三話 鍵のかかった部屋

「わたしは昔、吸血鬼に襲われたの。小さい頃だったから、あんまりよく覚えてないんだけど……三日月の夜だった。わたしね、吸血鬼を誘い出す為の囮にされたの」

「なっ!?」

「当時は串刺し公の支配下で、ダンピールは見つけ次第殺すようにって軍団の吸血鬼達には命令されてたみたい。そして、戦線が教会の重要施設に近づいてきたのがわかった時に、教会から大規模な吸血鬼殲滅作戦が発令されて……」


 シスが言葉を詰まらせながら話を続ける。彼女が言うには、教会は幼い彼女を餌に吸血鬼達をおびき出して、強力な銃火器で一層しようとしたのだそう。

 だが、作戦は失敗した。いや、失敗というよりは意外な展開が待っていた。


「作戦実行直前だった。覚えているのは、数えきれない程の屍だった。そして、そこに居たのは、血色の大鎌を携えた吸血鬼」

「血色の武器……まさか、それって」

「そう。あれは真祖……『弟殺し』だった」


 シスが胸元を押さえながら、声を絞り出す。それは驚愕の真実ではないだろうか。

 弟殺し。数百年単位で目立った活動がなく、生死すら判断出来ない真祖の一人。資料などほとんど残っておらず、血色の大鎌を携えているという特徴くらいしか明らかではない。

 だが、その情報の少なさから他の真祖さえ凌ぐ最強の吸血鬼だとも言われているが。真実は定かではない。


「周りに居た大人達は皆殺されたか、逃げ出した。わたしは一人で置いて行かれて、どうすることも出来なくて……殺されそうになったその時、たまたま通り掛かった先生が助けてくれたの! ね、先生、覚えてますよね?」


 今までの悲痛な表情から一変、ぱあっと満開の花のように笑うシスがジェズアルドを見た。

 対して、ジェズアルドは変わらず無表情……のように見えて、明らかに視線が泳いでいる。


「……忘れました」

「あ、ウソはダメですよ先生! 私はちゃんと覚えてますからねっ。殺されそうになった私の前に颯爽と立って、振り上げられた大鎌を見て弟殺しに『命令』して止めてくれたじゃないですか!」

「命令?」

「うん、先生は神父様や弟殺しとは違って、魔法で相手に命令することが出来るの。命令は絶対なんだよ」


 そういえば、受験勉強の時に使っていた教科書に書いてあったな。吸血鬼は強力な力で人間をねじ伏せるだけではなく、美しい見た目や声に魔力を含ませ、人間を魅了する生き物だ。

 神父様も優れた見た目をしているが、どちらかといえば戦闘能力の方が高い。対してジェズアルドは、魅了能力の方が高いのだろう。


「……あれ? それならどうしてさっき、神父様を止めなかったんですか?」


 神父様は本気ではなかったとはいえ、真祖の吸血鬼。シスを護るなら、さっさと先手を打って神父様を無力化するべきだった。それなのに、彼はそうしなかった。

 違和感はまだある。俺が見た、窓の開いていた部屋。


 あの部屋に居た人物は、一体――


「……シスさん。あなたは本当に僕のお説教が好きですね」

「ええ!? 何でですか! 何でお説教なんですか!」

「敵ではないとはいえ、他人にベラベラと僕の能力のことを話さないでください。僕は喉を潰されたら無力なんです、それくらい予想出来ませんか?」


 そもそも、とジェズアルドの説教は続く。不審な相手だからとはいえナイフを持ち出し、それを不用心にも神父様に向けたこと。

 さらに昨夜夜更かしをしたこととか、今朝寝坊したことなどなど。……だんだん今までの話に関係なくなってきたな。


「あ、レクスくんはもういいです。用事は済みましたので、神父が戻ってくるまで自由にしていてください。でも、鍵がかかった部屋には絶対に入らないように」

「あ、はい。そうします、それじゃあ」

「えー! そんなぁ、レクスさーん!」


 置いていかないでー! 彼女の過去を知った後では胸が痛む叫び声だが、自業自得のようなので置いていくことにした。


「さて、自由にしていいって言われてもな……」


 神父様が戻ってくるには、まだしばらく時間がかかるだろう。リビングを出て、とりあえず屋敷の中を見て回ることにした。

 キッチンにバスルーム。書斎や衣装部屋などの間取りを把握する。書斎には気になる本がありそうだが、流石に中へ入るのはジェズアルドの許可をとってからの方が良さそうだ。


「それにしても、さっき会ったばかりの人間……じゃなくて吸血鬼に家の中で好き勝手させるなんて、やっぱり人間とは価値観が違うのかな」


 見る限り、そこまで高価な貴金属や宝石の類はないが。価値観の違いに目眩がしそうだと思いながら、無意識に近くにあったドアノブを掴む。

 だが、そのドアノブは動かなかった。


「ん……?」


 開かない。どうやら鍵がかかっているようだ。ということは、ここがジェズアルドが言っていた部屋で間違いない。


「……この部屋って」


 もしかして。俺は一旦玄関から屋敷の外に出ると、シスに声をかけられた場所まで向かった。先程よりも風が強くなってきたのか、ばさばさと煽られる髪を押さえながら探す。

 カーテンが揺れていた、あの窓を。すぐに見つかった。


「やっぱり、ここだ。ジェズアルドさんが言っていたのは、この部屋だったのか」


 鍵がかかっている部屋は、カーテンが揺れていた窓の部屋だった。今は窓も鍵がかかっており、カーテンの向こうを見ることは出来ない。足元に目を向けると、地面にどす黒いシミがある。乾いているが、ジェズアルドの血だろう。

 頑なに入室を禁じられた部屋……無難に考えるなら、ジェズアルドの私室なのだろう。現に、彼はこの窓からシスと俺の声を聞いて駆け付けたのだから。


「……でも」


 俺が見た、あの手。死体のような、真っ白な手。寝ていたジェズアルドが窓の外の騒ぎに目を覚まし、そのまま窓から飛び降りた。そう考えれば、何もおかしい点はない。

 ただ、気になってしまう。そんな状況の中で、


「もしかして……いや、まさかな」


 気にはなるが、考えてもどうしようもない。この部屋の秘密さえ暴かなければ、ジェズアルドが敵に回ることはないだろうし。

 俺は考えを纏めると、神父様が戻ってくるまであてがわれた部屋で休むことにした。


  

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