もう誰も覚えていないイベント予約
なんだかんだハプニングがあったが、きょうも無事フロイラインの閉店時間を迎えた。
片付けも終わって一息ついた俺のもとへ、小百合がトテトテと近寄ってきて。
「お、お兄ちゃん、約束忘れてないですよね?」
俺の服のすそを引っ張りながら、そう訊いてくる。
……約束って、なんかあったっけ。だが小百合が言うんだ、なにか安請け合いしたのは俺だろう、たぶん。
うかつにも小百合との約束を忘れる、というふがいない自分を恥じつつ必死で思い出そうとしていたところに、突然フロイラインの扉が開いて、そちらに気を奪われた。
「すみませーん、もう閉店……って、なにしにきたしんぺー。おまえは出入り禁止だぞ」
そこには、息を切らして駆け込み乗車をするかのような形相の持地晋平がいた。
ホレステリンソーダを完飲できなかった時点で、おまえの居場所はここにはないというのに。
「い、石井さんに話が……」
「はぁ?」
「あ、あの……」
なんだこいつ、男のくせに太もも擦り合わせてもじもじしやがって気持ち悪い。
しかも微妙に顔が赤らんでいるぞ。
なんかヤな予感がする。
「……い、石井さん!! あしたは、おひまでしょーかっ!?」
「……へっ?」
「おひまなら、お……ぼ、ぼくと、いっしょに膜破離メッセで行われる、ゲームショウにいきませんかっっ!?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
おっと、超展開に思わずしんペー以外の全員が呆けてしまった。小百合を守る兄の立場として許されない、きちんと保護者の責務を全うしなければ。
「しんぺー、百年早い」
「ぼ、ぼくは真剣です!」
「真剣かどうかはどうでもいい。受け入れてもらえるかそうでないかとは全くの別問題だからな。いいかしんぺー、おまえはまず小百合に対して失った信頼を取り戻すところから地道に始めないとならないんだぞ」
「ぼ、ぼくなりにやってるつもりです!」
「ほう。ちなみにどういうことをやってるというんだ?」
「教科書を見せてもらった時、ありがとうってちゃんと伝えるとか」
「それは人として当たり前のことだ」
「落とした消しゴムを拾ってあげたりとか」
「その程度で恩に着せるなよ」
「修学旅行の班を決めるとき、一緒の班に誘ったりとか」
「それはお前の下心が透けて見える行動だなあ、俺は許さんぞ」
「給食の時、ちょっとだけ多めによそってあげるとか」
「それは許す」
というか、最後の件も小百合がビンボーだったころにやってほしかったわ。
しかし、ちょっとだけ気になることがある、兄として。これは小百合に直接質問しなければ。
「……なあ小百合。ひょっとして、しんぺーと隣の席なのか?」
「は、はい……転校生だから、なぜかそんな感じに……」
「……恵理さん。紅町中学校にちょっと抗議しに行きませんか」
「我が意を得たりよ、睦月くん。ついでにそんな座席の決め方をした担任教師の罷免も要求しましょう」
「わー!! あ、あの、わたしなら大丈夫ですからそこまでしてもらわなくていいです!!」
しんぺーと隣同士の席にするとはどういうことだ、と憤慨するも、なんだかんだで小百合がストップをかけてきてちょっとかなしい。兄の愛が空回り。
だが、しんぺーも心を入れ替えたというのは本当のようだ。昔みたいに、心の底から小百合がいやがってるそぶりもないし。
あれだけ俺にお灸をすえられたのに性懲りもなく小百合へのいじめを繰り返すのであれば、ただのバカであほでまぬけでおたんちんで成金なだけなのだが。愛ってもんは青少年を成長させるんだねえ、たとえ一方通行だとしても。
それでもしんぺーと小百合のデートなど、認められぬ!!
「あ、あの、それで石井さん、明日は……」
「はっはっは、ざんねんだなしんぺーよ。実は小百合は明日、俺とデートする予定なんだ」
「え……ええっ!?」
「!!」
ここだけではでっち上げでも嘘でもいい、しんペーにでまかせ砲発射。
「ほ、本当ですか、石井さん!!」
焦って小百合に確認をとろうとするしんぺー。
ここで小百合が馬鹿正直に「そんな約束していないです」なんて言おうものなら、俺の策略は無駄になる。
(小百合、話を合わせてくれ)
そんな意味を込め、俺は軽く小百合に向けてウインクをした。
「はうっ!!」
とたんに小百合が真っ赤になる……なぜ。俺の気持ちは届いているか?
「……嬉しい。やっぱり、ちゃんと覚えててくれてたんですね……」
(……ん?)
「ごめんなさい持地君、お兄ちゃんが言う通り、ずっと前から実は約束してたんです。お兄ちゃんとデートするって」
「……え、えええええ!? そ、そんなぁ……」
(……あっ!!)
そういえば、なんだか修羅場とかいろいろあったせいで、すっかり頭から飛んでたわ!! 胡桃沢とデートの約束した後、小百合とも約束してたっけ!!
「……小百合、すまん」
「??」
うしろめたさ120%の俺がおわびのつもりで小百合の頭をなでなですると、何を謝られていたのか全く分からない小百合は疑問の表情を浮かべつつ、されるがままだった。
その代わり、デートは何でもいうことを聞いてあげるから許して。
あ、そこで跪いて絶望にうなだれてるしんペーはどうでもいいです、ハイ。
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