第13話水純と練習

 翌朝。

私は早起きして、しっかりお弁当を受け取る。

鞄にお弁当、ハンカチ、教科書、筆記用具・・・

「よし!忘れ物はないわね。いってきまーす!」

学園に登校すると、校門で麗子さんに会った。

「あら、ごきげんよう雅子さん。最近よく朝にお会いしますね」

「ええ、ごきげんよう。ちょっと嬉しい偶然ですね」

麗子さんと合流した私は、他愛のない世間話をしながら教室へ向かった。

今日の出だしは好調。清々しい一日が過ごせそうだ。

そう思った矢先に、今度はあまりお会いしたくない方の姿を見かけ、私は少し憂鬱な気分になる。

「あら、雅子さん・・・」

美味しそうなロールケーキを頭髪から二本もぶら下げた、ザ・お嬢様。やっぱり天音さんだったか。

向こうも嫌そうな顔をしているけど、気まずいのはこっちも一緒だ。

この前は変な別れ方したし、出来ればお会いしたくない人物、トップ3に入るのに・・・

私達はなるべく目を合わせないようにしながら、教室へ向かう。

だけど、同じ学年で教室も近いせいか行き先が被ってしまい、さらに気まずい空気になる。

「な、なんでついてきますの!わたくしにつきまとわないでもらえます?昨日のことならもういいじゃないですか」

「べ、別につきまとってませんよ。天音さんは何でも気にしすぎです」

「わたくしが自意識過剰だとでも!?二股女の分際で、よくそんな生意気言えますわね!」

「ふ、二股ですって!?」

生徒会と園芸部の間で、私がどれだけ悩んでると!

「なになに?また雅子さん?」

「今度は天音さんと対決ですって、ほんと凄いですね」

あ・・・まずい。つい熱くなって大声出しちゃった。

こんなところで喧嘩したら、また麗華さまに怒られちゃう。ここはすぐに切り上げなきゃ。

「行こう麗子さん」

「え?あ、はい」

私は麗子さんと教室へ入ることにした。

「あらあら、麗華さまやみかさんに飽き足らず、今度は麗子さんと火遊びですの?朝からお盛んですことで・・・」

「・・・っ!」

わ、私のことを言うならともかく、麗子さんまでっ!

すると、先に麗子さんが口を開いた。

「天音さん!今の発言は失礼です。雅子さんは私を弄んだりしてません。もちろん麗華さまやみかさんもです。発言を訂正してください!」

「な、なんですって!?」

「麗子さん!」

私は初めて真剣に怒っている麗子さんの姿を見て、感動で胸がいっぱいになった。

麗子さん・・・いつもふわふわしてて、何を考えてるか分からない人だったけど、やっぱり友達のピンチには怒ってくれるのね!

「雅子さんは誠実で優しくて・・・およそ他人を弄ぶような人ではありません!訂正してください。雅子さんは私やみかさん、それに麗華さまも、みんな平等に愛してくれていると!」

「え・・・・」

「へ・・・・」

私と天音さん、二人が固まる。

みんな・・・平等に、愛?

「きゃああああーっ!」

他の生徒達が叫んだ。

「ねえねえ聞きました!?平等に愛してますって、愛!」

「すごいですわ、噂どころじゃなく、愛の四角関係!麗子さんが参戦ですって」

「ああ、もうどうなるのかしら今年の桜花祭!楽しみで仕方ないわ!」

や、やっぱり・・・麗子さんは麗子さんだった。

愛なんて余計な一言つけるから、みんな勘違いして盛り上がってしまっている。

天音さんもあまりに予想外な発言に、怒りも忘れて唖然と動けなくなっていた。

「あら?みなさん何を騒いでいるのですか?天音さん、黙ってないで訂正をお願いします!」

「れ、麗子さん、もういいよ。これ以上ここにいたら先生や麗華さまに怒られるから、行きましょう」

「え、ですが・・・・」

私はぐずる麗子さんを強引に連れて廊下を去った。

ああ、これでまた変な噂が流れちゃうんだろうな・・・

麗子さん、擁護してくれるのは嬉しいけど、発言が微妙すぎてフォローになってないよ。

むしろ状況が悪化してる場合が多い気がする。

私は心の中で、どんなにピンチになっても麗子さんには助けてもらわないようにしようと、密かに誓ったのだった・・・


 午前の授業を終えて、お昼休み。

私は水純との約束を果たすため、すぐにお弁当を持って教室を出る準備をした。

何だか今日は忙しいな。

朝は天音さんの相手をして、お昼は水純とおしゃべりの練習、そして放課後は桜花祭のお手伝い・・・

「雅子、今日も水純ちゃんのところに行くんだ」

みかさんが話しかけてきた。

「ええ、約束したから」

「ふ〜ん・・・あの子のこと、ずいぶんと気にいってるのね。いやらしい」

「な、なんでそうなるんですか!もう」

そして私は中庭に向かった。

「ごめんなさい、少し遅くなっちゃったかな?」

「い、いえ、今日はよろしくお願いします」

中庭に着くと、すでに水純が待っていた。

ひとまずお弁当を広げ、さっそく会話の練習を始めることにした。

「とりあえず、もっとその場で思ったことをどんどん口に出してもいいんじゃないかな?」

「その場で思ったことを・・・ですか?」

「そう。例えば極端な話、今日は良い天気ですね、とか。お庭の薔薇は綺麗ですね、でもいいと思うの。もちろん単純すぎて話題が広がらないかもしれないけど、そのへんは慣れだから、とにかく練習あるのみだね!」

「は、はい」

「それじゃあえーと・・・水純、今思ったことを口にしてみて」

「えっ!?今ですか?」

「うん。照れたりしないで、私が会話を合わせるから言ってみて」

「わ、わかりました。では・・・ま、雅子さまは今日もお綺麗ですね」

「え?」

「綺麗で優しくて、暖かくて・・・わ、私、本当に憧れます」

「そ、そうかな?ありがとう」

「わ、私、そんな雅子さまが!そ、そのーー」

「わわっ、ま、待って!ごめんなさい、思ったことを口にしてとは言ったけど・・・これは何か違う気が!水純が一方的に喋ってるだけだし・・・」

「あっ。そ、そうですね。すみません」

「う、うううん。私も考えが甘かった。思ったことを口にするだけじゃ、会話が成立しない場合もあるよね。えーと・・・じゃあ今度は、好きなものの話題をするっていうのはどうかな?」

「好きなもののお話ですか?」

「ええ。自分が興味のある話題なら、自然と言葉も出てくるでしょう?水純は何が好きかな?」

「私の好きなものはお魚なんですけど、お魚の話はダメなんです。お父様に止められてて・・・」

「え、それってどういうこと?」

「実は私、昔からお魚のことを話し始めると、話を止められなくなる癖があるんです。この前もそれで親戚の叔父様に5時間もお話してしまって・・・叔父様、それが原因で腰を痛めてしまわれて・・・」

「ご、5時間も・・・」

そういえば雅子も花の話になると、私が止めるまで延々としゃべっちゃう癖があった。

残念だけどこの方法は却下か・・・

「うーん、じゃあ次はこういうのはどうかしら?」

私はまた別の案を出して、水純と会話の練習を続けてみた。

だけど、実感できるほどの効果は上げられず、お昼休みの終わりが近づいてきた。

「あ・・・もうこんな時間?ごめんなさい。偉そうにアドバイスしたくせに、あまり役に立てなくて・・・」

やっぱり慣れるしかないんだろうか?これは時間がかかりそうだ。

「そ、そんなことありません。私、雅子さまとここでお話してるだけでも、たくさんお勉強になってます。だから、明日もまた、い、色々教えていただけると嬉しいのですが・・・ダメ、でしょうか?」

「もちろんいいわよ。水純さえよければ、また明日も頑張りましょう」

「は、はい」

笑顔で返事する水純は、本当に可愛かった。

こんないい子なのにお友達ができないなんて、信じられない。

きっとクラスメイトは見る目がないんだろうな。私なら他の子をかき分けてでも水純と仲良くなるのに。

早く、水純にお友達ができるといいな・・・

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