第47話
アレクの朝は早い。
夏は朝日が昇るころに、冬は朝日が昇る前に起き出す。実家にいたころからの習慣だ。
今日も朝日が顔を出すと共にに眼が覚めた。
あくびをもらしつつ、イザングランのベッドを見たがカーテンは引かれておらず、昨日の夜に見たままだ。
イザングランが部屋に帰ってくればきっと起き出して謝罪をするつもりだったのだが、アテのハズレたアレクはため息ひとつをこぼして、着替えを始めた。
いつもなら脱衣所で着替えるのだが、イザングランがいないのでそのまま着替えてしまう。着替えは脱衣所でしろ! と怒られたときを思い出して笑みがこぼれた。
今日の早朝バイトは薬草園の水やりに、厨房が管理している鶏の餌やりだけだからすぐに終わる。時間が余れば、久しぶりに読書がしたかった。もちろん、イザングランと一緒に。
「無理だよなー……」
バイトが終わったあと、誰もいない図書館でアレクはひとりごちた。
***
アレクが図書館でひとりごちる前。
イザングランはミゲルの部屋で静かに、深く落ち込んでいた。寝不足の証であるクマがはっきりと眼の下に鎮座している。
ミゲルは同室のマルコ・インケリと顔を見合わせた。
昨日、不機嫌な様子で突然にやってきて、保健室から退室できたんだね、おめでとう! と言祝ぎの言葉をかける間もなく、部屋の一角を陣取って座り込んでしまった。
当然、いったい何があったのかと、ミゲルは声をかけた。
体調や、実習内容に関しては言葉少なに返答があったものの、アレクに関する質問は沈黙が返ってくるばかりで、なるほど、アレクとなにごとかあったのだな、と見当をつけたものの、だからといってどうすることもできず、無難な声かけしかできなかった。
「なにがあったか知らないけど、アレクと早く話し合ったほうがいいと思うよ」
「僕は悪くない」
と、こういった次第であったので、ミゲルはイザングランとアレクがケンカをしたのだと理解した。
夕食に連れ出したときに、たまたまアレクと一緒になったのだが、いつもは隣か向かいの席に座るイザングランが、その席をマデレイネとミゲルに無言で譲り、自分はアレクと会話をするでもなく、食べ終えたあとは再びミゲルの部屋に戻っていた。
イザングランと友達になってから初めての事態にミゲルはおおいに焦っていた。
しかし、下手に手を出せばさらに
「おはよう、イザングラン。……その、よく眠れた……わけないよね……」
「……すまない、わざわざベッドを譲ってもらったのに」
「謝らないでよ! 枕が変わったら寝付けないとか、よくあることだし!」
「……うん」
イザングランは消沈した様子で返事をした。イザングランに耳と尾が生えていれば、力なく垂れ下がっていることだろう。
精神的にも身体的にも状態は最悪に近いだろうに、イザングランは制服を着て部屋を出ていった。
朝食を食べに行ったのだろう。そのあとはおそらく日課の図書館に行くはずだ。図書館にはアレクもいるはずだから、そこで話ができれば仲直りできるはず!
ミゲルはきっとそうに違いない、そうでありますように! と祈りを捧げて、身支度を済ませた。
「マルコ、朝ご飯を食べに行こう! そんで、朝読書をしに図書館だ!」
「んえー? やだよ。オレは朝メシ食ったら授業が始まるまで寝てたいタイプだもの」
「そうだった! マルコは単独行動が平気なんだった!」
「でも
「そしてちゃっかりしてる! ……イイヨ……」
イザングランを泊めてくれた同室の頼みだもんね、としょんもり肩を落としたミゲルが食堂へ行けば、昨日と同じように微妙な距離を保ったままのイザングランとアレクが朝食を食べていた。
しかし、二人の間に会話はない。目元にクマをこしらえたイザングランと違って、いつも通りに視えるアレクに挨拶をされて少し気まずい。案外と、この二人はイザングランが話し始めなければ会話をしないのだな、と知らなくてもいいことを知ってしまった。
朝食を終えたアレクが「このあと図書館へ行くけど……」と、明らかにイザングランを誘っている発言にもイザングランは無反応で、どちらにも気を使ったミゲルは「行けたら行くね!」としか返せなかった。
残念ながらマデレイネは昨日の夜から実験棟に泊まり込むと聞いていたので、今のミゲルは全面的にイザングランの味方はできないのである。まるで教訓話に出てくるコウモリになった気分だった。
そんなミゲルのないsンを知らないイザングランは、図書館に行くアレクの姿が食堂から完全に視えなくなってから行動を開始した。
風のない日に降る雪のように静かに歩いて図書館に向かい、アレクから死角になる、けれどこちらからはアレクの姿が見える席に座る。アレクが絡まれたりでもしたら、すぐにでも駆けつけるためだろう。
そんな気を利かせるくらいなら、早く仲直りしなよ! と叫びだしたいミゲルである。
その後も万事が万事そんな様子で、授業中も微妙な距離を空けて座り、無視をするわけではないが、事務的な会話で終了し、普段の和気藹々とした空気は一切ない。
そんな二人の近くに座っていたミゲルは、胃痛になるかもしれない、とまだ痛まぬ腹をさすった。
それから数日が経ったが、イザングランはまだミゲルの部屋で寝泊まりていた。日中、アレクと行動するのはほとんどがマデレイネで、心配になったミゲルがいいの? とイザングランに確認を取ったところ、イザングランからマデレイネに頼んだとのことだった。
自分が側にいなかったことで、アレクが変な輩に絡まれたことがあるから、と不本意です、無念です、と表情に出して話してくれたのだが、そんなに悔しいのならさっさと仲直りしなよ、と何度目か分からない感想を抱いた。
アレクにも、イザングランの様子を聞かれるので、それを本人にも伝えているのだが、嬉しそうな様子を見せるものの、仲直りに行こうとはしない。
自分は悪くない、の一点張りだ。もはや意地になっているのだろう。
この状態でも、生活技能修練課にきちんと顔を出し、講師にアレクを呼んでいるのだから、いっそ拍手したい。二人きりの空間で、会話のない気まずい時間を過ごしているのだろう。想像しただけで震えがくる。
もう仲直りしちゃえよ! と何度叫び出しそうになったか知れない。実際、何度か口からこぼれた。
それで平気なのかと思えば、しかしイザングランは憔悴し切っている。
たてば幽霊、座ればゾンビ、歩く姿は
アレクにもそれとなく仲直りを促してみたのだが、
「イジーが話したくないなら仕方ない」
と、どこか諦めていて、アレクからの話し合いは望めそうもなかった。
さりとて、意地を張っているイザングランからの歩み寄りも難しい。二進も三進もいかない現状にミゲルは頭を抱えた。
「マルコ!! どーすればいいと思う?!」
「なるようにしかならないんじゃね~の?」
「それはそうなんだけどさー!」
マルコのもっともな意見に、けれどミゲルは肯く訳にはいかなかった。
万が一にもこのまま二人が仲直りできなければ、イザングランの淡い恋心はおろか、アレクとイザングランが築いてきた友情すら壊れてしまうかも知れないのだ。
余計なお世話だと言われたってなんとかしたかった。マデレイネと仲良くなれたのだって、イザングランのおかげなのだ、ささやかながら恩返しをしたかった。
しかし、
かつて、姉と兄のためにしてきたアレやコレやを思い出しては、アレもダメ、コレもダメ、と身をよじるしかない。
そんなミゲルを見かねたマルコは仕方ないな、と肩をすくめた。
「上手くいくかはわからんけど、こういうのはどうだ?」
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