第21話
スピリドンとホラーツは活動団体棟へ移動していた。
ホラーツにスピリドンとバレても心配していたような殺し合いにはならず、拍子抜けしつつも腰を落ち着けて話お合うとしたのだが、
「意識はスピリドンでもリカルダの身体なのだから、足を広げて座るのはどうかと思う」
とおおいに視線を逸らしたホラーツに注意されたので、やめた。なにが悲しくて宿敵に所作を注意されながら話し合いをしなくてはならないか。
今は歩きながらこれまでのことを説明していた。
「復讐相手に会ってしまうとは、運が良いのか悪いのか」
「復讐、ってそんな大層なもんでもねえよ。ぜってえ殴るって決めてただけで。まあ、すっきりできたのは良かったけど。リカルダの身体を乗っ取っちまったのは運が悪かったんだろうな、やっぱり。
で、いつからリカルダが俺の転生者だって気付いてたんだよ」
「…………一回生のときだ。一緒に巨大スライムを倒したことがあっただろぅぐはッ!」
「あの時からかよ。てめえやっぱり見てたんじゃねえか。
正確にホラーツの
「分かってたならなんで何も言わなかった? 俺と再戦するって息巻いてたじゃねえか。こんな呪いじみた傷までリカルダの身体に残してさ」
親指で胸を指し示すスピリドンにホラーツはきょとり、と瞬きをした。あどけない十代の少年の
「我が宿命の
「生まれ変わりだけじゃなくて、記憶があることまで知ってたのに、か。
お前、けっこう常識があったんだな」
心の底から感心して言えば、ホラーツは頭をかく。
「敵対している訳でもなし、時が経って平和に人種融合が果たされた現代でさすがに殺し合いはせんぞ。手合わせ程度で済ませる」
「お前、けっこう常識があったんだな」
「に、二回言うほどか……? 我はいったいどんな奴だと思われていたのだ。
たしかに入学当初はリカルダの意思を無視してしまうこともあったが、もう改善されただろう?!」
「ああ、うん……、そうだったな。……お前は昔から自分より人のことを考えてたんだもんな」
「スピリドン?」
脈絡なく頭を下げたスピリドンにホラーツが怪訝な声を上げた。
「すまなかった。俺は愚かだった。
「……スピリドン。我の話を聞いていたか?」
「は?」
思ってもみなかった言葉を聞き、ホラーツに肩を叩かれ、思わず顔を上げたスピリドンの視界に呆れるホラーツの顔がある。
「このご時世に殺すわけなかろう。手合わせなら喜んでするが。
お前は許されぬと言ったが、誰にだ。言っておくが、我らは我らの事情で戦っていたのだ。それを正義と呼ぶならお前だとて正義だろう。我らは別段、人間憎しで戦っていた訳ではない。中にはそういった者もいたのだろうがーー少なくとも我と、我の周りにいた者達は違った。ただ人界を好きに歩きたかっただけだな。我は旅が好きであったからで、他は研究のためとか、商売のためとか、趣味のためとかであった」
「だったら、なおさら、俺のしたことは許しちゃいけねえだろ……!」
「お前は正々堂々、決闘で打ち破ってきたではないか。しかも一対一で。人界への威嚇のつもりで騙っていたとはいえ、魔族相手に一対一の決闘を申し込む見上げた馬鹿がいると皆一様に褒めいていたぞ」
「なんだよ、それ……。馬鹿って悪口じゃねえか……」
震える声には触れずに、ホラーツは続ける。
「決闘で敗れたのだから皆、悔いなど残すものか。だから、許すも許さないもない。お前が我に許しを請うというのなら、我は許す。
だが、違うのだろう。お前が許せないのは、お前自身なのではないか」
ホラーツの紅い眼がスピリドンを見ている。最期に見た紅とよく似た紅だ。夢でもずっと見てきた紅を見間違うはずもない。だから、
スピリドンはいつだって強すぎるその紅が苦手だった。自分自身のないスピリドンとは違って、きちんと意志の宿っているその紅が。
「――そうかもしれない。いや、そうだ。俺は、俺が許せない。だって、そうだろう、自分の意思で、ならともかく。勇者の称号を与えられたが、実際は
吐き捨てたスピリドンをホラーツは軽く笑い飛ばした。スピリドンが眉根を寄せて見せてもその笑いは引っ込まなかった。
「そうとも、どうしようもない。互いに争ったのははるかな過去のことだ。勇者スピリドンは死んだし、魔族を騙ったホラーツも死んだ。あれから二千年だ、当時勇者を恨んだ者の残留思念すら残っていない。だから気にするな。気にしたって仕方ないことは気にしないほうが良いぞ。時間の無駄ではないか」
「簡単に言うなよなあ。俺もお前も今ここにいるんだぜ?」
「そう言うのであれば問題は解決だ。我はスピリドンを恨んでいないからな。むしろお前はどうなのだ、お前を殺した我を恨んでいるか?」
スピリドンは力無く笑った。頼りない笑い声はそよ風にさらわれて消えていく。
「恨んでるわけないだろう。恨めるほどお前のことを知らなかったし。
むしろようやく、と思ったよ。死ねばもう誰も殺さなくて済むから」
ホラーツが弾けるように笑った。遠慮なしに叩かれる背中が痛い。
「ではそれでいいではないか! 我もお前が強いことしか知らなんだ! だからもう一度戦いたかったのだ!」
呵々大笑するホラーツが眩しいもののように感じて、スピリドンは眼を細めた。
「本当、お前ってやつは……羨ましいよ」
笑い声とは感染するものだ。ホラーツにつられてスピリドンも笑った。涙が出るほどスピリドンは笑って、それからまた頭を下げた。そして、真っ直ぐにホラーツを見る。もう、それほど紅を苦手には感じない。
「ありがとう、ホラーツ。
魔族のホラーツよ、どうか俺ともう一度戦ってほしい」
「もちろんだ、我が好敵手よ!」
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