第11話 頂を目指して

「あなたのおかげで助かりました。私一人だったらいったいどうなっていたことか」

「私は務めを果たしただけだ。馬車に乗せてもらう代わりに用心棒を引き受けたものでな」


 今から五十年近く前。盗賊団がキャラバン隊を襲撃する現場で二人の剣士は出会った。一人は武者修行のために刀一本で世界を渡り歩いていた若かりし頃のレンジョウ。もう一人は移動のためにキャラバン隊に同乗していた魔剣士狩りのダミアン。


 偶然その場に居合わせた二人の剣士の活躍により、五十名近くいた盗賊団はものの数分で壊滅。キャラバン隊は負傷者こそ出したものの奇跡的に死者を出すことはなかった。


「私はレンジョウ、剣術を極めるため武者修行の旅をしております」

「レンジョウ、先程は見事な剣技だった」


「私などまだまだ半人前です。いただきの景色には程遠い。今回は幸運にも犠牲者を出さずに済みましたが、毎回そう上手くはいかない。命を取りこぼす度に己の無力さを嫌悪しますよ。全てを救うことは不可能でしょう。ならばせめて、一つでも多くの悲劇を減らせるような剣士でありたいと願っています」


 迷いのない澄んだ瞳でレンジョウ青年は理想を語る。多くの悲劇を目の当たりにしながらも彼は決して立ち止まらず、ひたすら目の前の命を救ってきた。その先にはきっと希望がある信じて。


 後に剣聖と呼ばれる彼の原点はここにある。老いて衰えを自覚する時が来たとしても、青年期の純粋な気持ちを忘れずにさえいれば、彼は剣聖のままでいられたはずなのだ。


「あなたの方こそ見事な剣技でした。見慣れぬ技ばかりでしたが、あれはどういった流派の技なのですか?」

「全て我流だよ。私は流派に属した経験はない」

「我流であれ程の剣術を。余程の強い思いがあったのでしょうね」


 指針なく、己の感覚だけで技術を極めるというのは苦難の連続だ。事、戦場で命のやり取りをする剣士ともなれば、それはより過酷を極める。


「私はただ、魔剣士を狩り尽すことだけを考えて剣術を磨いて来た」

「魔剣士ですか。実際に遭遇したことはありませんが、血生臭い逸話の数々は私も噂に聞いています」

「魔剣の狂気に飲まれ、欲望のままに殺戮に興じる奴らは悲劇しか生み出さない。例え何百年かかろうとも、私は魔剣と魔剣士をこの世界から一掃してみせる」


 ダミアンにとって何百年という単位は決して絵空事ではない。

 初対面かつダミアンの素性も知らぬレンジョウは、何百年という単位そのものはは真に受けなかったものの、その単位こそがダミアンの強い覚悟の表れなのだと好意的に受け止めていた。


「剣士さん、馬車の用意が整いましたぜ」

「直ぐに行く」


 予期せぬ盗賊団の襲撃により足止めを食ったが、重傷者が出なかったため、行動再開にはさほど時間はかからなかった。偶然出会い共闘したレンジョウともこれでお別れだ。


「レンジョウ、剣術修行の旅の中で魔剣と出会ったとしても、決してその狂気に飲まれるなよ。お前が魔剣士と化したなら、その時はこの魔剣士狩りがお前を殺しに行く」

「私に限ってそんなことにはなりませんよ。悲劇を生み出す魔剣は私にとっても忌むべき存在ですから」


 その言葉に嘘偽りはなかったのだろう。この頃のレンジョウは五十年も先の未来を知る由もない。


「それでは、私はこれで失礼する。お前の旅に幸運があらんことを」

「ありがとうございます。また何時か、旅の中で再会出来たら嬉しいです」


 ダミアンの乗ったキャラバン隊の馬車を、レンジョウは深い礼と共に見送った。


 ※※※


「……終わったんですね」

「ああ。魔剣士は狩ったよ」


 たった今殺してきた相手をレンジョウではなく魔剣士と呼んだのは、ダミアンなりの優しさだった。剣聖と慕う師の狂気を垣間見た門下生たちの精神的ショックは計り知れない。


 落ち着かない様子ながらも自らの足でダミアンを迎えたステラはまだ気丈だが、命の危機に瀕し、誰よりもレンジョウを慕っていたリヒトは膝を抱えて俯くばかりだ。


「大丈夫か?」

「さ、触るな! ごめんなさい……ごめんなさい……」


 差し伸べられたダミアンの手をリヒトは感情的に払ったが、すぐさま我に返り、申し訳なさそうに何度も何度も頭を下げた。師匠からの惨い裏切りで人間不信となってしまったのか、その恐ろしい師匠を無傷で仕留めたダミアンに底知れぬ恐怖を感じているのか、あるいはその両方か。リヒトの精神状態は酷く不安定だった。


「私が何を言ったところで今は逆効果か」


 魔剣士狩りという目的さえ果たせば長居する理由もない。ダミアンはこのまま町を去ろうと道場へ背中を向けるが、駆け寄って来たステラがジャケットの裾を引いた。


「もう、行ってしまうのですか?」

「魔剣士は狩った。これ以上ここに留まる理由はない」

「……私達はこれからどうすればよいのでしょうか」


「町の住民には有りのままを伝えればいい。ベルデの件もあるし、捜索すれば森からもこれまでの被害者たちの死体も見つかるはずだ。悪行の証明には十分だろう」

「そういうことを言いたいのではありません! 剣士としての私達はこれからどうすればよいのかと言っているのです」


「それを決めるのはお前たち自身だ。私が答えを出せる問題ではない」

「だったら、このまま私も一緒に連れて行ってください。剣を続けるならせめてダミアンさんの下で学びたいです」


 真っ直ぐな瞳で訴えかけてくるステラを前に、ダミアンは失笑した。


「何がおかしいんですか! 私は本気です」


「お前は勘違いしているよ。私の剣技は魔剣士を狩るためだけに磨き上げて来た殺意そのものだ。そんな男からお前は何を学ぶ? 殺意しか宿さぬ刃を振るうことが、お前の目指す頂か?」

「それは……」


「誰かを救えるような剣士になって、世界に恩返しがしたいのだろう? だったら、私のような人間と共に来るべきではない。お前は真っ当に自分の道を進め」

「……ダミアンさん」


 手を離せば行ってしまう。分かっているのに、ステラは自然と裾を握る手を離していた。殺意に囚われただけの狂人なんかじゃない。ダミアンは自分達の命を救ってくれた恩人で、不器用なりに剣の道だって示してくれた。住む世界は違うのかもしれない。だけど、嫌いになんてなれない。


「ダミアンさん! また何時か再会出来ますか?」

「私の旅は果てしない。あるいは世界のどこかで再会することもあるやもしれないな」


 去り際に言い残した言葉は、世界中を旅することを夢見るステラへのダミアンなりの激励であった。


 ※※※


「おや、お兄さんは確か半年前にオクトスの町で」


 半年後。大都市レクタングルの市場に立ち寄ったダミアンに一人の露天商が声をかけた。ダミアンがオクトスの町に到着した際にレンジョウの屋敷の場所を尋ねた相手だ。


「久しいな。商売をしているということは今はこの街に?」

「ああ、四カ月ぐらい前にオクトスから古巣のこっちに移ってな。オクトスは剣聖レンジョウの偉功いこうで賑わっていたような町だ。あの事件以来、町もすっかり寂れちまってな」


 剣聖と称えられた男が殺戮に狂っていたという事実が周囲に与える影響は当然大きい。魔剣士を狩らないという選択肢はダミアンには存在しないが、間接的とはいえ町に打撃を与えてしまったことは不本意だ。


「おっとすまない。恨み節に聞こえちまったかもしれないが、俺はお兄さんのことを恨んだりしちゃいねえよ。剣聖だろうが神様だろうが、未来ある若者の命を理不尽に奪うなんて真似は絶対に許せねえ。ベルデやこれまで犠牲になった奴らのことは残念だが、兄ちゃんのおかげでこれ以上の犠牲が出ずに済んだんだ。兄ちゃんは正しいことをしたと思うよ」


 そう言って露天商は朗らかに笑った。


「あれからあの二人はどうなった?」

「リヒトとステラちゃんか。リヒトは可哀想に、あの事件以来すっかり塞ぎこんでしまってな。剣の道は諦めて故郷へ戻っていったよ。平穏に第二の人生を送ってくれることを祈るばかりさ」

「そうか」


 命は救われたものの、剣士としてリヒトは完全に死んでしまった。リヒトはレンジョウの狂気の最後の犠牲者といえるだろう。


「ステラちゃんは身辺整理を終えた後、律儀に町の住民全員に挨拶をしに来てな。まったく凄い娘だよ。あんなことがあったってのに剣士の道を諦めず、一人で武者修行の旅に出た。案外あれは将来大物になるかもしれないな」

「そうだな。私もそんな予感がしているよ」

「へえ、そんな顔もするのかい」


 一笑するダミアンの姿を見て、露天商はどことなく嬉しそうだった。




 老剣士の章 了 妄執の章へ続く

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