第7話 最終試験

「リヒト、少しいいかな」

「何でしょうか先生?」


 翌朝。朝稽古を終え井戸水で顔を洗っていたリヒトにレンジョウが語り掛けた。その表情は温厚な老人ではなく、厳格な師匠としての顔だ。


「これから私と一緒に裏の森へ来てほしい。本日、君が後継に相応しいかどうか最終試験を行いたいと思う」

「今日ですか?」

「不満かね」

「滅そうもございません。ただ突然のことで驚いてしまって」


「すでに審査は始まっているということだよ。実戦というのはいつなにが起きるか予想がつかない。当日に伝えることは、動揺を抑えて真の実力を発揮出来るかどうかを見極める意味もあるのだ」


「思慮が足りずにお恥ずかしい限りです。これ以上恥を重ねぬよう、全力で臨ませていただきます」

「よい覚悟だ。ところでリヒト、真剣は持っているね?」

「もちろんです」

「最終審査は真剣勝負で執り行う。真の実力というのは限りなく実戦に近い形でなければ見極めきれぬものだ」

「……承知しました」


 師であるレンジョウと真剣を交えた勝負をするのはこれが初めての経験だ。緊張が高まりリヒトは思わず生唾を飲み込んだ。


「私は書斎で待機している。準備が出来たら声をかけてくれ。試験の場に君を案内する」


 レンジョウの背中が屋敷へ消えたのを見届けると、リヒトは大きく息を吐き出し、首にかけていたタオルで顔の汗を拭った。


「リヒトさん、今のお話し」

「ステラ、聞いていたのかい」

「すみません、道場の掃除のために水を汲みに来たらお話しが聞こえてきて」


 バケツを抱えたステラが屋敷の角から姿を現した。盗み聞きするつもりはなかったが、すっかり顔を出すタイミングを失っていた。


「聞いての通りだよ。今日これから、僕は最終試験を受けることになる。認められれば正式な後継者となり、認められなければ今日限りで僕は破門だ。今のうちにステラに別れの挨拶をしておくべきかもしれないね」


「そんな弱気でどうするんですか。今日限りでお別れなんかじゃありません。先生に認められ正式な後継者となりましょう。いつになるかは分かりませんが、私も絶対後に続きますから」


「そうだね。動揺してしまうのは僕の悪い癖だ。気持ちで負けていては何も始まらない。ステラのおかげで覚悟が決まったよ」

「今のリヒトさん、良い顔してますよ」


 悩むことも多いが、一度覚悟が決まったリヒトの芯はそう簡単には折れない。勝ち負けはどうであれ、レンジョウの門下生に恥じない剣技をリヒトは見せるはずだとステラは確信していた。


「そういえばステラ、ベルデは戻ったかい?」

「いいえ、まだ戻っていません。一晩帰らないとなると流石に心配ですね」


 門下生たちの宿舎も屋敷内にあり、レンジョウの教えにより無断での外泊は固く禁じられている。何かと問題ばかり起こすベルデだがレンジョウに対する尊敬の念は人一倍強い。昨日のいざこざ程度でベルデが禁を犯したとは考えにくい。


「子供ではないのだし、ベルデだってレンジョウ門下の優秀な剣士だ。そこまで心配する必要はないとは思うけど……」


 言葉とは裏腹にリヒトの表情には憂色が見える。ベルデが何も言わずに行方を眩ますという状況そのものが腑に落ちない。衝突は多かったがそれでもベルデは同じ釜の飯を食った大切な仲間だ。安否は気にかかる。


「先生は何と?」

「ベルデについては何も。大した問題ではないと放任しているのか、あるいは呆れ果てているのか」


 リヒトの最終試験に集中しているだけかもしれないが、レンジョウがベルデについて一切触れないことには違和感がある。まるですでにベルデについての興味を失ってしまっているかのようだ。


「心配なので私はこのままベルデさんを捜しに行ってきます」

「頼んだよ。結果はどうであれ、最終試験が終わり次第、僕も合流するから」


 心境としてはリヒトこのままステラと一緒にベルデを捜しに出たかったが、師匠をこれ以上待たせるわけにはいかない。真剣の用意をあるし、そろそろ支度を始める頃合いだ。


「こちらのことは心配せず、リヒトさんは最終試験に集中してください。ベルデさんは私が見つけ出して、こっぴどく叱ってやりますから」


 ※※※


「流石に町を出ていないと思うけど」


 ベルデの行方を追ってステラは町へと下りて来た。ベルデの荷物はそのまま部屋に残されていたし、流石に着の身着のままに町を飛び出したりはしていないだろう。社交的なリヒトやステラと異なり町の人々との交流は見られなかったが、ステラとてベルデの交友関係の全てを把握しているわけではない。例えば親しい町民を頼って一時的に身を寄せている可能性が考えられる。


「おや、ステラちゃん。レンジョウ様の遣いかい?」


 顔馴染みの露天商が通りがかったステラへ声をかけた。昨日ダミアンが町を訪れた際に声をかけた商人だ。


「こんにちは、おじさん。ベルデさんを捜しているんですが、見ていませんか?」

「ベルデ? ああ、あのぶっきらぼうな兄ちゃんか。悪いが俺は見てないな」

「そうですか。そういえばダミアンさん、旅の剣士さんはもう発たれましたか?」


 明朝に発つとは聞いていたが、もし予定は送らせるなどして滞在中ならば一目会っておきたい。露店は宿の真向かいで朝早くから営業しているので確認するのに最適だ。


「剣士のお兄さんならまだ――」

「おい! 大変だぞ!」


 露天商が言いかけた瞬間、若い農夫が血相を変えて町へ駈け込んで来た。いったい何事かと、周辺にいた人々の注目が集まる。


「ステラちゃん、丁度よかった! レンジョウ先生の下へも報せに行かなきゃと思っていたんだ!」

「落ち着いて下さい、いったい何があったんですか?」

「川で死体が上がったんだ。全身切り刻まれていて酷い有様だが、あれは多分君らの仲間のベルデだ」

「何ですって……」


 ステラは絶句することしか出来なかった。ベルデの行方は心配していたが、安否までは心配していなかった。リヒトの言うようにベルデだってレンジョウ門下の選ばれし剣士の一人だ。仮に何らかのトラブルに巻き込まれたにしても、命の危機に瀕するという発想自体が浮かばなかった。


「とにかくステラちゃんも一緒に来てくれ。死体が本当にベルデなのか確かめないと」

「分かりました」


 農夫の先導に従い、ステラと数名の住民が後に続いた。


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