第11話 狂乱

「……どうして、見えないはずの僕を返り討ちに」

「所詮は魔剣を手にしただけの素人だ。どんなに姿が消えようとも、気配までは消し切れていない。攻撃の方向を予測し迎え撃つことは容易だ」


 初撃も回避は十分に間に合ったが、見えない相手に逃走を許しては厄介だったので、あえて受けることで透明化は有効な戦術であるとフォルクハルトに認識させ、そのまま戦闘へと発展させた。


 狙いは見事にあたり、気が大きくなったフォルクハルトは読まれているとは夢にも思わず、愚かにも再度斬りかかってきた。姿が見えないだけの素人の剣など襲れるに足らない。周辺の音でも消された方がよっぽど厄介だ。


「最期に一つ答えろ。お前はその魔剣をどこで手にした?」


 戦場に生きる人間ならば偶然魔剣と遭遇することもあるだろう。だがフォルクハルトは魔剣を手にするまでは善良な一般市民として生きてきた男だ。どういった経緯で魔剣を手にするに至ったのか、ダミアンはそれがずっと疑問だった。


「見知らぬ旅の男が置いていったのさ。この魔剣は君にこそ相応しいと……」

「その男は何者だ?」


 フォルクハルトが質問に答えたのはそこまでだった。息も絶え絶えの中、追及はすでに耳まで届いていない。今わの際に彼が思い浮かべたのは、絶対的な美と疑ってやまない女性への謝罪だった。


「ごめんよ……グレーテル……僕は力……不足……だった――」


 瞳から光を喪ったフォルクハルトの体は力なく血だまりへと沈んだ。執心は最期の瞬間まで晴れることはなく、後悔は妹たちの命を奪ったことではなく、あくまでも志半ばで散っていくことのみであった。


「魔剣を置いて行った男。一体何者だ?」


 本来、適合者以外が手にすれば魔剣は拒絶反応を示し、文字通り牙を剥く。

 所有者の死後に奪ったらならばともかく、譲渡が行われたなど今まで聞いたことがない。加えて謎の男はフォルクハルトの狂気を見抜いた上で、それに相応しい魔剣を提供した節すらある。


 それはまるで狂気の商人。動向は気になるが、フォルクハルトが魔剣を手にしてから少なくとも二か月以上が経過している。今から足跡を辿ることは難しい。


 今は目の前の仕事に集中するべきだ。ダミアンは気持ちを切り替え、フォルクハルトが手放したグラウリーベの柄に埋め込まれていた魔剣の源――魔石を強烈な刺突で破壊した。


「……終わったのね」

「ああ。もうこの町で殺人が起きることはあるまい」


 動揺していたレベッカも、ダミアンの手を取ることでようやく立ち上がることが出来た。


「グレーテルへの嫌疑を晴らすためにも、君にはここで体験した出来事を全て証言してもらうぞ」

「もちろんよ。私だってグレーテルちゃんの力になりた――」

「ようやく見つけた!」


 話がまとまりかけたところで、息を切らせた農夫のブルーノが倉庫へと飛び込んで来た。方々を走り回ったことで息が乱れ、転倒したのか体中に擦り傷が見える。穏やかな雰囲気ではない。


「何があった?」

「大変なんだ! レベッカが行方不明になったって聞いて、グレーテルに疑惑を向けていた自警団の連中があの子の家に殴り込みに行ったんだ! 俺らや町長で必死に止めようとしたんだが、あいつら止まらなくて」

「愚かな……!」


 ダミアンは全速力でグレーテルの家目掛けて駈け出した。


 ※※※


 ダミアンがレベッカを救出すべく画材屋を飛び出してから間もなく、レベッカが何者かに拉致されたとの報が町中を駆け巡った。これを受け、以前からグレーテルに疑念を抱いていた者達の感情が爆発。グレーテルを糾弾すべくロルフら自警団を筆頭に武器を手にする者が続出した。


「落ち着け。お前たちは怒りに囚われ正常な判断を欠いておる。あの子が関わっているはずがなかろう」

「今日だって、あの子が剣士のお兄さんと一緒にいたのは皆が知っているでしょう。レベッカを襲撃することなんて無理ですって」

「レベッカの救出にはもう剣士の兄ちゃんが向かってる。ロルフの旦那、もう少しだけ様子を見ましょうよ」


 今にもグレーテルの家に殴り込みに行きそうなロルフらを町長や、ブルーノ、ハインツら良識派の住民達が必死に宥めている。しかし、妄執に囚われたロルフはその言葉に耳を傾けようとはしない。


「そんなもの、あの男も共犯ならばなんの意味もなさない。諸悪の根源を討たねば救える命まで救えなくなるぞ」

「一度頭を冷やせ。取返しのつかないことになるぞ」

「考えを改めるべきなのはあなたの方だ町長。誰よりも住民のことを考えるのが首長たる者の務めだろう」

「だからこそだ。グレーテルに危害を加えようとするお前たちの行いを黙って見ているわけにはいかない」

耄碌もうろくしたか。あなたには失望したよ」

「ロルフ――がっああああああ……」


 感情を昂らせた瞬間、町長は心臓発作を起こしその場に膝をついた。体調を崩していたところに、今回の騒ぎで興奮状態となったことが引き金となってしまった。


「ほら見ろ。魔女を庇うような真似をするから罰が当たったのだ」


 目の前で苦しむ町長を、ロルフはこれ幸いとばかりに不敵な笑みで見下ろした。


「お前たち、我々の手で決着をつけるぞ。相手は凶悪犯だ、心してかかれ」


 ロルフの叫びに呼応し、武器を手にした自警団の男達が雄たけびを上げた


「ロルフの旦那、町長が倒れってのにまだそんなことを」

「邪魔だ、どけ!」

「がっ!」


 食って掛かってきたハインツをロルフは容赦なく殴り飛ばした。行く手を阻む者は何人たりとも許さないつもりだ。


「町長、しっかりしてくれ!」


 苦しむ町長をブルーノが必死に介抱する。町長はすでに目も虚ろだが、最後の力を振り絞ってブルーノへ意思を託した。


「……儂らではもうどうしようもない。このことを、ダミアン殿に……伝えよ……」

「町長!」


 町長はブルーノの腕の中で息を引き取った。グレーテルの自宅へ向かうロルフたちはもう町長の方を見向きもしていない。


「頼むから間に合ってくれよ」


 町長の言うようにもう自分たちでは収拾をつけられない。緊急事態をダミアンに伝えるべく、ブルーノは宛てもなく駆け出した。

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