第15話

 いつの間にやら夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ、と季節は移り変わり、また夏が過ぎ……と秋口に入っていた。

 気づけば風は冷たくなり、木々の色も赤や黄が混じっている。あれだけたくさんいた夏の昆虫たちもよくよく観察すれば秋の虫ばかり。草むらで小さな鈴のような涼やかなが聞こえるようになっていた。


「はっくちょん」


 リカルダは首をすくめた。

 毎日が目まぐるしく、学園に入学してからあっという間に一年が過ぎ、二年が過ぎ、リカルダは三回生になっていた。入学式が昨日のことのように思い出せるが、もう入学してから三年目だ。先輩、と呼ばれるのにも慣れた。

 リカルダの背も伸び、髪も伸びたが、一番の変化はあれだけうるさかった前世組まわりが落ち着きを身につけたことだろうか。

 リカルダを見ればまとわりつき、時には歯をむき出して言い争いを始めていたノエル、ホラーツ、ヨンナの三人は長い付き合いの中でそれぞれの存在に慣れたようで、他の生徒たちと変わらない態度で付き合うようになっていた。

 平和なのは良いことよね、とリカルダは図書館への道を行く。

 未だ将来の夢を見つけられないリカルダであったが、やはり知らないことを知るのは楽しかった。調べるのに適した図書館通いが趣味になっていて、司書にも常連として認識されている。研究熱心で大変よろしい、と考古学の教授にも褒められた。


「ラスコン氏は研究に向いているのかもしれないね」


 と柔らかく笑った考古学のハーフェラール教授の言ってくれた言葉が忘れられないでいる。一生を賭してやり遂げたいと思えるものには未だ出会えてはいないのだけれど、研究職、いいかもしれない。

 リカルダは浮足立っていた。が、スキップすらしだしそうに己に待ったをかける。

 まだまだ将来の夢というにはあまりにもぼやけているものだ。胸を張って堂々と宣言できるようになるまで、浮かれるのは早い。堂々と宣言できるようになったらなったらで、うるさくなるような気もするが。


(考古学の教授せんせいに研究職が向いてるって言われたからって、研究者を目指すかも、なんて言ったらなんて言われるか……)


 眼を輝かせた考古学者志望のホラーツが脳裏に走り込むようにして現れたので、リカルダは頭を振ってその幻覚を追い払った。


(別に、あいつと一緒の職に就きたいってわけじゃないのよ、たまたまハーフェラール教授に褒められたのが嬉しかったって、それだけで……)


 無事に本を返し終え、リカルダは学園の広い廊下を歩いて行く。入学したての一回生がちまちまとその辺りを歩いている。その初々しさを微笑ましい気持ちでもって見守り、通り過ぎていく。


(私も入学したてのころは先輩たちにああ見えてたのかしら)


 微笑ましい気持ちそのままでリカルダは入学当初の自分を思い出してみた。

 入学早々前世の宿敵に声を掛けられて見事なアッパーをかまし。その後は求婚され。前世の仲間に見つかってやはり騒ぎになり。その後は兄を巻き込んで騒ぎを起こし。ちょっとかっこいい先輩がいたと思えば前世の仲間で。前世の自分の真似をされていて。


(ロクな目に遭ってない……。う、ううん、もう少しマシな、良い思い出もあるはずよ!)


 リカルダは気を取り直してさらに思い出してみる。

 ちょっと将来を不安に思って。それからなんにでもなれると言われて。少しだけ、そう少しだけ未来への展望が開けた気がした。


(……まあ、悪いことばかりでもなかったわよね)


 誰にともなく咳払いをして、リカルダはふと視界の隅にいた一回生に眼を止めた。

 まるで人形のように可愛らしい少年が、困り顔であたりを見回している。不安に揺れるその眼にリカルダは迷子かしら、と声をかけた。

 その親切が嵐を呼ぶとは知らずに。


「君、一回生よね。迷子になってるなら案内するけど」

「ありがとうございます」


 一回生の髪が窓からの光を反射して光輪を作っていた。目の覚めるような美少年だ。

 美術品のごとく可愛らしい一回生はリカルダに微笑みを返した。


「おや、こんなところであなたに会えるなんて、これも神のお導きでしょうか。久しぶりですね、スピリドン」

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