第8話 再考

「とても美味しかった。君の腕前には毎度感心させられる」

「お口にあって何よりです」


 気づけばダミアンはグレーテルお手製のシチューを三杯も平らげていた。

 ダミアンの経歴を知らないグレーテルはお世辞程度にしか捉えていないが、悠久の時を生き、世界中を旅して来た男の舌は決して嘘をつかない。


「夕食も済んだところで、少し込み入った話をしてもいいか?」

「事件についてですか?」

「ああ、君の目から見て被害者はどういった人間だった?」

「私の意見が参考になりますか?」

「それはまだ分からないが、ヒントは何時だって思わぬところに転がっているものだ」


 今のところ被害者の共通点は町で評判の美人ということだけだが、見落としている共通点が他にも存在している可能性はある。一歩引いた視点から町を見ているグレーテルの意見が、思わぬ突破口となるかもしれない。


「ハンナさんにはお兄さんのフォルクハルトさん共々本当にお世話になりました。ハンナさんは私がこの町にやってきて最初に仲良くなった大切な友人です。悪い噂を流された時も、ハンナさんは噂を流した方々に、自分のことのように猛抗議してくださいました。彼女の姿を見て態度を改めてくれた方もいます。


 彼女がいなければ私は、今以上に肩身の狭い思いをしていたことでしょう……あんなに心優しい人がどうして残虐に殺されなければならなかったのか、理不尽な運命を呪わずにはいられません」


 感情が高ぶったグレーテルの瞳には涙が溜まっていた。友人であり恩人。ハンナという女性の存在はグレーテルの大きな心の支えだったのだろう。ダミアンにここまで信頼を寄せているのも、自分を守ってくれたダミアンをハンナと重ね合わせている部分もあるのかもしれない。


「……亡くなった方を悪く言いたくはありませんが、サンドラさん、リタさん、ヘルガさんについては良い感情は抱いていませんでした。お三方は私が町へやってきた当初、悪い噂を広めた中心人物でしたから」


 工務店の看板娘だったサンドラは評判の美人だったが、お世辞にも性格が良いとは言えず、新しく町にやってきたグレーテルに一方的に不満を募らせていた。同じくグレーテルの存在を疎ましく思うリタやヘルガら数名の女性と共謀し、グレーテルについての根も葉もない噂を吹聴した。三人はグレーテルとイザークが孤立するきっかけを作った人物と言える。


 自警団のロルフがグレーテルを目の仇にするのは、グレーテルが娘に恨みを抱く動機があると把握しているからでもあるのだろう。なお、噂を吹聴した人物の中で被害に遭っているのは現状ではこの三名だけだ。共通点としてはやはりこの三名は町で評判の美人たちである。


「先日亡くなったイルメラさんは優しい方でした。偏見を嫌う、気持ちが真っ直ぐな女性で、私にも分け隔てなく接して下さいました。体調が優れず自炊が出来ない時期に、差し入れをしてくださったこともあります」


 ダミアンはグレーテルの証言を要点をまとめて手帳へと記入していく。

 良きにせよ悪しきにせよ、被害者たちにはグレーテルとの接点があった。そうなると不謹慎ながら、やはりグレーテルほどの美貌の持ち主がいまだに標的となっていない状況には違和感を覚える。


 事件がグレーテルを中心に回っている感は否めない。ダミアンとてグレーテル自身を疑っているわけではないが、グレーテルの関係者が、彼女を動機に凶行に走ったという可能性は十分に考えられる。


 一番に分かりやすいのはグレーテルをおとしめた人間に対する復讐という線。美貌の持ち主の顔をズタズタに切り裂くという残忍な手口も、怨恨を感じさせるには十分だ。


 しかしそうなると、グレーテルの味方だったハンナが一番最初に殺されたことに疑問が生まれる。魔剣士が凶行を重ねるうちに標的の見境がなくなるケースはよくある。五件目のイルメラ殺しはそれで説明がつくが、ハンナが最初に殺されたことは解せない。


 グレーテルを中心に事件が回っているという前提自体が間違いで、そもそもが美人ばかりを狙う無差別的な凶行という可能性もあるが、魔剣士にとって最初の殺しは己の狂気を表現し、常軌を逸するための儀式としての側面もある。注目すべきはやはり第一のハンナ殺しだろう。


「ハンナに恨みを抱いていた人物に心当たりは?」


 個人的な恨みを抱くハンナを殺すことで一線を越え、次にグレーテルのために制裁を開始した。これならば殺人の順番には一応の説明がつく。


「恨みなんてとんでもない。重ねて申し上げますがハンナさんのような心優しい方は他にはいません。断言できます」

「なら、一方的に執心していた人物などは? 彼女に落ち度はなくとも、一方的に目をつけられた可能性もある」


「私の知る限りはそういった話はなかったと思います。ハンナさんはお兄さんのフォルクハルトさんとは強い絆で結ばれています。何か身の危険を感じていたなら、隠し事をせずに真っ先にフォルクハルトさんに相談したはずですから」

「なら兄のフォルクハルトの方はどうだ?」


 ハンナ自身に恨まれるような理由はなくとも、兄のフォルクハルトへの怨恨から妹が標的となった可能性はある。兄妹仲は誰もが口を揃えるように良好そのもの。ハンナの死はフォルクハルトに大きな心の傷を負わせたはずだ。


「それも考えにくいと思います。穏やかな性格で気遣いが出来る方ですし、職人としての信頼も厚い。今日画材屋さんで御覧になったように、気軽に修理なども行ってくださいますし、フォルクハルトさんのお世話になっていない住民はいないと言っても過言ではありません」


「彼はよく修理を頼まれるのか?」

「はい。家具から専門的な道具に至るまで、とても手先が器用なので、専門外の物でも十二分に直してしまうんです」


 グレーテルからもたされた情報を受けてダミアンの中に一つの疑惑が浮かぶ。


 それは動機ではなく犯人の手口に関してだ。イザークとの会話でも触れたが、今回の魔剣の能力は隠密性に特化している可能性が高い。だが、秘密裏に被害者を運び出すためには土地や建物を細かく把握しておく必要もある。仕事で町中の家々に出入りしていたフォルクハルトならその条件に合致する。信頼の厚い彼ならば、相手も油断し、快く迎え入れた可能性だって考えられる。


 グレーテルに近しい人物という点からも、彼女を中心に回る事件への関与が疑われるが、グレーテルを動機に据えたところで、フォルクハルトに果たして最愛の妹を最初の標的に選ぶ理由があるのかは疑問だ。


『あの子の将来を思って大きな町にでも出してやっていれば、このような悲劇は起こらなかったでしょう』


 初めて出会った時のフォルクハルトの言葉がダミアンの脳裏を過る。思えばあの発言には違和感があった。フォルクハルトは「悲劇に遭う」あるいは「悲劇に見舞われる」ではなく、「悲劇は起こらなかった」という表現を使った。まるでハンナさえこの町にいなければ事件は起こらなかったかのような口ぶりだ。


 言葉のあやと言ってしまえばそこまでだが、長年魔剣士と対峙してきたダミアンは小さなひっかかりさえも大事にしている。


「ダミアンさん?」


 ダミアンが突然椅子から立ち上がった。

 杞憂きゆうであればいいが、組み立てた仮説が当たっていれば、新たな悲劇がすでに始まっているかもしれない。その引き金は直ぐ側で引かれていた。


「少し出てくる。君は家にいてくれ」

「いったいどうしたんですか?」

「取り越し苦労ならそれでいいが、次の犠牲者が出るかもしれない」

「ダミアンさん……」


 手を伸ばしかけて、グレーテルは「行かないで」という言葉を飲み込んだ。

 ダミアンは事件を解決するために行動している。全て解決すれば町にも平穏が戻る。心細いからと、個人的な感情を伝えるわけにはいかなかった。


「どうかお気をつけて」

「私に対しては無用な心配だ。きっと腹が減る。戻ったらシチューをお代わりさせてもらう」

「喜んで」


 堂々たるダミアンの背中を、グレーテルは深い一礼で見送った。

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