第30話 ダーリン

 定時前になって部署の女の子の先輩たちが綾香さんのマンションに行くって事で支度を急いでいる。


 綾香さんって好かれてるんだなぁ〜って思う。世代が違うと若い子たちに遠慮してお一人様カラオケしてるなんてみんな知らない。


 僕も巻き込まれてしまっている。一応綾香さんのLIN□には彼女たちの計画は伝えてあるんだけど既読がつかない。


 マンションを前に「ねぇ、男物衣類が干されてるけど! 」に、ショックを受ける僕を演じるのはヤダなぁ……


 しかも、わんこパンツ干してる。


 そんなジレンマに苛まれていたら、井達さんが僕を迎えに来た。


「おい、ジーザスついて来い」


「井達さんやめて下さい、その呼び方」


「なんだ? ダーリンにでもするか? 」


「本当にやめて下さい。わんこに戻して」


 もう、本当に勘弁して! 女の先輩たちがそのネタ本当に喜んじゃうから!


「すみません、後で連絡しますんで。先に失礼します! 」


 そう言って先輩たちを置いて、僕は荷物と上着を抱え先に行く井達さんの背中を追った。当然、先輩たちの中にも井達さんファンがいて、キャーキャー言ってる。社の腐女の方々の鉄板カップリングの井達さんと僕が二人で社を出るなんて……弄られまくりじゃないか。


 井達さん、マジわざとだ。


「あの、分かったんですか綾香さんの居場所」


 会社のビルを出て井達さんに尋ねた。


「ジェシカと一緒にいるから安心しろ」


「……ジェシカさんのところですか」


「俺ん家だけど……正確に言うとジェシカのマンション」


 ジェシカさんはセレブなお嬢さまで、井達さんと離婚した後もマンションをそのまま井達さんに残している。日本に滞在する時はホテルかそのマンションに居座るんだって。


 なんで離婚したのか理解が追いつかない。


 電車に乗ってわりと近い。しかもタワーマンションとか……井達さん逆玉だったんだ。


「俺、わんこ以下だぞ。予め言っておくけど」


「そんな事ないでしょ」


 一応、意味もなくフォローしてみた。


 とりあえず北の最果てとか崖の上とか……処置をしてくれる病院とかに行ったわけじゃなくて良かったかも知れない。


 僕よりもジェシカさんを頼るなんて……って、嫉妬なのか僻みなのか色んな感情が湧いた。でも、マンションのエントランスから何から何までゴージャス過ぎて、思考回路が停止する。何ここ。

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