第5話 化け物

「左腕から二本目が生えた時点で予測しておくべきだったか」


 内臓を損傷し吐血しながらも、ダミアンは平静を崩さず冷静に分析した。


「村長は私のとっておきだからね」


 カリーナの余裕の源は多くのゾルダードを寄生させ、人の姿の兵器と化したエルネスト村長の存在だった。ダミアンがこれまでに切り伏せて来た村人とは格が違う。

 エルネスト村長の胸部も変形を始めた。さらにスクアドラの一撃が来る。膠着こうちゃく状態が続いても得はないと判断し、ダミアンは動いた。


盗寧土トルネイド


 ダミアンは腹部に突き刺さるスクアドラが内臓を傷つけることも厭わず、体のバネを使って強烈に切り上げ膠着を解いた。即座にバックステップを踏んで距離を取り、エルネスト村長の胸部を突き破ったゾルダードの一撃を回避。「盗寧土」発動のねじりで傷口が広がったことで、バックステップを踏むだけで、一本目の刀身は簡単に体から抜けた。


「勇敢だね。見てる方が痛くなりそう。だけど、刀身が刺さったままそんな無茶な動きをすればもう長くは……」


 言いかけて、カリーナは開いた口が塞がらなくなった。大量の出血を伴って刀身から外れたダミアンの腹部からは、すでに出血の滴りが治まりつつあった。血塗れで分かりにくいが、大きく損傷したはずの腹部の傷はずいぶんと小さく見える。まるですでに回復しているかのように。


「自分だけが特別だと思っている。魔剣士の典型だな」


 説明してやる義理はないので、ダミアンはカリーナに対してそれ以上は何も言わなかった。ダミアンの持つ妖刀「乱時雨」には、刀身および使用者の損傷を修復する能力を持っている。普通の人間には出来ない無茶苦茶な戦い方が出来るという点では、ダミアンもスクアドラに寄生された者たちに負けていない。


「……出し惜しみはなしよ。ぼろ雑巾にしてやりなさい、村長!」


 異様なダミアンに対して危機感が芽生えはじめたカリーナが、恐怖を振り払うかのようにエルネスト村長へ命令した。


 命令を受けたエルネスト村長は体中の筋肉が歪な変形を始める。背面にはまるで恐竜の背びれのようにスクアドラの刀身が生え並び、つま先や膝からも鋭利な刀身が飛び出した。もはや全身が刃物といった様相で、体は人間の形を保った部分の方が少ない。唯一人間らしさを残すのは、宿主との結びつきである脳幹のある頭部のみだ。残された人間らしさこそが、剣の怪物と化したエルネスト村長の唯一の弱点となった。


奪首ダッシュ


 静かに、呼吸を合わせるように、一瞬でダミアンはエルネスト村長の背後を取っていた。刀身の先から真新しい血液が滴り落ちた瞬間、エルネスト村長の首が飛んだ。

 脳幹との繋がりを断たれたことで軍勢剣スクアドラは形状を保てなくなり、全身の刀身が次々と自壊。歪に変形した肉体部分だけが残されたエルネスト村長の亡骸は、原型を留めぬ肉塊と化していた。


 一瞬の出来事に、統率者たるカリーナは状況に理解が追いつかず、焦りから顔に脂汗を浮かべていた。


「兵士は全滅した。次は指揮官が前線に立つ番だ」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。今に至るまでにはやむにやまれぬ事情があったの。釈明ぐらいはさせてよ」

「興味ない。お前が魔剣を手にしている。斬る理由はそれで十分だ」


 刀を手に悠然と歩みを進めるダミアンの姿が、カリーナには死神のように見えた。圧倒的な迫力を前に、カリーナは恐怖に表情を引きらせながら後退っていく。


「こ、来ないでよ!」


 喚き散らしたカリーナがダミアンに背を向けて逃げ出した。逃す気はないと、ダミアンは自慢の俊足で後を追った。


「何てね」


 逃げ出したのは戦う意志がないと思わせるためのカリーナの芝居だった。振り向いたカリーナは、迫るダミアン目掛けて統率剣バンデーラで刺突した。短剣ゆえに刀身はダミアンに届かないが、代わりに刀身に巻き付いていた鋭利なスクアドラの寄生体が分離し、鋭利な尖端が次々とダミアンへ襲い掛かった。ダミアンは咄嗟に数本を切り落としたが、落とし切れなかった一本のスクアドラ寄生体が右の首筋を直撃。即座にダミアンの体へ寄生し、太い管が首筋の内部を這いあがっていく。


「私を見くびるからそうなるのよ。完全支配には時間がかかるけど、スクアドラを打ち込まれた時点で抵抗の意思は無くなる。後はじっくりじっくりあなたの全身にスクアドラを寄生されれば、私だけの最強のナイトが誕生――」

「この程度で勝ったつもりか?」


 エルネスト村長を越える最強の手駒を手にしたと確信し、笑顔で勝ち誇るカリーナの自信をダミアンは容易く打ち砕く。


 ダミアンは寄生体の管が脳幹に届くよりも前に、スクアドラ寄生体が侵入した首筋の肉に自らの右手を食いこませ、脳幹を目指すスクアドラ寄生体の管もろとも首筋の肉を引き千切った。頸動脈を傷つけたようで、ダミアンは首から激しく出血した。ダミアンの血で染まったスクアドラ寄生体が、首の肉ごと体の外へ引きずり出される。地面へ投げ捨てた寄生体は、ダミアンへ踏みつけられると消滅した。


「……寄生体を引き抜くために首の肉を千切るなんて、あんた正気?」


 脳幹に届く前に引き抜けば、確かにスクアドラの寄生を回避することが出来るが、そのために迷いなく首の肉を千切るなんてどうかしている。寄生が完了する僅かな間に決断することなんて出来ないし、そもそも寄生以前に出血で死んでしまう。


「気にするな。この程度の傷は直ぐに治る」


 言動に違わず、頸動脈からの激しい出血は徐々に治まりつつあった。乱時雨を持つダミアンだからこそ可能である、強引かつ確実な寄生の阻止方法だった。


「化け物……」

「否定はしないが、お前とて同類だ。罪なき者たちの人間性を消失させ、殺戮の兵士へと改造したうえ、自身は安全な場所から高みの見物を決め込む。これほど邪悪な存在を化け物と呼ばずに何と呼ぶ? お前の狂気の犠牲となった村人たちは人間だった。人の形を失った村長もだ。人の姿をしたお前と私だけが化け物だ。何とも皮肉な話だよ」

「く、来るなよ」


 カリーナは苦し紛れにさらにスクアドラド寄生体をダミアンへと放ったが、同じ手を何度もくらうほどダミアンは甘くはない。全ての寄生体を的確に切り落とすと、持ち前の俊足で一瞬でカリーナと間合いを詰めた。魔剣の能力を全てダミアンに見極められた以上、カリーナは邪悪なだけのただの人間に過ぎない。歴戦の猛者の早業には反応することすらできない。


再煉サイレン

「えっ?」


 瞬間的な二連撃で、カリーナの首と、バンデーラを握る右腕が宙を舞った。驚愕に目を見開いた死相は、自分の身に何が起きたのかさえも理解出来ていないようだった。激しい血飛沫を待ち切らす体は、力なく自身の作った血だまりへと倒れ込んでいった。


「統率剣バンデーラ。お前がこれまでに生み出して来た悲劇の連鎖は、今日ここで断ち切る」


 ダミアンはカリーナの右手が握っていたバンデーラを柄頭を刺突で強烈に一撃。埋め込まれていた魔石は粉々に砕け散った。同時に、バンデーラ本体は自壊し、刀身に巻き付いていたスクアドラ寄生体も溶けるように消滅していく。

 多くの善良な一般人の人間性を理不尽に奪い、感情無き殺戮の兵士へと変貌させる異端の魔剣はここに消滅した。もう二度と、このような悲劇が繰り返されることはないだろう。

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