ママの話 13
母がいつの間にか私の前に立っている。エルフ兵たちから私をかばうように。御使い様を真っすぐ睨みつけて。両手をかざし、手首を返し、緑色の煙が漂う指で空気をこねるように捩じる。すると、みるみるあたりの空気が動き出した。これ、見たことある!屋根裏で糸巻を躍らせていた、 風 の 魔 法 。あれが私たちを中心に渦巻いている。だが微かなつむじ風なんてものじゃない。耳が痛くなる程に周りの圧が下がったかと思うと!母の両手から湧き出した強風が周囲の家を揺さぶり、風圧に耐えきれなくなった屋根や壁がメリメリみしみしと悲鳴のような軋み音をあげながら引きはがされ、空へと吹き上げられていく!。母が魔法で生み出したそれは・・・巨大な竜巻だった。
「娘にかまわないで!今すぐここから去って!」
私の前に仁王立ちになった母は強くはっきりと言った。周囲には母の巻き起こした竜巻が壁の様にそびえたっている。えぐられた地面が、岩が、家のがれきが、風渦の中で木の葉のように舞いながら轟音とともにぶつかり合いながら火花を散らしている。この中に無理に突っ込もうものなら飛んでくるがれきにすりつぶされてしまうだろう。まさに風の防御壁だった。
吹き荒れる砂塵の向こうに御使い様の姿が見える。暴風にさえぎられてその姿はよく見えない。顔も表情もよくわからない。だのになぜか頭の中に御使い様の声が聞こえてきた。吹き荒れる嵐を通り越して聞こえてきた。ため息とともに。
”リミア。やはりあなたは変われない人なのですね。あの時も。今も”
今は”御使い様”神樹イグドラシルの代弁者となった、かつて母の姉で私のおば様だった女性”ラミア”は言った。
”考えるのは自分たちのことだけ。エルフのことも、神樹のことも、ファンタジアンのことも、どうでもいいと思っている”私は母を見上げた。無言で手をかざし、竜巻を操り続けている。唸る暴風の中で踊る岩石が互いにぶつかり合い、轟音と火花を散らしている。御使い様の声をかき消すように。でも声は消えない。耳を塞いでも消えない。優しく、穏やかに、心の中に響いてくる。
”リピア。”
私に話しかけてきた!
”きっと今のあなたには、私が恐ろしく悪い魔女に見える事でしょう”
私は思わず耳を塞いだ。けどそんなのお構いなしに御使い様の声は心の中に聞こえてくる!
”でも、誰かがやらなくてはならないことなのです。誰かが世界と神樹の間に立って繋がりを保たなくては、魔法は消えてしまう。もしそうなったら、このファンタジアンはまた異種族同士の憎しみと争いが繰り返される混沌の世界となるでしょう。それは絶対に避けなくてはならない滅びなのです。”
私は口を開いた。「なぜ?どうして?私に?」この嵐の最中、向こうには聞こえないかもしれないけれど。でも御使い様は答えを返してきた!聞こえてる!
”その問いは、かつて私と妹が抱いた疑問。そして答えはいつの時代も同じ。”
”それを望む者もいる、望まない者もいる。でも誰にでも等しく公平に与えられるものではない。それが「才能」”
「才能?魔法の才能が、私にあると?」私
”そう、限られた未来の行く末を担える可能性を、限られた者だけが持てる大きな力を、あなただけが持っている。”
「リピア!聞いてはだめ!」言うや母は私を抱き寄せた。右手をかざし荒れ狂う風をさらに強めようとした時!
母の陰に隠れていた私の耳から嵐の音と圧が、消えた!恐る恐る目を開くと・・・え?
風は止み、竜巻は消え、木の葉のように舞い踊っていた岩とがれきは空中に浮かんだまま静止していた。
全 て が 止 ま っ て い る 。
「そんな、私の風を打ち消すなんて・・・ラミア姉さん」呆然と立つ母の口からうめき声が漏れた。その体に抱き付いた私の体に震えが伝わってくる。母が…怯えている?
いつの間にか目の前にまで御使い様”ラミア”が近づいてきていた。優しい声がその口から洩れる。微笑と共に。
「・・・同じ双子でも、あなたの方が才能はあった。だけどリミア。あなたは愛する人と共に生きる道を選んだ。そして私は、いえ、私だった者は、世界の平和と秩序のためにこの身を差し出すことを決めたのです。」
「今の私には神樹の魔力が全て託されている。それが”御使い”であるという事。魔法で私に打ち勝てる者などありはしません」
母はよりきつく私を抱きしめ、私より強く母にしがみついた。だけど、
その体から伝わってくる震えは収まるどころか、より強くなっている?
その時私は自分の頭にしずくが落ちてくるのを感じた。雨?ちがう
見上げた先にあったのは、頬を濡らす母の顔だった。こんな弱弱しい顔、
見た事ない。その口からか細い声が漏れる。声を詰まらせながら、とぎれとぎれに。まるで泣きべそをかいている子供のように、母は懇願した。
「・・・お願い・・・ラ・・・ミア姉さん・・・子供を・・・娘を奪わないで。私たち家族を、放っておいて」
御使い様”ラミア”は黙って嗚咽する母を眺めている。やがてそっと目を伏せた。見るに堪えないものから目を背けるように。そして口を開いた。
「聞き分けなさい、リミア、これは定められた事なのです」
しがみつく私の手を取った。逆らえない。いつの間にか私の体は母の体から引きはがされている。
「受け入れなさい、リピア、これは始まった物語なのです」
・・・・・・そう・・・なの?
「いつまでも親の背に隠れていてはだめ。自立しなくては。
今、世界はあなたの力を求めている。才能を持った者は
その期待に応えなくては。」
・・・そうなの・・・かもしれない。私・・・その時!私は見た。
私を優しく見下ろす御使い様の背後に駆け寄る 小 さ な 紫 色 の 影 を。
あっという間にその背に駆け上り、御使い様の首に鈍く光る何かを押し当てている・・・あれは、刃だ!小刀だ!
「さすがはエルフ族の女王様。ごまかしもハッタリも超一流だぜ」
ゴブリンのヨモックさんだった。
「貴様ぁ!」叫んだエルガとエルフ兵が弓を引こうとするが「動くんじゃねえ!」御使い様の首筋に刃を突きつけたままヨモックさんは一喝した。「俺ぁ非力なゴブリンだがこいつの首をかっ切るくらいの腕力はあるぜ、武器を捨てろ!」黒衣のエルガの額に脂汗が浮かんでいる。「くっ、下賤のゴブリンごときがっ」「こりゃご挨拶だねお役人様。の割にゃ冷や汗出すぎのようだが。ちったぁこの眉ひとつ動かさない女王様を見習っちゃどうだい?さすがは大将、肝が据わってるぜ」
確かに御使い様は微動だにしない。首に小刀を突きつけられているというのに!背中に組み付いたゴブリンを意に介するでもなく、平然と前を見ている。そのまなざしは冷静だ。「なぜお黙りかな?俺みたいな奴とは話すことはねえってか?」ヨモックさんの言葉に御使い様はようやく口を開いた。
「愚かなならず者と語り合う余計な時を私は持ち合わせていません」「”ならず者”はまぁそうだが、”愚か”ときたか。俺はヨモック。お初にお目にかかれて光栄だぜ。エルフの女王様」「私の力を理解するなら、このようなふるまいには出ないでしょう。だから愚かと言うのです」だがヨモックさんは不敵に笑った「力?さっきのドラゴンの炎を遮った事かい?確かにありゃ凄かった。ところで」
「なぜ今俺はこうしてあんたにやすやす近づけたのかねぇ?後ろを取るまであんた気づきもしなかった。本当ならとっくに弾き飛ばされて肉団子にされてもおかしくねえってのによ」確かに、私も思った。母さんの風の魔法を打ち消し、私の力の塊を押しつぶした。ものすごい魔力の持ち主なのに。
「・・・・・・」御使い様は黙っている。代わりにヨモックさんが言った。「当ててやろうか。あんた 今 で も 魔 法 を 出 し て る 。涼しい顔してるくせに全力で魔法を出し続けてる。そこのおっかさんと、お嬢ちゃんの力を封じ込めるために。”魔法で自分にかなう者はいない”だぁ?とんだハッタリだぜ。そこの二人の魔法をあんた誰よりも恐れてるじゃねえか。それで背中がおろそかになったのさ!」
すると御使い様はかすかに笑った。再びあの優しい微笑みがその顔に浮かぶ。「それはお互い様でしょう。長いおしゃべりは隙を生む。あなた、その屑鉄でなにをするつもり?」「なんだと?」ヨモックさんの顔色が変わる。見ると御使い様の首に押し当てられていた小刀がみるみる錆びて、粉となって崩れてゆく!そんな!さっきまでピカピカと輝いていたのに!魔法だ!御使い様が小刀を腐らせる魔法を使ったんだ!次の瞬間!
「ぐぁっ」御使い様の背からヨモックさんは弾き飛ばされ、地面に転がった。駆け寄ったエルフ兵が次々と”苦痛の杖”を小さなゴブリンに押し付けた。「ぎゃああああっ」紫の顔色を真っ赤にしてヨモックさんは悶絶した。「許さんぞ。下等種族め」黒衣のエルガだった。落ちくぼんだ眼に残忍な光を浮かべている。その手から黒い煙が湧き出始めると・・・ヨモックさんの手足が・・・おかしな方向へ・・・背中の方に折り曲げられてゆく!「ぐぅっ・・・あががが・・・」呻くヨモックさんの関節から変な音が出始めている。私は叫んだ「だめ!止めて!止めてください!友達を苦しめないで!」
すると意識を失いかけたヨモックさんが息も絶え絶えに私の方を向いた。「く、来るな・・・お嬢ちゃん・・・に、逃げるんだ!」
「だ、だって」
「聞け。こいつ・・・らの・・・目当ては・・・お 嬢 ち ゃ ん 自 身 だ。そのけた外れの魔法を出せる体を欲しがってる。だから絶対に殺さねえ。あんたは自分で自分を人質に取ることができるんだ!」”自分で自分を?人質に?”
「余計な事を言うな!その薄汚い口を閉じてろ!」エルガの黒い煙はついにヨモックさんの首を逆方向にねじり始めた。「がっ・・・・で、」口から泡を吹きながらヨモックさんは何かつぶやいた。「ディ・・・モ・・・ク・・・ラトゥス・・・信念に死ねれば…本望」するとエルガの顔からニヤつきが消えた「おい!今何と言った?」その手から黒い煙は消える。
魔法を解かれたヨモックさんは四つん這いになって息を切らせている。上げた顔に不敵な笑みが浮かぶ。すごい、あんなひどい目に遭わされて、まだ笑えるの?エルフ兵に取り囲まれ、杖や弓を突きつけられた小さなゴブリンは、今度ははっきりと言った。
「ディモ・クラトゥス」
「” 全 て の 種 族 に 自 由 と 平 等 を ”」
「・・・そうさ。俺が ” デ ィ モ ン ” さ」
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