シルフ③

 少女が駆けていった方をその場からもう一度探してみますが、見つかりませんでした。

 慌てたわたしは、残りのサンドイッチを一息に飲み込んで、彼らにもう一度確認しました。


「さっき、ここに居たじゃないですか、キャベツ大好きなあなたの妹さん!」


 すこし力を込めて、彼女のことを伝えました。


「姉ちゃん、変なもの食ったのか?」

「きっとサンドイッチが腐ってたのね」


 伝えようとしたのですが、余計な心配をされてしまいました。

 いいえ、サンドイッチは新鮮そのものでしたよ。


 しかしこれはおかしいです。何かが変です。いえ、わたしのことじゃありません!

 わたしは容れ物に落ちたキャベツをもらって喜んでいた、その少女を見ているのです。


 あまつさえ、わたしは彼女の笑顔にキュンとさせられたのです。

 あのトキメキは嘘などではありません。

 キャベツの彼女は居たのです。


 これまでのことを、初めから思い返します。

 シャキッと歯ごたえの喜びを感じました。

 時間の残酷さに思いを馳せました。

 そして兄の声に驚きました。

 妹がその兄に続いて卵サンドを羨みました。

 彼らは歌い出して、その後だったはずです、彼女に気づいたのは。


 ですが、大事なところが思い出せません。

 彼女のことは覚えています。そこで見たことも、しっかり覚えています。

 けれど、彼女がどこから来たのか、わからないのです。


 いえ、兄妹の襲来にも気づけなかったのですから、本当に不意打ちだったのかもしれません。

 もちろんそうも考えまして、その後の彼女を思い出そうとしたのです。

 思い返すほど、記憶のほとんどに彼女の姿がありませんでした。


『キャベツほしい』と言ったことを覚えています。

 その直前の彼女が思い出せません。

『これ食べていい?』と言ったことも覚えています。

 やはりその直前の彼女が思い出せません。

 湖畔は開けた視界です。

 隠れるところなど兄妹の後ろくらいしかないのです。


 新鮮なキャベツに未練のある幽霊でしょうか。

 できることならば精霊であれと願うばかりなのですが。


 ああ、背筋がぞっとしてきました。

 わたし苦手なのですよね、幽霊。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る