第三十五話「妬み嫉み」

「とにかく逃げはしましたが……はぁ」


 不意に溜息が溢れ出る。

 少しでも目立たない様に善処したつもりなのですが。


 寄ってくる、寄ってくる。

 烏の如く、私に向かって謎のアプローチを掛けてくる。


 私の何処に魅力を感じたと言うのか。

 まだ少ししか喋っていないのに。中身も見ていないのに。


 ───全く。


「逆に目立って高嶺の花となるのもありでしょうか……」


 そう仮案を呟きながら、廊下を歩く。

 そして角を曲がろうか、と言う時に……。


 気配がした。

 私に向けられた、明確な敵意が、廊下の角で肥大化した。


 私は角から身を乗り出すと同時に、直ぐ様身を引いた。

 金属が揺れる音。水が弾ける音。


 ──────バケツすり切り一杯程の水が、床にぶち撒けられていたのだ。


「……っち。なんで除けるのよ」


 舌打ちと共に響く嫌味。

 水溜りを避けて角から出てきた人影。


 ……同じクラスの女子高生が、そこに居た。

 いや。と言うよりも───女子高生達、の方が意味的に合理か。


 白髪やブロンドに染め上げられた髪色。

 先程舌打ちを打った白髪の女性を筆頭として、三人の女性が私を睨んでいた。


「……これは、故意的なモノと受け取って宜しいでしょうか?」


 筆頭の女性が握るバケツには、まだ多少の水が残っている。

 私はそれと地面の水溜りを一瞥して、そう言い放った。


 が。


「ええ。して悪い訳?」


 ……逆ギレ、ですか。

 未だ私を睨むと言うことは、相当恨まれている様ですね。


 いえ、妬み故……でしょうか。


「───何の訳があって、この様なことを?」

「あ?……そりゃアル君といちゃついてたからよ」


 ああ、やっぱり。

 群がる男子生徒の誰がアル君とやらは不明ですが……。


 多分最初に話しかけてきたあの雄豚と仮定して。

 その人間と仲良さげに話していたことが、どうやら気に触った様。


 確かに彼女達は、あの時外から私を睨み付けていた人達だ。

 白髪のリーダーは置いておいて、後ろの二人もそう言う了見でしょう。


「恋人……とかの仲だったのですか?」


 少し引っかかる事があったので聞いてみる。

 すると白髪のリーダーだけではなく、全員が声を荒げた。


「そんな訳じゃないわよ!!」


 ……は?

 と、声が出そうだった。


 彼氏を奪われた様な行為に妬むのは納得できる。

 でも彼女でも無いとするならば──────あ。


 ああ。そう言う事。


「もしかして、ファンクラブ───とか?」


 思い付いた言葉を投げかけてみると、彼女達が一瞬にして固まった。


「な、何で分かるのよ───」


 やはり図星。

 ていうか本当に居るのですね、そういう人達。


「彼女でもないのに、よくそこまで独占欲を高められますね」


 嫌味のつもりでそう、呟いてみる。

 帰ってきたのは期待した通り、怒号だった。


「───はぁ?!!ふざけてんの?」

「いえ。少し滑稽かと思いまして」

「……っ殺す!!その人を見下す喋り方ムカつくんだよォ!!」


 廊下に響き渡る怒号の数々。止まらない暴言。

 それに、後ろに居る二人の内、活発そうな女性がそれを止めようとした。


「あ、姉貴、もうそろそろやめた方が───」

「うっさい!黙っててッ!!」

「いや流石にこれ以上は先生が……」


 暴れる白髪の女性の肩を握り、逃げ出そうとするのだが。

 まだ暴走は止まらない。


 そこでもう一方の、大人しそうな子が動いた。


「先生に怒られたら謹慎どころじゃ済まないから……」


 肩を握り、暴動を抑えようとするモノ同士頷き合って。

 白髪の女性リーダーを、少しずつ引き摺っていった。


「お、おい!用件はまだ終わって無いぞ!」

「はいはーい、かえりましょうねー」


 少しずつ離れて行く三人組。

 だが遠くに行くにつれて、逆に大きくなって行く怒声に、私は溜息を吐いた。


「なぇシール!!!決闘だ決闘ッ!!!」

「……ほう」


 ずるずる、と。

 引きずられて行く最中に聞こえた単語に、私は興味を持った。


 続け様に彼女は叫んだ。


「私の名はリアルッ!!お前を殺す女の名だァァァ!!!」

「……はぁ、興味ないですが」


 廊下さえも震わせる様な大声。

 宣戦布告の声を振りまいて、彼女は校舎の影に呑まれて行った。


「一体、何だったんでしょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る