第11話 激情
「ゼノンさん。私のことはいいですからラケスさんを!」
「分かった。頼むから間に合ってくれよ」
ラケスはダメージで意識朦朧としていたし、意識があったとしてもあの怪我では自力で泳ぐことは不可能だ。上着を脱いだゼノンがラケスを救出すべく湖へと飛び込んだ。
生き残りで最も強いラケスを排除したことで、遺跡の番人の意識は次にグレゴリオスたちへ向いた。
迫る死の恐怖からグレゴリオスは腰を抜かし、ロマノスを悪夢の渦中のように頭を抱えて
「お逃げ下さい旦那様。秘書としての私の最後の務めです。この命に代えても旦那様が逃げるだけの時間を御稼ぎします」
「……ティモン。お前」
「さあ、早く行っ――」
得物の双剣を構えた瞬間、容赦なく振り下ろされた肉切り包丁にティモンの体は一刀両断された。あまりにも一瞬の出来事で、死相にはまだ、恐怖や後悔さえも浮かんでいなかった。
「ひいいいいいいいいいいい――」
目の前でティモンが惨殺されたことでグレゴリオスの精神はいよいよ限界を迎えようとしていた。恐怖に顔を歪めて必死に後退るが、距離など稼げるはずもない。
「か、金なら払う。わ、私を見逃してくれ」
買収が通用するような相手でないことは分かっている。それでも彼が武器に出来るのは巨万の富以外に存在しない。
無情にも遺跡の番人は金銭に何の反応も示さず。じりじりとグレゴリオスとの距離を詰めていく。
「そ、そうだ。一緒にこの地下遺跡を出よう。外での生活の面倒は全て私が見る。一生遊んでくらせるぞ。殺しが趣味だというのならいくらでも生贄も手配してやろう」
あらゆる条件に耳を貸さず、グレゴリオスの眼前まで迫った遺跡の番人が巨大な肉切り包丁を振り上げた。買収に躍起になっているグレゴリオスは差し込む肉切り包丁の影に気付いていない。ある意味でそれは彼にとって幸せなことだったかもしれない。
「よし分かった! 君を私の後継者として――」
最大級の条件を言い終えぬまま、巨大な刃は無慈悲に脳天へと振り下ろされた。
巨万の富を築き上げ、金で解決しない問題はないと信じて止まなかった男の運命を、金の力は救ってはくれなかった。
二人分の返り血を帯びた遺跡の番人は次にカルタ村の住人であるロマノスへと迫った。自身を見下ろす巨体を見上げ、ロマノスは表情を引き攣らせていく。
「お前、本当にファウロスなのか?」
「……ロマノスおじさん?」
驚くべきことに遺跡の番人改めファウロスがロマノスの問い掛けに答えた。その巨体に相反し、声にはまだ年相応の幼さが残されている。
惨劇の連続に震えあがっていたアルテミシアもこの時ばかりは驚きが勝り、息を呑んだ。
「そ、そうだ。私だ、ロマノスだ。私のことを覚えているんだな」
意志の疎通が叶うと知りロマノスの表情に希望が戻る。知己として説得することも可能かもしれない。
「僕を迎えにきてくれたの?」
「そうだとも。この五年間辛かったよな。一緒に村へ帰ろう」
恐る恐るロマノスはファウロスへと手を差し伸べ、応じるようにファウロスも手を伸ばした。
「ふざけるな!」
「ぎゃああああああああああああああ!」
ロマノスの右手をファウロスは容赦なく怪力で握り潰した。右手は完全に破壊され原型を留めていない。
「お前が、お前が僕を井戸へ落としたんだろ! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!」
「……私が悪かった……村長の命令で仕方がなかったんだ……頼む、許してくれ許してくれ……」
「僕は知ってるぞ! みんなみんな、お前らが落としたんだ!」
ファウロスはロマノスの頭を鷲掴みにし、何度も何度も橋へと叩きつけた。血だまりが徐々に大きくなっていく。
「痛い……痛い……痛い……頼む、助けて――」
「助けてと泣き叫ぶ僕を、お前たちはどうした?」
頭を完全に潰してなお、ファウロスはロマノスの体を叩きつけることを止めない。人の体が肉塊と化していく様を目の当たりにし、アルテミシアは堪らず胃液を戻した。
「何だ、もう壊れちゃったのか」
すでにロマノスが死んでいることに気がつき、ファウロスは興味を失ったかのように死体をぞんざいに地底湖へと投げ捨てた。
ファウロスは淡々と巨大な肉切り包丁を拾い直し、アルテミシアの方へと振り向いた。目と目が合い、アルテミシアはこれから自分が死ぬことを悟った。
ファウロスはゆっくりとアルテミシアへと歩み寄って来る。ロマノスを
――私は探求はここで終わってしまうの?
歴史探求のため、命を懸ける覚悟でやってきた。それでもこんな運命はあんまりだ。まだ知りたいことがたくさんある。秘められた歴史を解き明かしたいという野心もある。死にたくない。終わりたくない。だけど、目の前に迫った巨体は抗う気力さえも奪う圧倒的な死の影だ。
「嫌……」
ファウロスがアルテミシア目掛けて巨大な肉切り包丁を振り上げた。
「
ファウロスは咄嗟に身を翻し、肉切り包丁を盾に強烈な刺突を受け止めた。
「お前……どうして?」
この時ばかりはファウロスも疑問を口にせざる負えなかった。確実に殺したはず。頭蓋を砕き、脳を潰した感触を確かに右手が覚えている。
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