6/21 遅刻
朝、教室に着くといつも先に来ているはずのオオタキの姿が見えなかった。
机には鞄も無くて、お花を摘みに行っているとかではなさそう。ならこれは遅刻か休みだろうな、とすぐに悟る。
少し前、電車の時間の都合で「いつも乗ってる一本を逃すと、遅刻確定なんだよねぇ」なんて言っていたから。
ちなみに、地域の栄え具合で言えばオオタキの住んでいる町の方がこの辺りよりずっと都会だ。あっちは県庁所在地だし、駅も大きいし、人だって多い。
なんでわざわざこんな田舎の高校を選んだのか、不思議に思う。同じ中学の友達も、このクラスにはいないようだし。
とはいえまだ六月、入学してから二か月程度だ。
オオタキの内申とか、そういうのは大丈夫なのだろうか、と少し心配になる。まぁ、どうにでもなるんだろうけど。本人だって、その辺りはわかっているだろう。
席に着いて鞄から文庫本を取り出し、無意識、いつもより戸の開く音に過敏になりながら文字を目で追う。あまり内容は頭に入って来なかった。
そんなことがあり、その内ひょっこりやってくるのでは、と言う淡い期待も空しく、オオタキが顔を見せないまま無慈悲にもホームルームが始まってしまった。
「オオタキは、遅刻か」
教壇で担任がそんなことを言いながら、黒い帳簿に何か記入していた。自分のことじゃないのに、ああいった動作や言葉を目の当たりにすると、少しそわそわしてしまう。
優等生なんだ、私は。
そんな優等生(自称)は、ホームルームの最中、机の下で携帯をいじくっていた。これくらいで不良と呼ばれては困りものだけど、あんまり褒められたことではない。
机の陰に隠して操作する携帯で、オオタキにメールをしてみようかどうか、と考える。今日はお休みなの? だとか色々入力したり消したりを繰り返して、結局これという文言が思いつかなくて、何も送らないまま鞄に仕舞った。
思えば、オオタキから送られてきたメールに返信することはあっても、自分から送信したことは無かった。特に、理由はないが。
そんなことを経て、一時限目の授業が始まって三十分ほど経つと教室の戸が開く音と一緒にオオタキがやってきた。わぁいオオタキが来たぞイェーイ、などと心の中で歓喜の雄叫びを上げる。まず教卓の先生に何か話してから席に着く。
「おはよう。今日、どしたの?」
「寝坊しました」
授業中なので、小声でやり取りする。
正直者で、いいと思う。先生にもそう言ったのかと聞いたら「ううん。電車のせいにしちゃった」と小さく笑った。かわいい。
「家がオガワの近所だったらなぁ。毎朝、起こしてもらえるのに」
「ははは」
在りもしない話を笑って流して。
えっ待って、何それ、超いいじゃん。となった。
当然、口には出さなかったけど。
昼休み。
今朝は急いでいて、コンビニで昼食を買い損ねたの。というオオタキが、購買行ってきますと席を立った。それを、引き留める。
「あ、待って」
「なに? オガワも行く?」
「いや。たぶん、今から行っても飲み物しか残ってないから」
「え」
一年生の教室は、三階にある。それに対し購買は、昇降口の真横。つまり、もうめちゃくちゃに急ぎでもしない限り、下の階に教室のある上級生に先を越されてしまう。しかもここは共学なので、元気のある男子生徒の壁を越えなきゃならない。
私が入学してすぐの頃、経験済みのことだった。
そんなことを、かいつまんで説明してやる。
「がーん」
「それ口で言う人、初めて見た」
「じゃあわたしは、飢えて死ぬしか、無いのですか」
そんなに深刻だったのか。およよ、なんて言いそうな表情で席に座るオオタキ。その辺を考えずに引き留めた訳じゃない。鞄から風呂敷で包まれた弁当箱を取り出して、結びを解く。たしか今朝、今日のお昼はサンドイッチだよ~って、店長が言っていた。
「足りるか分かんないけど……半分あげるよ。私の」
「女神?」
どんな反応だ。あと、女神はあんたの方だ。
サンドイッチを小さい口でもっくもっくと食みながら「オガワ、やさしすぎ」なんて言う。
可愛いけれど、飲み込んでから喋りなさいな。お行儀が悪いわよ。
帰り道、いつもの場所でオオタキと別れてから、中学の友達に会った。
「オガワー」
背後から声をかけられて振り向くと、どこかで見たことがあるような、ないような感じの制服を着崩した三名の女子高生が立っていた。それぞれの顔をちらりと見て、日々薄らいでいく記憶の中から合致するものを探してみる。
「……あ、アカネ?」
「久しぶりじゃんね、元気してた?」
「まぁ、ぼちぼちかな」
「そか」
同じ陸上部だったので、なんとか彼女のことは覚えていた。しかしあとの二人は、ちょっと心当たりが無かった。もしかすれば、アカネの高校に進んでからできたご友人なのかもな。と思った矢先に「オガワ、久しぶり~」と言われた。ははは。笑えん。
当然、彼女たちと中学校で特に何を話したとかいうことは鮮明には覚えてなくて、いや、もう正直、毛ほども頭にない。そのせいで、私の口からは絵に描いたような有り触れた台詞ばかりがすらすら流れていった。
そんなもんだ。いつだって、雑に流して流されてやり過ごしてきたんだから。今でも付き合いがある友人なんて、片手で数える程もいない。
辛うじて今のクラスメートの顔と名前くらいは覚えているけど、きっと進級して会うことがなくなればそれも二週間くらいで忘れると思う。
だってみんな同じ服を着ているし、今だって髪なんか切ったりすれば、すぐに曖昧になってしまう。染髪なんてもってのほかだ。別人だろ、そんなの。
きっと私は、その辺の能力が他人よりも劣っているんだと思う。人付き合いと言うか、関係を保つとか、そういうものが。昔からその自覚もあるし、それで今のところは不都合を感じずに生きているわけだから、危機感も無い。なんとかしたいとも思わない。そうやってこれからも生きていくんだと思う。
まぁ、どうでもいい私の話はこれくらいにして……と言っても、オオタキとは無関係なので日記に書く必要もあまり感じないので、流す程度に記すけど。
カラオケに誘われて、断った。彼女たちはオガワが来ないならなぁ、なんて渋ったりして。
顔には出さなかったけれど、正直、めんどくさかった。冷たい人間だって自覚は勿論ある。それでもやはり、好きでも無い相手と話すのは、疲れる。みんな、偉いよなぁ。上手く立ち回ってさ。そういうことは、私には少し難しい。
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