第9話 ファウロス

 命からがら遺跡の番人から逃げ出したラケスらは、遺跡の深部へと足を踏み入れていた。現在一緒に行動しているのはラケス、アルテミシア、グレゴリオス、秘書のティモン、トレジャーハンターのゼノン、荷物持ちのルカ、カルタ村の住民のロマノスのたったの八人だけだ。


 他の者は広間の混乱の中、迷宮の方へと逃げていった。無事を祈るばかりだが、複雑な迷宮を、遺跡の番人の追撃を受けながら脱出することは難しいだろう。


「太陽光を拝めただけでもありがたいな」


 広間から長い一本道を進んだ先には、巨大な地底湖が広がっていた。この空間は天然の吹き抜けとなっているようで、遥か頭上から青空が覗き、差し込む天然光が全体を淡く照らしている。


 入り組んだ迷宮を移動したことで方向感覚が失われており、吹き抜けがどこへ通じているのかは皆目見当もつかないし、場所が分かったところで、残念ながら数十メートル上まで上る手段は存在しない。


「立派な神殿ですね」


 地底湖は中心に大きな橋がかかり、その先には荘厳な神殿のような建物が存在している。あれこそが遺跡の最深部たる当時の権力者の墓であろう。他にも地底湖の周りには手彫りされた横穴が多数確認出来る。探索出来る場所は多そうだ。


 広間側にいるのは危険だ。一向は少しでも距離を取ろうと、いったん橋の中腹まで移動した。


「あの怪物も直ぐには追いつかないだろうが、ここへやってくるのも時間の問題だ。今のうちに今後について考えておこう」


 隊長であるグレゴリオスがすっかり意気消沈している今、負傷を押してラケスがリーダシップを発揮していた。今戦えるのは負傷したラケスと、ティモン、ゼノンの三人だけだ。再び遺跡の番人と遭遇したら今度こそ全滅する。戦い以外に何か生存の方法を見つけなくてはいけない。


「迷宮の順路は記憶してるが、引き返したところであの怪物と鉢合わせするのが関の山だろうな」

「だが最終手段はやはり迷宮から脱出する以外にないだろう。トレジャーハンターのおっさん、その時は頼んだぜ」

「お前……」

「あくまでも最終手段だよ。そう気負うなって」


 頼んだという響きでゼノンは直ぐにラケスの真意を悟った。


 もしまた遺跡の番人と遭遇した場合は、ラケスは囮となって他の者が逃げられるだけの時間を稼ぐつもりだ。負傷しているとはいえ、この中で一番戦えるのはやはり傭兵であるラケスだが、一対一で遺跡の番人と相対せば待ち受ける運命は必死だろう。ラケスはすでに自己犠牲を現実的な選択肢として考えているようだ。


「……こんなところで死にたくない。金ならいくらでも払う。誰でもいい、誰か私を助けてくれ」

「現実を見ろよおっさん。金で解決できる問題なら万々歳だが生憎とそうはいかない。金持ちだろうが傭兵だろうが女だろうが老人だろうが、今の俺達は等しく狩人に狙われる獲物だ」


 道楽のつもりが命の危機に瀕してしまったことには多少は同情するが、危険な存在を事前情報で知りながら、外で待機せず、自らも探索隊に参加した時点でグレゴリオスの自業自得だ。彼には緊張感と覚悟が圧倒的に足りていなかった。何も言い返せず、グレゴリオスは膝を抱えるばかりだった。


「……きっと偶然だ」


 ラケスとグレゴリオスのやり取りには目もくれず、ロマノスは青ざめた顔でぶつぶつと呟いている。その呟きは恐怖心の一言で片づけるには意味深が過ぎる。


「この際だからはっきりさせておこう。ロマノスのおっさん、あんたはあの怪物について何か知ってるんじゃないのか?」


 ラケスの指摘を受け、その場にいる全員の視線がロマノスへと注がれる。


「広間であの怪物を見て、胸の痣がどうとか言っていただろう。そもそも近隣の村の住民に過ぎないあんたが突然同行を申し出たことも不自然だ。ひょっとしたらその理由にもあの怪物が関係しているんじゃないのか?」


「私は何も知らない」

「生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。今は少しでも情報が欲しい。あんただってここで死ぬのは本望じゃないだろう?」

「……考える時間をくれ」

「そんな時間はない。いつまた奴に遭遇するか分からないんだ。今すぐ決断しろ」


 多くの戦場を駈けぬけて来たラケスの眼差しには有無を言わさぬ迫力がある。危機的状況も手伝い、小心者のロマノスを観念させるには十分だった。


「確証があるわけじゃないが、あの特徴的な痣には心当たりがある。五年前まで村で暮らしていたファウロスという少年と同じものだ」

「暮らしていた、というのは?」


「……ファウロスは五年前に行方不明になった。直前まで空き地で遊んでいたことが目撃されている。ほら、今はあんたたちがキャンプを張っているあの空き地だよ。あそこには枯れ井戸があっただろう。そこに落ちたんじゃないかって」


「おいおいまさか、枯れ井戸に落ちてこの地下遺跡に?」


「だから言っているだろう、確証があるわけじゃない。これまでにあの井戸を調べた人間はいない。どれだけ深いのか、どこへ繋がっているのか、誰にも分からないんだ」


「遺跡の入り口は村からも近いですし、複雑な迷宮のせいで私達は方向感覚を失い、どれだけの距離を歩いたのかも分かっていない。遺跡の一部がカルタ村の真下にかかっているという可能性は十分に有り得ます。ただ、遺跡と井戸が繋がっていたとしてその深さは相当なものです。そこに落ちた人間が無事で済むとは考えにくいですが」


 専門家としての立場から、アルテミシアが枯れ井戸と遺跡が繋がっている可能性については肯定した。過去にも居住地の地下に古代の遺跡が眠っていた例は報告されている。


「確かに普通に考えたらまず助からない高さだよな。だが俺達の遭遇した遺跡の番人は人間離れした強靭な肉体を持っていた。常識では測り切れない何かが起きたのかもしれない。魔剣が関わっているのなら十分にあり得る話だ」


 ダミアンがこの場にいれば、魔剣に精通する者として何か核心をつく意見を述べたかもしれない。改めて彼の脱落が悔やまれる。


「ファウロスだったか。少年と言っていたが当時は何歳だ?」

「九歳だ」

「なっ……」

「うそっ……」


 その場にいる誰もが絶句していた。特徴的な痣の一致や枯れ井戸から遺跡へ落下したという可能性。状況証拠は限りなく遺跡の番人の正体がファウロスであることを示しているが、強靱な肉体で大勢を惨殺したあの怪物が齢十四の少年であるなど、魔剣の特殊性を加味しても信じがたい。いや、信じたくない。


 直に殺し合うことになるであろうラケスはそれがより顕著だ。そもそも容赦出来るような相手ではない。本気で挑んだところで勝てる相手でもない。それでも、十四歳の少年に刃を向けることには葛藤を覚えざるえない。命懸けで戦場を駈ける傭兵の身でありながら、ラケスという男は良く悪くも人が好過ぎる。


「あんたが調査に同行したのは、遺跡の番人の正体がファウロスという少年かどうかを確かめるためだったというわけか」


「……そうだ。生存者からもたらされる遺跡の番人の情報には決まって特徴的な痣が上げられていた。有り得ないと思いながらも、村中の人間の脳裏をファウロスの存在が過った。その真偽を私が村を代表して確かめることにしたんだ。これまでのような学術的調査は一般人である我々が関与することは難しかったが、素封家が企画した今回の調査ならば参加に融通が利くと思った」


 ロマノスの説明は一応は理に適っているが、それでも疑問は残る。


「だとしても、どうして俺達に真実を話すことを躊躇った? 何か後ろめたいことでも」


「……動揺してまとまな判断なんて出来ない状態だったんだ。普通に考えたら有り得ないだろう。五年前に枯れ井戸に消えた子供が地下遺跡で怪物になっているなんて」

「まあいい。今はそういうことにしておく。ただし、外に出られたら改めて事情を話してもらうからな」


 ロマノスの言葉は歯切れが悪く、誰とも目を合わせようともしない。未だに何かを隠している感は否めないが、追及にばかり時間を割いてもいられない。遺跡の番人の正体が、ファウロスという少年の可能性が高いと分かっただけで今は十分だ。

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