熊
「さあ、海斗くんそろそろ別のフロアも行ってみましょうか? ガラス越しに見ていく感じだから動物園とかわらないわよ」
美菜さんが手早くパネルを操作していって、瞬く間に猿がいた部屋とは異なった部屋に変わっている。奥の方には洞穴があるようだ。
「ここがこの島の主の部屋なの。あなたもこの島に来たのならあいさつしておいたほうがいいわ」
美菜さんが強化ガラスのような壁に触れると、人が2人通れるくらい開いた。
「私も一緒に行ってあげるからさっさと行くわよ」
「は、はい」
美菜さんがハイヒールの音をカツカツと響かせガラスの中に入っていく。
追って中に入ればグチャッと少しぬかるんだ道がある。
「ベアラス。新人よ。起きなさいよー」
美菜さんが穴の中で毛むくじゃらの固まりを揺すっている。よくみるとそれってあの動物じゃないですか!?
「美菜さんそれって熊じゃないですか。危険ですよ!」
美菜さんは俺の声に反応したのか振り返ったが、ゆすっていた手つきからバチンと叩くそぶりになってきている。
まずいと血の気が引いてきたとき、ぬすっと熊が腹をかきながら立ち上がった。
「何。美菜。まだ眠いんだが」
「ねー。いいじゃないのまた今度お酒付き合ってあげるから。そんな事より新人さんよ」
引き腰の俺に二つの視線が刺さる。2メートルあるんじゃないかっていうくらいでかい熊が言葉を話している。
美菜さんは平気な顔で話してるし、背を向けてるって事は大丈夫なのか。
「ねえ、海斗くんもっとこっちに来て。そこじゃ挨拶できないでしょ?」
美菜さんの声でビクッと体が震えたが、手招きしてる美菜さんを無視することは出来なさそうだ。
覚悟を決めて一歩踏み出す。
「なんともま、また軟弱だな。ま、関係ないけど」
俺が踏み出してくるのを見て熊もいっぱい踏み出してくる。
そして、ぶるるっと身震いすると徐々に体に変化が現れた。
熊が長身の男性へと変わっていったのだ。
しかも上半身は何も纏わず、下半身にゆるく布を巻き、そのボディは引き締まりなかなかなマッチョなイケメンだ。
俺が美ボディに目を奪われていると、ずんずん俺の元まで熊は足を進めてきて、俺の目の前までやってきたのでその体躯を見上げた。
「名前はなんていうの?」
「あ、あの。山内海斗と申します」
怯えながら名前を答えたというのに向こうはスンスンと俺の頭の匂いを嗅いでふんふんと頷く。
「あっそ」
「えっ……」
少し流し目でじっと見てきたような気がしたのだが、すぐ興味がなくなったようで美菜さんにむかって手を差し出す。
「ふん」
「あら、やだ。またー?」
美菜さんはちょっとマッチョなボディにタッチすると逞しい腕に流れるように触れ、それからスッと何かを持たせた。よく目を凝らせば焼酎の瓶だ。それをまさかと思うがベアラスと呼ばれた元熊がラッパ飲みし始めた。
「え、え〜」
「はい、そこまでです!!」
ベアラスの酒飲みを止めたのは壁に控えていた江角さんだった。ベアラスの手にがっしり掴まれている瓶を鮮やかな手つきで取返し、頬を膨らませながらもキリッと美菜さんのことを見ている。
取られたベアラスは舌打ちして元いた場所で、雑魚寝しはじめてしまった。江角さんは美菜さんにぐんぐん近づき彼女を見上げた。
「美菜さんお酒は嗜む程度にって言ってますよね。生態系の観察としてアルコールを少し飲ませてみるのも手かとは思いますが、今のはあげすぎですよ」
「あーら、分かってるわよ。でも、今日は海斗くんの初顔合わせだったしより強いのをあげたいと思ってたのよ」
江角さんははあとため息をつき美菜さんから洞穴の前で寝ているベアラスの方をも向く。
「ベアラスさんも酒がなきゃどうのこうのでなくきっちりとこの島のリーダー格として威厳を持って体験に来ている人と接してください」
「分かっているがなー。まあ、めんどくさい」
江角さんは眼光鋭くベアラスを見ている。どこからか冷たい風が吹いてきて寒気を感じるようだ。
すると身震いしたベアラスがカチコチと俺の前まで歩き始めた。
「分かった。分かった。酒はなくてもいい。海斗だったか? よろしく頼むな」
「よろしくお願いします」
「この島は外から見たら特殊なんだとよ。でも俺らからしたらこれが常識なんだ。これに慣れてくれ」
「そうですよね。動物が人型になるなんて驚きなんです。ですが頑張って慣れて行きますね」
2人は握手に加えて熱いハグまでした。が、俺の筋肉をベアラスは何故か触り始めた。
「なんだか本当に弱っちいな。こんなんでこの島で生きていけるのか?」
「いや、僕もここに来て初めて人間化する動物たちを見たんです。いろいろと考えさせられますね。」
「お前魔獣とか狩れるのか?」
「魔獣って?」
「そだ。これから毎日俺のとこ来いよ。訓練つけてやるから」
「本当ですかー熊さんに稽古って俺大丈夫かなー」
内心話が分からない。江角さんヘルプ。ベアラスは言うだけ言ったと笑顔になり俺の肩を抱いてきた。さっと筋肉から逃れて距離を保つ。美菜さんが少し後ずさった俺の肩をポンポンと叩いてくれる。
「海斗くん一応彼がこの島のボスね……」
「あー、あの質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「魔獣ってなんですか?」
「しらないのー!?」
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