第28話 何だかきな臭いねぇ
卑弥呼の宿に無事入会を果した半次は、週に二回ほど行われる勉強会への参加を指示された。修行場へ集まり、スーツから支給された作務衣に着替える。一時間ほど禊行として特殊な呼吸法を行い、身を清めた。
その後、やや遅い夕食となる。メニューは一汁一菜の簡略的な物で、量も少ない。身体は食べたもので出来ているから、特別に栽培した清浄な素材を使っていると説明を受けている。
「清らかなのは良いですが、これを三食続けていたら、生きながら煮干しになってしまうんじゃないですかねぇ。これで毎週、三十円(現代のお金でおよそ一万八千円位)の礼金とはボッてますよ」
半次は薄い味噌汁を飲みながら、ため息を付いた。毎月四.五週あるとして、月に百三十五円(八万千円)と様々な別料金で約百六十五円(十万円)を毟られる。半次は海軍から資金を得ているから問題無いが、一般人では生活しながら礼金を支払い続けることは、かなり難しい筈だ。
あっという間に簡素な夕食は終わる。半次は空きっ腹を抱えて、修行は続けた。巻紙と古風な筆を使っての
七百字ほどの分量だが、画数も多く結構なボリュームがある為、書き終わるのに二~三週間かかった。深夜十二時に勉強会は終わり、それぞれ帰宅することになる。
しかし熱心な信者は勉強会後、修行場に雑魚寝して泊まり翌日、朝行や掃除を行っていた。その後、職場へ直接向かう。正に己を卑弥呼の宿に捧げる生活である。
このような熱心な信者や年齢層が広いが、やはり若い男性が多い。恐らく高級官僚や海軍士官なのだろう。取りつかれたように修行を行い、有り金全てを教団に捧げていた。
「随分と熱心に修行されていますね」
熱狂的な信者の数名に声をかける。誰もが判子を押したように卑弥呼に窮地を救ってもらい、ここで修行していれば幸せになれると返答した。
人にもよるが修行期間が長ければ長いほど、熱狂的な信者の割合が高まるようである。目を病的に輝かせた彼らから君も頑張るように、と声をかけられた事もあった。
「……随分と良くできた
半次の呟きは誰の耳にも届かず、闇へと消えてゆく。
「どうですか? 大分慣れましたか」
勉強会を始めてから1か月が過ぎた頃、半次は水野に声を掛けられた。通常の修行は、教授格の先輩信者が指導している。これまで修行場に、代表の卑弥呼や副代表の水野が顔を出したことはない。何かと思ったが、半次は平然と彼を見つめた。
「お陰様で、毎日新しい発見ばかりです」
半次の白々しい返答に、水野はウンウンと頷いている。
「今日の夕食は修行場ではなく、本部の方にお出で下さい。後で迎えの者を回しますので」
「どうされました?」
「イエイエ。大したことでは無いのです」
何か意図があるに決まっている。大したことはあるのだろうが、そんな想いを表に出さず、半次は微笑みながら出頭を承諾したのだった。
案内係の後に付いて、本部の奥にある水野の執務室へ通される。通常の信者は入ることのない特別室だという。食卓には修行場とは異なる、豪華な夕食が並んでいた。奥に座っていた水野が微笑みながら着席を促す。
フカヒレの姿煮、青菜とナッツの炒め物、北京ダックまである本格中国料理だ。
「これは一体?」
「さぁ、どうぞ。冷める前に頂きましょう」
呆然とする半次に彼は両手を広げて、太々しい笑顔を浮かべた。
「これまでの修行中の姿勢と、光菱銀行での評価を確認させてもらいました。どちらも大変素晴らしい」
分厚い肉を噛みちぎりながら、水野は話を進める。相伴に与る半次を殊更引き立てる様な口調だ。
「何でも森村銀行の買収工作で、辣腕を振るわれたとか」
「いえ。そんな。ただの使い走りですから」
「ご謙遜を。現在は外為を担当されているのですよね」
「ええ、まぁ」
戸惑った表情を浮かべている半次だが、頭の中はフル回転していた。代議士と作り上げた偽の経歴を、水野は恐ろしい程、正確に掴んでいる。一体どこまで調べ上げたのだろうか。
「我が宿には様々な専門家がいるのですが、為替や株等の専門家が居りませんで。そちらの方面の見識が暗いのです」
彼は丸太の様な腕を食卓に乗せ、身を乗り出して半次に顔を寄せた。
「そこで提案があります。我が宿の資産を運用して頂けませんか?」
手始めにと、提示された運用資金は二十万円(約一億二千万円)だった。
「初めは様子見だと思ってください。調子が良い様なら徐々に扱う金額を増額させて貰います」
ほとんど初対面の半次に対し、水野は破格の金額を預けた。一個人で取り扱う金額ではない。しかし彼は驚きを現さず、銀行員の顔付で小首を傾げた。
「この金額を一度に運用するのですか?」
「そうですね。腕試しですから短期の一年で、どの位増やせるかを見てみましょう」
「……それでは国債や長期金利の貯蓄などは、除外されますね。為替と株式が中心になりますが、当然リスクは高くなります。それでも宜しいですか?」
「損せぬ人に設けなしですな。まぁこれは簡単な試験だと思って下さい」
半次の返答に、彼は分厚い肩を竦める。ここで何とも胃もたれのする、夕食会は終了した。
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