受けて立った二九休さんは勝負の場へ向かう

 安国寺の本堂では和尚と二九休にくきゅうが対座していた。和尚は将軍義教の書状を折り畳むと二九休に問うた。


「書かれていたのは以上じゃ。二九休、どうする」

「どうするも何も将軍様が来いと言っているのです。行かざるを得ないでしょう」

「そうとは限らぬ。仮病を装ったり、修行の妨げになると口実を付けて断ることも可能じゃ」

「え~、でも私は行きたいんです。だって美味しい物を食べさせてくれるんでしょう。行かなきゃ損ですよ」


 確かに書状にはそう書いてあった。食べ物で子供を釣るとは将軍様も阿漕な真似をするものである。和尚は渋い顔をした。


「待っているのは御馳走だけではないぞ。かつて義教殿の父義満殿はおまえの兄弟子一休によって完膚なきまでに叩きのめされた。義教殿は今もその恨みを忘れておらぬと聞く。おまえを呼び出したのは一休に対する積年の意趣返しに違いない。弟弟子のおまえをコテンパンに叩きのめして留飲を下げたいのであろう」

「それくらいわかっています。大丈夫。トンチ合戦なら負けません」


 二九休は自信満々だ。それもそのはず、これまで知恵比べで二九休に勝てた者はいない。増長するなと言う方が無理な相談だ。


「そうか。では行くがよい。ただしひとつ条件がある」

「何ですか」

「もしトンチ合戦を挑まれたら負けるのだ。全戦全敗せよ」

「ええっ!」


 和尚の言葉とは思えなかった。仏に使える身でありながら八百長を勧めるとは何たることか。二九休は口から泡を飛ばして反論した。


「そのようなこと、できようはずがありません。わざと手を抜いて勝ちを譲るなんて、全力で戦う相手に対して失礼ではありませんか」

「そうだな。おまえの言う通りじゃ。しかし奇麗ごとだけでは済まないのが世の中というものじゃ。もしおまえが義教殿をコテンパンに叩きのめせばどうなると思う。恨みはさらに大きくなり、この寺だけでなく僧侶全体に対する風当たりは一層厳しくなろう。だがおまえが負けてやれば義教殿の恨みは晴れ、僧侶に対する態度も和らぎ、世の中も平和になる。これはもうおまえ一人の問題ではないのじゃ。この寺の、全ての僧侶の幸福のために、此度こたびは勝ちを譲ってやれ」

「……わかりました」

「わかってくれたか。すまぬな二九休。ならば明朝発つがよい」


 二九休は礼をすると本堂を出た。意外にもその口元には笑みが浮かんでいる。


「ふふふ、和尚さんも甘いなあ。この二九休が簡単に勝ちを譲ると本気で思っているのかな。『わかりました』とは言っても『負けてあげる』なんて言ってないのに。寺や僧侶がどうなろうと私の知ったことじゃないですからね。ふふふ」


 不敵にほくそ笑む二九休。兄弟子の破戒僧一休に負けず劣らず、この二九休もなかなかの食わせ者なのだ。


 翌日、二九休は一人で安国寺を出発した。向かう先は鹿苑寺。一休が義満をコテンパンに叩きのめした場所をわざわざ指定してきたのだ。


「二九休さん、おはよう」


 寺を出てしばらく歩いたところで声を掛けられた。仲良しのサヨだ。


「おはようサヨちゃん。今日はいい天気だね」

「ねえ、聞いたわ。これから将軍様の所へ行くんでしょう」

「うん。御馳走をたらふく食べさせてくれるみたいだからね。そうだ、サヨちゃんにもお土産をもらってきてあげる。甘いお饅頭でいいかな」

「行っちゃダメ。これは将軍様の罠よ」


 いつも柔らかい口調で話すサヨにしては珍しくキツい言い方だった。表情にも真剣味が感じられる。


「ずっと昔、一休さんという小坊主が将軍様に恥をかかせたって聞いたことがあるの。今日二九休さんを呼んだのはその敵討ちよ。きっととんでもない無理難題を押し付けてくるに違いないわ」

「そんなことわかっているよ。大丈夫。トンチで私に勝てる者などいないんだから。今回も将軍様にたっぷり恥をかかせてやるよ」


 傲慢不遜な態度は相変わらずだ。謙虚のけの字もない。説得を諦めたサヨは胸元からお守りを取り出した。


「それならこれを持って行って。魔よけの妙薬を仕込んであるお守りなの。きっと二九休さんを守ってくれるはず」

「ありが……」

「にゃあにゃあ」


 二九休がお守りを受け取ろうとした瞬間、足元にいた猫のタマが飛びかかってきた。


「こら、タマ。おとなしくしなさい」

「にゃあにゃあ」


 タマはお守り目掛けて何度も飛び跳ねる。サヨは急いでお守りを二九休に渡し、興奮気味のタマを抱きかかえた。


「ごめんなさい。いつもは大人しいのにどうしたのかな」

「きっと私の勝利を祈願する猫の舞だよ。じゃあ行って来るねえ」


 二九休は手を振って歩き始めた。サヨはタマを抱きかかえたまま姿が見えなくなるまで見送っていた。

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