第13話 手紙

「……どういうことだよ。姉貴はいったいどうしちまったんだ?」


 グレーテルの亡骸を抱えたダミアンが町へ下りると、出先から戻って来たイザークと鉢合わせした。姉に元気になってもらうために薬を買いに出かけ、帰ってきたらは姉は変わり果てた姿となっている。現実はあまりにも残酷だ。


「……疲れて眠ってるだけだよな?」


 祈るようにイザークは問い掛けたが、ダミアンは無言で首を横に振った。


「姉貴のことを頼むって言ったよな? なのに、どうしてこんなことになってるんだよ!」


 町の混乱を見れば何が起こったのかは容易に想像がつく。

 ダミアンを恨むのがお門違いなのは分かっている。それでも衝撃のあまりイザークは激情に吠える他なかった。


「私の責任だ。私はお前との約束を果たすことが出来なかった」


 ダミアンは一切弁明することなく、一身にイザークの怒りを受け止めた。経緯はどうあれグレーテルを救えなかったことは事実だ。


「……イザーク、頼むから剣士さんだけは責めないでやってくれ。この人は殺人鬼だったフォルクハルトを倒し凶行を止めてくれた。町の大恩人だ。あの子を救えなかった責を負うとすればそれは、自警団の暴走を止められなかった俺たちだ」


 弁明しないダミアンの姿にいたたまれず、ブルーノとハインツがイザークに頭を下げ、事の経緯を説明していった。


 町のために尽くしてくれた恩人にだけ辛い役割を負わせるわけにはいかない。そもそもの原因は姉弟が町から孤立している状況を改善してやることが出来なかった

自分たちにある。最悪の結末を迎えてしまった今、二人の後悔の念は尽きない。


「……謝らないでくれ。町の奴ら全員が嫌な奴じゃないってことは……俺も姉貴も分かってた……あんたらのことは、恨んでねえよ……」


 膝から崩れ落ちたイザークが嗚咽交じりに言葉を絞り出した。


「……しばらく、二人きりにしてくれないか」

「分かった」


 イザークの意思を汲み、ダミアンは抱きかかえていたグレーテルの遺体をイザークの側へ優しく横たわらせた。


「……ダミアンさん、さっきはごめん。俺、混乱してて。ダミアンさんは姉貴の恩人なのに、俺は酷い言葉を」

「私のことはいい。今はグレーテルのことだけを見てやれ」

「……また三人で、姉貴の作るパイを食いたかったな」

「そうだな」


 短く頷くと、ダミアンは兄妹二人の時間を尊重し、距離を置いた。


「姉貴……ああああああああああ――」


 最愛の姉を喪った弟の慟哭どうこくがヴァールの闇夜に響き渡った。


 ※※※


「何から何まで世話になっちまったな。ダミアンさんには本当に感謝しているよ」


 ヴァールの町の惨劇から数日後。

 ダミアンとイザークの姿は港町ネヒストの墓地にあった。目の前の墓標にはグレーテルの名前が刻まれている。この町はグレーテルとイザークの生まれ故郷であり、早くに亡くなった姉弟の両親もこの地に眠っている。


 苛烈な運命を強いたヴァールの地に姉を埋葬する気にはなれず、その日の内にイザークはダミアンと共にヴァールの地を離れ、家族が最も幸せな時間を過ごした地にグレーテルを埋葬することを決めた。


「……人生辛いことばかりだったけどさ、ダミアンさんと出会ってからの姉貴の笑顔は凄く輝いていた。姉貴に幸せな時間を与えてくれたこと、弟として本当に感謝してる」


 この数日間で多少は心を整理出来たのだろう。イザークの様子はずいぶんと落ち着いており、言動も穏やかだ。


「ダミアンさんはこれからどうするんだ?」

「魔剣士狩りの旅に出る。この世界から魔剣士を一掃するまで私の旅は終わらない」

「遠くから応援してる。姉貴みたいな、狂気の犠牲になる命を一つでも減らしてくれ」

「無論だ」 


 激励を込めたイザークの握手にダミアンは応じた。

 ヴァールの町の悲劇を目の当たりにしたことで、魔剣士狩りの執心はより強固なものとなった。


「お前はこれからどうする?」

「自分のやりたいことが何なのか、じっくり考えてみることにするさ」


 どこか吹っ切れた様子でイザークは微笑んだ。


「じゃあな、ダミアンさん」


 ※※※


 ダミアンの下へイザークの訃報が届いたのは、それから一週間後のことだった。


 グレーテルの葬儀を終えたイザークはヴァールの町へと戻り、グレーテル殺害に加担した自警団の人間を次々と襲撃した。最期は勤務していた採掘場から持ち出した爆発物を体に巻き付け、グレーテルを殺害した張本人であるロルフ宅を強襲。ロルフを道連れに自爆したそうだ。標的を絞った計画的な犯行で、グレーテル殺害に関与した者以外の被害は確認されていない。


 ※※※


「イザークくんのことは聞いているわよね」


 グレーテルの墓前で手を合わせていたダミアンの背中へ、画材屋のレベッカが声をかけた。


「どうして私がここにいると分かった?」

「イザークくんの予想よ。決行の直前に入れたんでしょうね。店の郵便受けにイザークくんの書いた手紙と書置きが残されていたの。事件を知ればダミアンさんは絶対にグレーテルさんの墓前に現れるはず。申し訳ないけど、この手紙を届けてくれないかと、書置きでそうお願いされたの」


 レベッカは肩にかけていた鞄から、イザークに託された手紙を取り出した。


「彼が残した最後の言葉を見届けてあげて」


 ダミアンに手紙を手渡すと、レベッカはグレーテルの墓前に手を合わせてからその場を後にした。


『この手紙がダミアンさんの元へ届いているなら、俺はもう死んでいるだろう。


 姉貴の分も必死に生きようと、最初はそう思っていた。

 だけどどんな未来を想像しても、姉貴を殺した連中の顔を俺は忘れることが出来そうにない。


 俺の時間は、姉貴を喪った瞬間に止まってしまったんだ。

 姉貴は俺の全てだった。姉貴を喪った今、俺に生きる意味はない。

 残された命の使い道は、復讐以外に考えられなかった。

 これもあなたの言う狂気というやつなのかな? 


 宿で二人で話した時のことを覚えてるか? ダミアンさんが姉貴に気があるなら応援するってやつ。あれ、本気だったんだぜ。


 ダミアンさんに姉貴の隣にいてほしい。ダミアンさんが兄貴になったら嬉しいなって、そう思ってた。その夢はもう叶わないけどな。


 俺も結局、人を殺す道を選ぶことになった。

 姉貴は善人だったけど、俺は悪人。死んでも向こう側で会えそうにない。


 だから、身勝手なのは承知の上で、もう一度ダミアンさんに姉貴を託したいと思う。


 いつかダミアンさんが向こうに行った時には、姉貴を幸せにしてやってくれ。それが俺の最後の願いだ――』


「……無茶な相談だ。時のくびきから外れた私にどうやって向こう側に行ける」


 文章を読み終えたダミアンは感情的に手紙を握り潰した。


「……仮に終わりが訪れたとしても、血と狂気に塗れた私では彼女と同じ場所に行けはしないさ」


 天を仰いで帽子を深くかぶり直すと、ダミアンは静かにグレーテルの墓前を後にした。




 妄執の章 了 死の迷宮の章へ続く

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