第四十九話『天才性』

 

「彼処は良かった。好きな事が出来るから」


 そう語り始めたリベンの目は煌めいていた。

 輝かしい記憶を辿る様に、その目は確かに鮮やかだったのだ。


「でもまぁ色々あって……工業科の奴等とバトる事になっちまってな。

 はは。別に大した理由でも、事でもない。

 ……ただ負ける気は、誰にだってなかった」


「───」


 ユリスは今もなお、黙り続ける。

 どんな表情をしているかは、彼のぼさぼさの髪で隠れていた。


「たった四人の機械兵科対、数十人規模の工業科。

 でもこっちには天才しか居なかった。

 軍事顧問のリアル。手先が異常に器用なリーグ。

 ……そしてあたしとユリスで、技術担当を務めた」


 リベンは笑った。


「───これ以上の最強のチームは無いと、そう思ったね。

 あたし達の機械兵オートマタならやれるって。

 敵が作る鉄屑何かに相打ちすら喫する事ないって、そう確信してたなぁ

 ……まぁ事実そのまま勝ったわけだが。ありゃ楽しかったなぁ……」


 そんな思い出話を語りながら、楽しそうに一人笑うリベン。

 しかし。


『彼』にとっては、それが煽りに見えたらしい。


「──────ふざけるなッ!!!」


 突然話を遮る様に、彼は怒号を以て声を荒げた。

 その後、彼が連ねた言葉には。


 ……悲痛なまでの叫びが、秘められていた。


「何かと思えば思い出話?

 そもそもあの勝ちは俺たちが居たからじゃない!

 ──────お前だけでも、勝てた戦いだっ!!」


「……」


 その言葉に、私リベンと以外のその場の誰もが口を噤んだ。

 確かに、そうだと。


 あの一方的な戦いになり得たのは、リベンが要因だったと。

 彼女の天才性を恨むかの様に、その場には静寂が走った。


 その言葉に異議を呈す者はただ一人。

 うっすらと笑みを浮かべるリベンのみしか、居なかった。


「まぁ、違うと嘘になるだろうなぁ」

「───くそっ……。だからお前が嫌いなんだ」

「ほう。だからあたし達を裏切った、ってっことなのか?」

「……違うっ!!」


 ユリスは言い逃れる様に、大きく横に首を振った。

 それを、ただ。


 リベンは睥睨し、佇んでいた。

 ……他の者が介在する余地はない。


 それ程までの緊張感が、そこには漂っていたのだ。


「違うもんか。……お前はあたしの天才性に嫉妬し、帝国軍の密の任を受け入れた。

 どうせあたし達がシエル民だとか、任を成功させたら、帝国直属の技術者にしてやるとか言われたんだろ?」

「……く」


 ユリスは歯軋りを行ったが、言い返しはしてこなかった。

 図星であるのだろう。


 ああ……嫉妬にて身内切りとは。

 殺したいくらいに、私が嫌いなタイプだ。


「……」


 ……。

 …………。


 ユリスはしばらく黙り込み、次第に静寂が訪れる。

 そして。


 刻限を以て、彼は言い放ったのだ。


「───そうだよ。俺はリベン達を売った」

「は。やっぱ裏切ってんじゃねぇか」

「違う。俺はただ、リベン達を誘き寄せただけ

 だから俺は悪くない。やったのは帝国軍───」


 連ねられる責任転嫁の言葉。

 そこで痺れを切らしたのか。


 蹴破られ。

 扉が勢い良く開いた。


 そこから出てきたのはリアルである。

 ずんずんと歩み寄って行く彼女であったが、最後には感情的にユリスの胸ぐらを掴んだ。


 盗み聞きして居たのに。

 案外大胆なモノです。


「ぐ……」


 呻きをあげるユリス。

 直後、リアルの口から出てきたのは。


「───ふざけないでっ!!」


 怒声。

 耐えかねなくなった故の、心の底からの叫びだった。


「裏切って無い?俺は悪く無い?

 ───責任転嫁をしようたって、罪は罪だからな!!」


 口調も荒く、まるでリベンの様に。

 ユリスへ怒号を飛ばす彼女の様は、歴とした理由もあった。


 それは、


「だ、だ、だから何回も、言ってるだろ……俺は───」


 未だ罪を認めぬユリスへの反感故。

 ここまで貫き通す精神は素直に感服だが───醜く過ぎるであろう。


「こん……のクソ野郎ッ!!」


 だが体罰はNG。

 私はリアルが振り上げた手を受け止め、その幼さを睨んだ。


「───捕縛した対象への傷害行為は許されませんね」

「……っち!!」


 案外あっさり引きましたね。

 まぁ『私だったから』であるでしょうが。


 鬼気迫るリアルを、腕のみで遠ざけ。

 全く反応を示さなくなったユリスを見て、リベンは笑った。


「そんなかっかするなよ、リアル」

「リベンさん……と、リーグ」

「ああ、俺は呼び捨てなのね」

「所詮『お前』だからな。まぁ良い。

 ──────兎に角、ユリス。まだ尋問は終わってねぇぞ」


 ち、という舌打ちが聞こえた。

 そう。未だ本題は済んでいない。


 私はその言葉と共に、ホログラムを投射して居た機械を回収した。

 これでリベン達の通信は聞こえなくなった訳である。


「シール。何をする気……?」

「いやなに。ただホログラム越しでは、意思が伝わりきらないと思いまして」


 部屋の外から足音が聞こえてくる。

 それに私が口角を上げたのと同時に。


 察したユリスは焦った様に顔を上げた。


「エクセル、お前まさか───!!」


 口頭で、伝えはしない。

 只々鼻笑いで、答えておくだけで良い。

 そうすれば、今後の衝撃が大きくなるでしょうし。


 ──────ねぇ、そうでしょう?


「───!!」


 ……リベン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る