付ける。


「おじさんが弱すぎるだけじゃない! そこまで言うなら、わたしがイカサマをしたってう証拠を出してくださいよ」

「な、なんだと」

「わたしが小娘だから? 大声を出して脅せば、泣いて謝ってチップを全部渡すとでも思いました? お生憎さま、これでも命をかけた修羅場はいくつも通ってますので。おじさんみたいな口だけの大人、怖くもなんともないわ」

「ちょ、落ち着け。シス!」


 騒ぎの中心人物である彼女を呼ぶ。だが、相当頭にきているのか、気づいてはいるようだが俺の方を見向きもしない。

 相手は彼女よりも巨体。それなのに、頭一つ分以上高い位置にある顔を真っ直ぐ睨みつけている。

 その姿は普段とは別人のように凛としているが、男の怒りをさらに買ってしまう。


「こ、この……! いいだろう、そこまで言うなら証拠を見つけてやるよ。その服ひん剥いてな!! 今更泣いて謝っても遅――」

「はい、そこまで。女の子に手を上げるなんて、紳士のすることじゃないですよ?」


 振り上げられた拳が、シスに届く前にあっさり止められる。筋骨隆々の腕を、しなやかな指が止める様子に目の錯覚かと野次馬が自分の目を擦る。

 だが、俺は知っている。優雅だが、その指は男の太い腕を粉砕する力を持っていることを。


「な、なんだテメェ、邪魔すんな!!」

「それは出来ません。その子は私……いや、の連れなので。負けまくって腹が立つのはわかりますが、ここはどうか穏便に」


 わざわざ言い直し、空いている手でこれみよがしにグイグイと眼鏡をお仕上げて。さっきまで散々文句を言っていたくせに、三つ揃いのスーツを見事に着こなす黒髪の美男に、ご婦人方が頬を染めて溜め息を零した。

 それでいながら、男を見つめる彼の目は全く笑っていないのだから恐ろしい。彼の真意に気づいたのだろう。


「く、くそ……覚えてやがれー!」


 と、三流悪役丸出しの捨て台詞を残して、男は逃げて行った。こういう騒ぎは日常茶飯事なのだろう、野次馬も興味を無くしたかのようにそれぞれのゲームへと戻って行った。

 そのタイミングを見計らって、俺は二人の元に駆け寄る。


「シス、あんまり目立つことはするなって言ったじゃないか」

「ふーんだ! わたしは何も悪くないわ。ディーラーに言われた通り、勝負しただけだもの」


 先程までの威勢はどこへやら、頬を膨らませて拗ねる姿は子供だ。まあ確かに、彼女の透視能力さえあれば、ややこしいイカサマなんて必要ないけれども。

 なんとも言えない疲労感に、俺は神父様に目を向ける。流石に賭博場でいつものカソックは目立つので、着替えてもらったまではよかったのだが。


「神父様……それは、一体誰の真似ですか?」

「ジェズアルドに決まってるじゃん。この服は彼のものなんだから、なりきらないとね。千年前の彼はこんな感じだったんだよ」

「そうなんですか? あの先生が……へえ」

「そのためだけに眼鏡買ったんですか?」

「だって、眼鏡だけは頑なに貸してくれなかったんだもの」


 感心するシスに、なぜか得意げな神父様。別にジェズアルドの真似まではする必要はなかったのだが、と言っても無駄だろう。

 とにかく、目的は果たした。情報と資金。これから行動するにあたって必要なものが調達出来た以上、長居は無用だ。


「シス、神父様。チップを換金して戻りましょう」

「え、もう? まだ私一回も勝ててないのにっ」

「すみません、リベンジは今度にしてください」

「神父様……全部顔に出ちゃってるから、ギャンブル向いてないかも……」


 ごねる神父様を引っ張り、獲得した大金を担いで、俺達は拠点である山の屋敷へと帰還した。

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