第15夜 ネファタフル

「ふむ。地球人ども、玄室の罠をよう抜けてきよるわ」


 石造りの遺跡の一室。魔法の明かりが灯り、ひんやりとした冷気が立ち込める広間で。ドヴェルグの賢者オグマがチェス盤のようなコンソールに見入っていた。ただし駒の配置は大幅に違う。

 盤上には、遺跡内のマップが精巧に再現されている。中央にはオグマの陣取るフリングホルニのコントロールルーム、四方からは攻め寄せるハンターたちの姿がホログラムで表示されている。中央に至るまでの各通路のトラップの稼働状況や、敵の突破率なども逐一リアルタイムで更新されていた。


「わしの予想以上じゃな。ユッフィーの言う、地球人の冒険者適性とやらは」


 戦争はいつだって、野蛮な形の異文化交流。敵の武装や戦術を通して新たな技術を学び、異民族の文化を理解する。


「じゃが、まだまだ。この玄室、たやすく落とせると思うなよ」


 草原の真ん中にあるストーンサークルや、山の中腹にある洞窟など。いくつかの入り口を持つ、フリングホルニ内部へと通じる地下遺跡。そこはバルドルの玄室と呼ばれていた。

 かつてこの船は、表向き光の神バルドルを弔うための棺として造られた。船全体が棺なのに、その中に棺を収める玄室があるとは奇妙な話だが。実のところ、今こうして戦況を見守っている開発者のオグマでさえ、フリングホルニにはあずかり知らぬ多くの秘密があった。というか忘れた。彼自身、とうに全盛期の力は無い。


「アリサに、クワンダ殿。そちらはどうじゃ?」


 今回は特別に、氷の都ヴェネローンから最精鋭の冒険者も駆けつけている。彼らは普段、氷都の守護に専念する者たち。今も本体はヴェネローンで眠っており、マリカの夢召喚で精神体を派遣してのリモート参戦となる。


「問題ないが、奇妙なものじゃな」

「遊び気分とあなどれば、足元をすくわれる。やられる前提で、数を頼みに突っ込まれれば危ういな」


 この遺跡は構造上、戦国時代の日本の城のように数の有利を殺し、敵を分断し、地の利をもって襲撃を退けるようにできている。それでも不慣れな精神体での戦闘や、命をかけての殺し合いではなく、ゲーム感覚での特攻戦法に歴戦の強者たちは違和感を感じていた。


「あやつら、命を粗末にしおって」


 偶然か幸運か、アリサの守る部屋まで到達したハンターは。兎獣人の女サムライという彼女の容姿に相手の実力をあなどって、一刀のもとに斬り伏せられ夢落ちした。その刀も普段の愛刀をイメージの力で再現したものだ。


「だが、ヴェネローンのために戦ってくれる地球人もいる。エルルが見出した勇者の資質、今は見守るとしよう」


 槍使いの戦士クワンダがまたひとり、悪夢獣を連れたハンターたちを退ける。猟犬を瞬く間に霧散させたその槍さばきに、ある者は驚き。またある者は対戦格闘ゲームで良い勝負ができたときのような笑みを浮かべて夢落ちしていく。


「敵味方でなければ、のう」

「おぬしらも、ユッフィーに感化されてきよったか」


 遺跡の機能を介して聞こえる通話に、オグマが苦笑いを浮かべた。


「なんじゃ、オグマよ。おぬしこそ真っ先に、あやつに籠絡されたのではないか?」


 あんなおなごが好きとはの、とアリサがため息を漏らし。自らのささやかな胸元に視線を落とす。本人は動きやすいからと、サラシ巻きに緋袴の軽装だったが。その装いは一部ハンターたちの性癖に刺さっていた。


「地球のドワーフは、北欧神話のドヴェルグと日本神話のイワナガヒメの末裔じゃと言っておった。それで男女があると聞いて、興味を持ったのが運の尽き」

「ははは、そいつは傑作じゃな」


 アリサの故郷は、かつて古代日本とつながっていたらしい異世界トヨアシハラだ。そこは十二支にまつわる獣人たちが暮らし、日本神話と共通の伝承を持つ。平家の落ち武者なども多数、移り住んできたらしい。

 天皇家の祖先ニニギノミコトは、嫁にと差し出された二人の女性のうち見目麗しいコノハナサクヤビメだけを妻に選び、醜いが岩のような長寿を司るイワナガヒメを嫌って送り返した。それで帝の一族の寿命は、神の子でありながら人と同じになった。


 その神話を知るアリサは、ドワーフに女性がいる理由を創作したイーノのセンスに敗者を見捨てない優しさを感じ取った。


(ユッフィーの正体は、まだまだオグマに伏せておいた方が良さそうじゃな)


 フリングホルニ攻防戦の長い夜はまだ、終わらない。

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