2
平八郎の事件があってから、はじめての非番の日となった。舟戸欽助もともに非番だったので、夕刻、誘われるままに弥市は欽助とともに飲みに出かけた。
屯所のある壬生近辺は寺院と田圃、それに壬生郷士の屋敷ばかりがある静かな一帯だ。しかし四条通りを東の方へ進んで四条大宮の辺りまで行けば、居酒屋の旗竿のひとつやふたつは風にあおられている。
時刻が早いせいか、客は少なかった。
「お銚子三本、熱かんで」
「へえ、おおきに」
欽助が店の親父に注文すると、酒とお通しはすぐに来た。続いて欽助は、何かを注文していた。
「ところで岩田
酒を勧めながら開口一番、欽助は言った。
「ええ、まあ」
「もうそのことは、考えても仕方ないじゃないか。あれは事故だったんだよ、事故」
「うん、そうかなあ」
手の中の猪口を見おろし、弥市はため息をついた。
「もっと彼の心の中を、聞いたればよかったんや。あの人、言うに言んで、そんであんなことを」
「うん、たしかにねえ、俺もびっくりしたけどねえ」
「今さらこんなことを言うたって、はじまらんけどなあ」
「でも、本当にそれだけかい?」
「それだけとは?」
「おぬしが元気がないのは」
「うん」
杯を干してから、少し間をおいて、弥市は言った。
「どうも場違いな所へ来てしまったんやないかという気がしてな」
「何を言うんだ」
欽助は笑った。しかし弥市は真剣だ。
「あ、ここの田楽なすは絶品なんだ。さあ」
「舟戸さん」
弥市は猪口を置いて、まっすぐに欽助を見た。
「おらあね、武士になりとうて新選組に入ったんやよ。そんで武士になった。でもこの厳しさには、ついていけそうもないんやよ」
「また弱気なことを」
まだ笑いながら欽助は、弥市に銚子を傾け、そのあと自ら手酌をした。
「俺らは、また新米なんだ。そのうちどんどん新しいのが入ってきて俺たちも先輩になりゃあ、待遇も変わるだろう。もうちょっとの辛抱だよ。幹部になれば、営外居住もできるんだ」
「そういうことやないんやよ。待遇がどうのこうのってことやないんやよ」
弥市の言葉に、力が入った。
「待遇はたしかにいい。俺は新選組に入ってはじめて、白い米の飯を食うた。でも問題は、そんなことやないんやよ。武士というものについてけるかどうかってことなんや。人を斬らなければ斬られてしまう世界……。俺は武士がそんなものやとは思っとらんかったんやよ」
「それが本当の武士だろ」
「本当の武士?」
弥市は顔をあげた。欽助はあくまで穏やかだった。
「そうだよ」
「じゃあ昔から俺のまわりにおったんは、本当の武士やないんやってか?」
「ああ。今の武士は武士というより役人、官吏だ。時間を売って俸給を取るってやつだよ。決められた時間、お城とかに出仕していればいいんだものな」
たしかにそれが三百年の泰平の中で、そうなりはてた武士の姿だ。彼らは刀を差してはいるが、手入れと磨ぎ以外では終身刀を抜くこともないだろう。
「今までの世は、それでよかったんだ。それより岩田氏、杯がちっとも進んでいないじゃないか」
言われて仕方なく干した杯に、欽助は酒を注いだ。
「しかし今は動乱の世だ。戦国乱世の再来だ。しかも相手は国内の敵じゃなくって、
「でも俺は、本物の武士やない! 百姓やよ!」
そこまで言ってから、弥市はあることを思い出した。
「それに近藤局長や、土方副長も」
言ってしまってから口をつぐみ、弥市は慌ててあたりを見まわした。局関係者は、店の中にはいないようだった。弥市は声を落とした。
「近藤局長や土方副長も、百姓の出とか」
「あ、そのことか。公然の秘密だな、隊内では。俺もこの間まで知らなかったけど。しかしねえ、だからこそなんだよ」
「え?」
「へい、田楽なす、お待ちィ」
店の親父がいい香りのするなすを運んで来たので、会話が一時とぎれた。
「お銚子は? もっとおつけしまひょか?」
「じゃあ、あと二本」
「へえ、おおきに」
親父が行ってしまうと、弥市はさっそくもとの話題を続けた。
「だからこそって? 近藤局長が百姓だったら、何がだからなんか?」
「土道だよ、士道。本物の武士じゃないだけに、よけい士道にはうるさいんだ。士道に背いたら切腹だぜ。こんな厳しい士道は、今どきの武士の間にはありゃしない。よっぽど不祥事を起こして切腹ということになってもだなあ、今どきはかたちだけ木刀を腹に当てるだけだよ」
「ほんとか」
「ああ、今の武士には士道なんてない。でも彼らは本物の武士じゃないから、つまり門閥とか家柄とかがないから、士道に寄りすがるしか武士になる手立てはないってことだ。つまり本物の武士じゃないだけに、本物の武士以上に武士らしくなろうとする。わかるか?」
弥市は小首を傾げ、杯をあけた。欽助がすぐに酌をする。弥市も返杯をしてから銚子を置いた。
「武士やないから武士らしいって」
「それが御時勢ってことだ。泰平の世じゃ無理なことだろうな。秩序が何によりも世を支配しているからな。しかし今や動乱の世だし、こんな時こそ武士じゃない所から最も武士らしい人が出たりするんじゃないのか」
そう言われてみればたしかにそうだ。しかしそのことを自分自身にもあてはめて考えることは、今の弥市にはできない。
「たしかに局長たちはそうかも知らん。でも俺までもが本物の武士以上に、武士らしくなれるなんて……」
考えられないのだ。だから弥市は下を向いた。
「ほら、飲んで、飲んで」
しきりに欽助は杯を勧める。
「非番の時じゃないと飲めないんだから」
「そう言うおぬしこそ」
力なく言ってから弥市は欽助に酌をし、田楽なすをつまんだ。
「いいか、岩田氏。せっかく武士になりたいと思ったんだ。どこかの藩の官吏となりきったふぬけた藩士になった方がよかったかい? 違うだろう。本物の武士以上の武士になったほうがいいじゃないか。だから新選組に入ってよかったんだよ」
今度は欽助がなすをつまむ。弥市はまだ首をかしげていた。
誰もが寝静まっていた。弥市はまた平八郎のことを考えて、眠れずにいた。
なぜ、脱走したんだ。そのことばかりが気にかかる。夜中に彼は、そっと屯所を抜け出したのだった。しかもそれを人に見られていたのも知らずにだ。
そしてその平八郎を、自分が殺した。脱走を許さない新選組の手先として、彼の脱走を裁いたのは自分だった。許してくれ、逃がしてくれと彼の目は訴えていた。そんな彼を殺した。
「あれは事故だよ、事故。おぬしが殺したんじゃない」
欽助そう言っていたが、納得はできない。弥市は平八郎に対して、つくづく済まないと思った。平八郎、許してくれと布団の中で、そして心の中で何度も叫んだ。
その時、障子が開いた。弥市は慌てて布団の脇の大刀を構えた。まわりで寝ていた人たちも、同じように刀を構えている。夜中、隊士が寝静まってから剣術指南方がこっそり隊士の寝所に忍びこみ、夜撃ちの形で寝ている隊士たちに稽古をつけることがたびたびある。皆もう慣れてしまっていた。
ところが意外にも、
「出動だ」
の、声がかかった。夜襲稽古ではなかった。皆刀を納め、慌てて身仕度にとりかかった。
縁側には、幹部の斎藤が立っていた。
「長州藩に身を寄せて大坂に火につけようとたくらんでいた不逞浪士たちが、西本願寺にかくまわれているという情報が入った。今から急行する」
斎藤は落ち着いて指示を下し、十名ほどの隊士を指名した。弥市も入っていた。
指名された十名は一斉に浅葱のだんだら羽織を着て、赤地に「誠」一字を染め抜いた隊旗を先頭に、小走りで綾小路を東走した。大宮通りを越えて堀川通りで右折しそのまま南下、すぐに右手に西本願寺の大鼓櫓の影が見えてきた。夜間なので人通りは全くない。
斬り込み隊の先頭は斎藤。大鼓櫓脇の小門を、斎藤は一気に蹴破った。小僧が何ごとかと、慌てて駆けて来る。それを素手で横殴りにした斎藤は、庫裡に向かって大声で叫んだ。
「新選組、御用改めである!」
たちまち庫裡の濡縁の上の雨戸が中から蹴倒され、抜刀した浪士達が叫び声とともに飛び出してきた。
「会津候御預り、新選組である。役儀により改める!」
「こなくそ!」
浪士のひとりが斬りかかってきた。
「おまんらのせいで、尊皇の志を打ち破られてはたまらんぜよ。やれッ!」
浪士たちの白刃が、闇の中で一斉に振りかざされる。長州に身を寄せていた土佐浪士のようだ。境内はたちまち修羅場となった。
弥市も刀を抜いた。しかしこちらから斬りかかるまでもなく、立っているだけで相手の方から斬り込んで来る。
顔面に飛び込んで来た白刃を、思い切りすり上げた。金属音とともに火花が散った。相手の胴があいている。すかさず横に払う。まさしく斬らなければ斬られるという状況だった。
妙に度胸がすわっていた。まわりの音から聞こえない。真剣を使っての荒稽古が功を奏し、彼に度胸を与えていた。
相手は一人ではない。すぐに別の者が右側から斬り込んで来る。篭手を狙って来た。それも刀の重さで叩き落とし、逆に相手の篭手を撃つ。その右手首は刀を握ったまま、血しぶきとともに地に落ちた。
そこでひと呼吸いれる暇もなく、振り向くと別の男が大上段に構えている。しかしその男は、弥市の仲間に背後から袈裟懸けに斬られた。前に倒れてくるのでその胴を払った時、弥市は横面を襲撃された。首を倒してなんとかまぬがれたが、相手の刃は弥市の左頬をかすった。
顔に手をあてると、温かい血が手の指にべっとりとついた。すでに全身に浴びている敵の冷たい返り血ではない。今度は自分の血だ。
とたんに弥市は逆上した。斬った相手をとことん追いつめようとした。彼の形相はほとんど鬼のそれであった。
斬り合いの場から離れ、寺の伽藍の欄干の下まで押して行った時、弥市の顔が光に照らされた。寺の僧が数十人、提灯を手に欄の上にやって来ていた。本願寺は床が高く、地に立つ人の頭上あたりが欄干の下となる。
弥市が僧たちに気をとられているうち、相手の浪士は弥市に背を向けて逃げだした。
「卑怯者!」
あとで考えたら、よくもこんなことばが出たものである。弥市は叫んでから逃げる男の背を、袈裟懸けに斬りつけた。
だが、斬れない。刀に油がまいている。
ただの鉄の棒に背を打たれた男は、よろめきながら闇の中へ消えて行こうとした。弥市の顔が僧たちの提灯で、明るく照らされた。男は遠くから一度だけ振り向いて、そんな弥市の顔を見ていた。
それぞれ刀を納める音を響かせながら、隊士たちは提灯を持つ僧たちのもとに集まって来た。誰もが羽織を血で真っ赤に染め、肩で息をしていた。
戦いは終った。弥市も大きく息を吸って、刀を納めた。
「これは異なこと。いかなる事態でござろうや」
身分のありそうな僧が欄干の上から、低い声でゆっくりと言った。
「ここはみ仏の聖域でござるぞ」
斎藤が一歩前へ出た。
「会津候御預り新選組副長助勤、斎藤一と申す者でござる。先月、大坂ぜんざい屋に集結して不逞を働こうとして捕らえられた者の残党が、ここにかくまわれているという知らせがござった。それ故の御用改めでござる。御不服があれば、会津候に申し出てられよ」
斎藤はその場をあとにしようとした。僧たちは欄干の上でざわめいている。もう一度、斎藤は振り向いた。
「ただし申し出られれば、本願寺が不逞浪士をかくまっていたという事実も、明るみに出ますぞ。何しろお西さんは長州びいきで、不逞浪士の温床となっているという噂が立証されるわけですからな。そうなるとかねてから申し入れている通りに、ここが我々新選組の屯所となる日も近いですな」
斎藤は大笑いして
堀川沿いを上って行くうち、そばに斎藤が寄って来た。
「おお、岩田。怪我したか。おぬしもだんだん一人前になっていくな」
何をもって一人前というのか、弥市には分からなかった。今日は三人も人を斬った。刀に油がまかなければ、もっと斬っていただろう。人を一人斬るごとに、一人前になっていくのか。ここはそういう世界なのか。
人を斬るのは殺人ではない。天下国家のための天誅なのだ。夜道を歩きながら自分にそう言い聞かせるのが、今の弥市にとっては精一杯だった。
二月も末というのに二、三日前から寒の戻りで、布団の中に入っても寒さで震えてしまう日が続いた。
夜中にけたたましく、馬が屯所から出て行った。馬は一頭だけのようだ。寝床の中で弥市は、そんな音を聞いた。しかしそれきり、出勤命令は来る気配はなかった。
小雨がぱらついていた翌日、隊内に妙な噂が流れた。また脱走者が出たという。それだけならばよくあることだ。たいていはたちまちのうちに捕らえられ、その場で斬られるか、連れ戻されて切腹だ。
しかし今度は普通の隊士ではなく、大幹部の内の一人が脱走したのだという。本来なら幹部間の機密に属するこのような情報も、平隊士の口に戸は立てられない。
弥市はそれが誰なのか気になって仕方がなかったが、表だって人に聞くわけにもいかない。密かに訪ねても、噂以上のことを知っている者はいなかった。
昼過ぎには噂は具体性を増していき、その大幹部は大津で沖田に追いつかれて連れ戻され、今ではこの前川邸の角部屋に監禁されているのだとも言われた。
隊士の間では、幹部といえども隊規違反は切腹だろうという声と、ただの幹部ではなく大幹部というからいくらなんでもという声とが、まっぷたつに分かれてささやかれ合っていた。
次の日は快晴で、春らしい陽気が漂っていた。
もし噂が本当だとすると、脱走した大幹部はこの同じ前川邸内にいることになる。しかしその監禁されているという角部屋には、平隊士などはとうてい近よれるような状況ではないだろう。またその勇気も弥市にはなかった。
今日は非番でもあるし、少しでも気を晴らそうと思った弥市は、欽助とともに出かけることにした。
邸の西側、坊城通りに面して通用門はある。非番の外出はいつもそこからだ。その通用門の右手の壁ぎわに人がうずくまっているのを、外出しようとした弥市は見ているようだ。少し歩いてから、弥市はふと足を止めた。弥市たちの歩みにも女は全く気をとめる様子もない。出格子の窓の中からも手が出ていて、女の手をしっかりと握っていた。
はっと気づくことがあったので、弥市はそっと窓の中をのぞいてみた。たしかこの窓は、角部屋の窓のはずだ。はたして窓の中にいたのは、なんと総長の山南敬助だった。
脱走したのが大幹部だという噂は、やはり本当だったのだ。しかもそれがあの山南総長だったなんて。
弥市が角部屋の窓から見たのは新選組組長としてではなく、一介の捕らわれ人としての山南の姿だった。いぶかる欽助をよそに、弥市の足はその場に釘づけとなり、一寸だに動かなくなっていた。
弥市はにとっては、あの夕暮れの坊城通りで接した山南の暖かさが、頭から離れなかった。そして脱走したのが総長という大幹部であるゆえに厳罰にならないことを、人知れず密かに祈っていた。
だが翌日、隊士は全員、八木家に隣接する壬生地藏寺の境内に集められた。
副長土方の発表によると、これからここで葬儀が行われるという。かなり大がかりな葬式となるような雰囲気だった。
そして誰の葬儀かということを聞き、弥一は耳を疑った。
総長・山南敬助の葬式だという。隊士全員が参列しての隊葬であったが、その死因については隊士には何ら知らされることはなかった。ただ、山南が死んだということだけは、隠しようのない事実であった。
壬生寺の境内に他の隊士たちとともに整列しながら、弥市は在りし日の山南のことを思い出していた。その山南はもう新選組に、そしてもうこの世にはいない。
ふと自分も殺されるのではないかという考えが、弥市の頭に浮かんだ。ここにいては早晩、かならず殺されるという気がしてきたのだ。
武士になりたくて新選組に入った弥市だったが、それは武士として生きるためであって、武士として死ぬためではない。自分はやはり、間違えてここに来てしまったのではないか。
そんなことを考えているうちに、山南の脱走について弥市の心の中に疑問が生じてきた。
僧の読経が始まった。その間弥市は、ずっと自分が感じた疑問について考えた。疑問は山南に対してだけではなかった。以前に脱走した平八郎をはじめ、何人かの脱走者についてでもあった。
平八郎は江戸の出身だった。だから江戸に帰ろうとした。しかも夜中に屯所を出て、その出るところを人に見られてしまった。夜中に屯所を出るなど、私は脱走しますという看板を首から下げて出るようなものではないか。
彼が捕まったのは三条大橋の東、三条白川橋畔だ。江戸へ向かう者なら、必ず通る道である。山南にしてもわざわざ江戸へ帰ると置き書きをして出たとも噂では言う。出たのが朝か午後かはわからないが、大津の宿場で一泊していた様子である。
他の脱走者も、皆大同小異だ。なぜなんだと弥市は思った。なぜすぐばれるような、そしてすぐ捕まるような逃げ方をしているのか。
ある者はやはり同じことを思ってか、すぐに郷里に向かわずに、京の市中に潜んでいたりもした。それでもその者は見廻り中の隊士に、呆気なく見つかってしまったのだった。
自分ならそんなへまはしない。ここまで考えて、弥市はハッと我に返った。自分なら…… そんなことを考えたことが我ながら空恐ろしくなり、慌てて他のことを考えようとした。
「新体制が発表されたぞ」
欽助がわざわざと知らせに来てくれた。一斉起床のあとの、朝食を待つまでの間のことだった。
「あ、そうか、今日か」
弥市は草履を履いて前川邸の中庭へ降り、裏木戸から坊城通りに出た。多くの隊士も、ぞろぞろとそれに続く。
裏木戸からだと、坊城通りを挟んだ向い側が八木邸だ。通りより少し奥まった所に、東向きに表門はある。その中の右手が玄関で、前方に細長く庭が伸びており、新体制の紙が貼り出されていたのは、庭沿いに縦に伸びる縁側の上だった。
大々的な機構改正の発表があると、かねてから弥市たち隊士は聞かされていた。貼り出された新体制の一覧表を見ると、「局長 近藤男、副長 土方歳三」 ここまでは変わらない。そのあとかつて山南が就いていた総長という職は廃され、その次は「参謀 伊東甲子太郎」となっていた。伊東というのは弥市とほぼ同期に入隊した者だが、近藤の招きでその配下数十人を連れての入隊で、たちまち幹部になっていた。
以下、それまでの副長助勤という役職は廃されていた。かわりに隊士は一番隊から十番隊までの十個の小隊に編成され、小隊長を組長と称し、かつての副長助勤がそれに当たっていた。教導部隊ともいえる一番隊組長は、副長助勤筆頭だった沖田総司だ。さらに小隊は五人ずつの二つの分隊に分けられ、分隊長は伍長と称されれていた。フランス式兵制を大幅に取り入れているというが、弥市にはそのようなことは分からない。ただ、五人の隊士をひとまとめにして伍長に統括させるあたりは、百姓の五人組を連想させないでもなかった。
「あれえ、岩田
欽助に言われてよく見ると、たしかに弥市は五番隊、欽助は六番隊だった。五番隊の組長は武田観柳斎と書かれてあった。伍長は近藤芳祐と久米部正親。ともにまだ名前と顔が一致していない人たちだ。剣術指南方もこれまでの沖田、永倉、斎藤、田中、吉村に加え、伊東の一派の池田、新井という者も加わり、幹部としての列に座していた。弥市の組長の武田は、文学師範ということだ。
弥市はなんとなく、薄ら寒い思いがした。五番隊隊士という肩書きが、これからあとつくのである。新選組という組織のからくりの歯車のひとつになるのだと実感した。
冗談じゃないと思った。
――もし自分なら――
脱走に関してのそんな思いが、彼の中で再び頭をもたげはじめた。
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