第7話 惨劇の間

「どうやら第一関門は突破したようだな」


 罠や複雑な経路は主張を控え、しばらく一本道が続いたかと思えば、その先にはこれまでの閉鎖的な迷宮とは一線を画す、開けた円形の広間が待ち受けていた。


 四方は明かりを灯すための松明を固定できるようになっている。周辺を警戒しつつ、ダミアンとゼノンの二人で慎重に明かりを灯していく。全ての明りを灯し終えると十分な光量が空間に満ち、その全容が明らかとなった。


「凄い!」


 広間へと足を踏み入れたアルテミシアは、視界に映るあらゆる物に感動していた。壁一面には当時の歴史背景を思わせる壁画や文字が無数に刻まれている。広間の中心では剣闘士を模した二体の像が臨場感たっぷりに戦闘シーンを演じていた。


 よく見ると、身に着ける鎧や刀剣は本物で豪華な宝飾品に彩られている。当時の文献が少ないので想像にはなるが、権力者の墓にこのような像が飾られている以上、当時の文明は戦い重んじる民族性だったのかもしれない。


「壁画も戦いを描いたものが多い。戦いこそが文明の象徴だったのかしら」


 一見しただけで目移りするような情報の山。壁画や文字の一つ一つを解読していけば、これまで誰も知ることが出来なかった歴史的事実が次々と明らかになっていくことだろう。歴史家にとってこの空間はまさに楽園だ。ここはまだ遺跡の中盤で最深部にはより多くの謎が秘められていることだろう。命の危機に瀕した怯えも忘れ、アルテミシアは童心に帰ったようにはしゃいでいる。


「諸君、長い移動でそろそろ疲れも溜まってきているだろう。ここで少し休息を取ろうではないか」


 息を整えながら隊長のグレゴリオスが提案した。全体を見ての判断というよりは、歩き疲れた彼自身が休みたいというのが本音だろう。


 きっかけは何であれ一時的に休息を取るという意見は正しい。体力面は問題なくとも、薄暗い迷宮の中を罠を避けながら進むことで気を張っていた者も多いし、何よりこの先は事前情報のない完全未踏のエリア。一度立ち止まり、状況を整理する時間は必要だ。


「食べられる時に食べておきましょう。食料と水筒を配給します」


 グレゴリオスの部下の青年、ルカが物資の入った大きなリュックを床へ下ろし、パンや水の入った水筒を配給していく。汗をかくグレゴリオスはその場に腰を下ろして水をがぶ飲みし、護衛の傭兵達はパンを片手に緊張感なく談笑を開始している。一人の犠牲者も出さずに迷宮を潜り抜けたことで、気が緩んでいるのだろう。


「休息は確かに重要だが、ここを安息の地と勘違いするのは早計だな」

「違いねえ」


 気が抜けた様子のグレゴリオスや傭兵を見る、ダミアンとラケスの視線は冷ややかだ。二人は食事はとらず、水分だけを補給していた。二人以外では秘書のティモンとトレジャーハンターのゼノンも気を抜かず、緊張感を保っているようだ。例外なのは食事や休息にまったく興味を示さず、壁面と睨み合っているアルテミスくらいだろうか。


 四年前の生存者の証言にある、遺跡の番人と初めて遭遇した惨劇の場は恐らくこの広間だ。薄く目立たなくなっているが、血痕と思しき古い染みが周囲に幾つか確認出来る。この場所は遺跡の番人と活動範囲と見て間違いない。気を抜いてなどいられない。


「アルテミシアちゃん。古代の文字が読めるのか?」


 アルテミシアは持参した手帳と壁面の文字を一生懸命見比べている。今この瞬間、アルテミシアの放つ熱量は誰よりも凄まじく、歴戦の傭兵であるラケスでさえも声をかけるのに躊躇するレベルだ。


「壁面の文字には、別の遺跡から発見された古代文字と似通っている箇所が幾つかありましたので、可能な限り当てはめてみているところです。そこに壁画の情報を合わせれば、おおよその意味が割り出せるかもしれません」

「壁面ね」


 文字に関してはチンプンカンプンだが、絵からなら直感的に得られる情報もあるかもしれない。ラケスはジッと壁画を凝視した。壁画は周辺の様子を伺う剣闘士を、別の剣闘士が頭上から強襲する瞬間を臨場感たっぷりに描いている。人物が強調され縮尺が通常とは異なるが、剣闘士は円形の広間のような場所で戦っているようだ。


「壁画の場所、ひょっとしてこの広間か?」


「そうかもしれませんね。強さが尊ばれる文化だったようですし、命を賭して戦う儀式がここで行われていたのかもしれません。こうして権力者のお墓の壁面に活躍が刻まれるというのは、素晴らしい栄誉でしょうし」


「命を賭して戦う儀式ね。それにしても襲われている方はまるで気づいている様子がない。こんな場所で一体どこから襲撃されればそんなことに――」


 言いかけてラケスに緊張が走った。やり取りを遠目に伺っていたダミアンも異変を察し、二人はほぼ同時に上方を見やった。


 松明の火でも照らし切れない上方の暗闇で双眸そうぼうが怪しく輝く。壁画は臨場感たっぷりに当時の状況を表していた。恐らく暗闇に包まれた頭上には待機出来る足場や抜け道が存在しているのだろう。敗北した剣闘士は遥か頭上から強襲されていたのだ。


「上から来るぞ!」

「上だ!」


 ダミアンとラケスが同時に叫んだ。しかし、気を抜いて食事を摂っていた傭兵たちはとっさに反応することが出来ない。


「上?」


 地面に腰を下ろしていた傭兵が反射的に上を向いた瞬間、頭上から急降下してきた遺跡の番人が振り下ろした、巨大な肉切り包丁が顔面を直撃。傭兵の体はそのまま正中線で真っ二つに両断された。亡骸から噴き出す血液が動揺と共に撒き散らされていく。

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