全国常連帰宅部【一話完結】
爆撃機
全国常連帰宅部
「おーい、名越!合唱コンクールの練習サボんのかよ。」
「ごめん、今日はどうしても外せない用事があるんだ。4時から。」
僕は名越佳。
僕は今日のためにこの3年間、放課後すぐに自宅に帰っていたと言っても過言ではない。
今日、午後4時00分から全国帰宅大会個人戦がある。
各学校1人しか出場できない。
僕は8人の帰宅部の中で選ばれた、いわば帰宅部のエースなのだ。
他のみんなはもうすでになんらかの理由で学校を早退し、5時間前から僕の帰路ルートの各所に配置している。
応援してくれるんだ。
ちなみに僕は自転車の部で出場する。
おっと、そんなことをしているうちにもう30分前だ。
「名越お前なにずっと立ってんだよ。4時から予定あんだろ?」
自分の世界に入りすぎたようだ。まぁとにかく今回の大会は……
「なんだよ、行くのか行かねえのかどっちなんだよ!無視すんなよ!」
「行くよ行くよ、すぐ帰るよ!」
うるさいやつだ。僕はこれから戦だというのに。
スタートは正門、ゴールは自宅だ。
え?
選手それぞれでコースが違うんじゃないかって?
選手と言ったところは褒めてやろう。
帰宅大会委員が各選手の学校から自宅までのルートを調査し、基準タイムを決める。
そこからなんやかんや計算式で計算すると、100点満点で点数が出る。
ちなみに去年のうちの先輩は72点。低すぎる。
評価ポイントは
・タイム
これは言わずもがなだ
・芸術度
自転車の乗り方、こぎ方、降り方、ハンドルさばき、つまりは技だ
・安全走行度
技を披露するあまり一般市民を危険にさらしては帰宅部の風上にも置けない
そしてスピードも出し過ぎは危険だし、今では自転車レーンもある
・消費カロリー
帰宅とはこれからの時間を楽しむぞ、というためのものであるのに体力を消費してはすぐに寝てしまう。だからできるだけ体力を消費せずに家に辿り着かなければならない。
・追加点
あとは運によるものが多い。
他の悪質自転車利用者への注意や、事故に出くわした際の救急措置など
これまでの僕の最高点は94.7点。
平均して90点は出るようになった。
この前の全国大会優勝者は93.1点だ。
十分可能性は……
おっと、もう15分前だ。
準備に取り掛かるよ。
ぼくの自転車はママチャリさ。
鍵のストラップはつけない。これはもはや常識だ。
平成26年、春自転車の部。
【疾風の帰宅者】との異名を持っていた風間涼太は平均スコア98点という驚異のリターナー(帰宅者)だった。
その大会も、ひいては世界大会も確実とまで言わしめた。
しかしそうはいかなかった。
彼は無類の『長ネギネーギちゃん』好きだった。
長ネギネーギちゃんはその長いフォルム、愛嬌のある笑顔、日本中で愛されたキャラクターだ。
ガチャポンで100円。全長5cm。そしてプラスチック製の長ネギネーギちゃんストラップ。
これを風間涼太は自転車の鍵、専門用語で言うなら『チャリキー』につけていたのだ。
これがどうなったかは言うまでもない。
結果、彼のスコアは47.1。
事故を起こしかけたのだ。むしろ高かったくらいだ。無音ギアチェンがなければ20点台は確実だっただろう。
ここで僕の帰宅ルートを紹介しよう。
ぼくの通るルートは
①学校から坂を下りる 54秒
ここは48秒で下れるが、交差点の信号で止まらないようにあえて54秒で下る。
②交差点を通過 4秒
もしここで引っかかろうものならば、僕はもうハンバーガー屋に直行するよ。
③国道沿いを走行 2分17秒
ここは自転車専用レーンがあるから安全走行点が稼げる。
④6つ目の角で左に曲がり小道に入る。 32秒
ここの小道の午後4時過ぎに集団で横列走行する中学生がいる。
これに注意することで追加点だ。
⑤土手に出て橋まで走る 1分23秒
ここが一番リラックスして走れるところだ。
運が良ければイヤホン走行を3人ほど注意して加点を狙う。
⑥橋で対岸に渡り右に曲がる 41秒
問題はここだ。ここは運だ。
橋に侵入するまえの地点での見通しが悪い!
ここはスピードを落としていかなければならないが落としたところで、関係ない。
見通しが悪すぎて橋の横に行かなければわからない。
⑦あとはひたすら土手沿いを走る 5分54秒
土手ではダンス部?の女の子たちが踊っているから要注意だ。
視線を奪われれば引き返して、僕はもうハンバーガー屋に直行するよ。
⑧8つ目の坂を下る 11秒
下ればすぐ僕の自宅だ。坂からが僕の家の敷地なのだ。
しかも駐輪場所へはそのままインできる。
計11分56秒
さぁ10分前。
見てくれ。
僕の自転車はこれだ。
お?チャリキーの異変に気付くなんてやるじゃないか。
鍵のギザギザがついている部分に赤色で色をつけているんだ。
なぜかって?
これはアメリカ、ルイジアナ州のリターナー
【雷電】チャーリー・トンプソン
彼は高校2年生、夏の大会で99.3の史上最高点まで叩き出していた。
翌年3年生、全てをかけた冬の大会で彼は自己ベストを叩き出すべく準備を整えていた。
スタートのコールが響き渡り、正門でいつも通り鍵を開けようとした。
しかし彼は鍵の上下を間違えしまい、鍵穴に入らなかった。
鍵が開かない焦りが怒りへと変わり、その場で自転車を持ち上げ、思い切り地面に叩きつけ自転車を壊してしまった。
結果は−45.6点。
壊れたタイヤが転がり他の生徒に当たったことが原因で、その生徒は全治1週間のケガを負った。
これがかの有名な【チャーリーキーの悲劇】だ。
....................。
さぁ正門へ向かおう。
正門に着けば一度鍵を抜き、そこに止めてポケットに入れなければならない。
ここで注意するのはスタンドロックを解除しておくこと。
わかっている。わかっているさ。
君も欲しがりだね。
スタンドロックで有名な話は、平成24年春個人戦で優勝候補の一角とされていた女子
【桜吹雪】早乙女千佳
彼女はなぜか春大会しか参加せず、颯爽と優勝をさらっていく。
彼女は小柄な体型を活かし、安全ギリギリのスピードで疾風と化し、桜を舞い上げまといながら駆け抜ける。
永遠のアイドルリターナーだ。
そんな彼女はスタートと同時に鍵を開ける技
『ノータイムキーオープニング』
を炸裂させたが、悲劇はそれからだった。
勢いよくサドルに飛び乗った桜吹雪はスタンドロックがかかっていたため、派手に横に倒れてしまった。
しかしその倒れたときに手を差し伸べてくれた男子学生と恋に落ち、今年の2月に結婚したそうだ。
さぁ正門だ。
自転車を止め......
鍵をポケットに鍵を入れたぞ。
あと3分ある。
僕のライバル?
いるさ、前回優勝の高円景子。
彼女のコーナリングはギリギリを攻め、食い込むように曲がることから
『Tバック走行』
と言われ恐れられている。
実は彼女も⑥の橋を通るのだ。
だが時間は僕の1分ほど後だ。
彼女は全体で28分ほどと長距離の戦いだ。
僕は彼女に一度も勝ったことがない。
その上、
「私の方が格上」
というようなことを言われてしまった。
それ故にこの大会は思い入れが強い。
最後の挑戦は何としてでも勝ち星をあげたい。
さぁもう1分を切った。
全ての思いと技術をこの約12分にかける。
今までバカにされ続けても毎日測り続けた帰宅タイム。
血と涙を流して修得した無音ギアチェン。
土下座までして教えを請うたノータイムキーオープニング。
すべてはこの日のため。
10
「名越!お前またすぐ帰んのかよ。」
9
「名越、先生は心配だ!何か部活に入れ!」
8
「名越くんてなんか暗い感じするよね〜。」
7
「部活入ってる人は準備免除でーす!」
6
「今度運動部で集まろうぜ!」
5
「帰宅部なんだから委員会入ってよ!」
4
「にいちゃんさ、何かやったら?」
3
「あんたいっつも家帰ってくるの一番乗りよね」
2
「あなたの帰宅道はまだまだ私には敵わないよ。」
1
「名越!帰宅部のエースとして優勝してくれ!」
スタート!!!
ノータイムキーオープニング!!
カチャッ
行くぞ!!
ガッ
スタンドロックが......!
ガーーーーン
終わった......
「大丈夫?」
「え?」
同じクラスで学年のアイドル、間宮さん!?
話したこともないのになぜ!?
「名越くんだよね?」
「え?」
我ながら恥ずかしいくらい「え?」しか言えない。
きょどりにきょどっている。
「名越くん、合唱練習出ずに帰るって言ってたから私も一緒に出ようと思ってたのに!」
「え?」
「私も今日用事あるから、名越くんと2人で出れば出やすいかなぁって。」
「え?」
「よかったら途中まで一緒に帰ろう?」
「あ、あぁ。」
3年間の努力は無駄になった。
だが!
僕はこの日を境に、タイムを気にしないダブルス選手になったのだ。
と、終わらせ方に困ったので、いい感じに終わらせてみる。
全国常連帰宅部【一話完結】 爆撃機 @nihonihonihonese
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