接触
「あの、これからどこへ?」
「ん? 餌やり場」
美菜さんは白い壁の前に立つと、器用にも俺の左手を握りながら右手を壁に当てて何か操作をしている。空で指が動いているのが辛うじて見えるが、何をしているかはさっぱりだ。
「今日は見学って事だけど、ついでに職場体験もして行っちゃいなさいよ。本当はこんな手間いらないんだけど、あの子はすぐ倒れちゃうからね」
ティンっと天井から高い音が響けば、観音びらきに目の前の壁が開いた。
「よっしゃ、開いたわ。本来は餌をあげる事やグルーミングの手伝いなんかが、私たちのお仕事なんだけど、彼は獣達を魅了しすぎるのよね。じゃあ、私たちはモニター観察してるから回収してきて」
さっき倒れていた優男を回収する命を受けたわけで、呆然とする中、無理矢理扉の中へと押し出された。果たして、獣達の習性も分からない素人が彼らの領域に足を踏み入れていいのか。少し背筋に悪寒が走った。既に何匹かの猿がこちらの方を見て毛を逆立てて威嚇し始めている。
手に持ってるのはなんだ?泥か?ここでとりあえず知能をコイツらが持っているか分からないが、敵意がない事を示しておこう。
俺は両手をあげててのひらをみせる。
「大丈夫。何も怖くない。ただ彼を迎えに来ただけだ。君たちに害を加える気はない」
もちろん猿達には何も効果はなかった。威嚇し続けている。
困り果てて天を仰げば、室内にいたのに太陽の下にいる事に気づく。どうやら、天井がないようだ。
太陽光の眩しさに目を細めていると、いつの間にか距離を詰め寄られ、獣達が取り囲んでいる。
終わった。短い人生だったと合掌して目を閉じる。
「ちょっと待ちな。お前たち!」
聞こえてきた幼女のような高い声音に目を開ければ、意外と声とは反して、成人間際の女が胸や腰に布を巻きつけ立っている。
「だ、誰だ?」
俺の問いかけに自分の唇をペロッと舐めると、肉食獣かのように焦点を俺に定める。全身を舐めるように見られた後、一歩一歩こちらへ進んでくる。
「誰って言われても名前はない。ここの施設に保護されているだけだ。お前こそ誰だ? ここは私たちのテリトリーだぞ?」
女は牙を出して不敵に笑う。悪寒が再び遅い、俺は右手を前に出した。
「ま、待て。俺はそこで気を失っている青年を保護しにきただけで、危害は加えないって……」
「ほう、そうか。……まあいい。連れていけ。お前たち離れろ」
優男に近づく許可を取り手を上げながら無害アピールをし、まだ警戒してる猿たちの間を通る。優男に抱きついていた美女達には睨まれたが気にせず優男に手を伸ばす。
「おい、生きてるか?」
「……はい」
服があちらこちら破かれているが優男は無事そうだ。
意識もいつからか分からないが、あったようだ。
肩を担いでもと来た道を戻る。目の前の空間が歪んだ時にふと後ろから声がかかった。
「名は?」
振り返れば、先程の女が背後にいた。
群れから出て後ろからついてきていたらしい。
「山内海斗。海斗だ」
「ほう、海斗。覚えたぞ。新人。明日からは私の食事を運ぶといい」
そういうと、群れへと戻っていった。
「お、おい。俺ただの見学だぞ?」
「よいよい、どうせここへ来るようになる。私が来いと言ったら来るようななるのだからな」
女は振り返らず手をひらひらとさせると、群れと一緒に小高い山の方へと入っていった。
「なんなんだよ。一体。それにあの尻尾って」
「あれ、この群れのリーダーですよ」
「ヘ?」
優男の言葉を聞き取った時には視界が歪み、美菜さん達の前に来ていた。
「
「はい。今日こそヤられると思いました」
優男が俺から離れると頭を掻きながら美菜さんの前へと向かう。俺は疑問が浮かんでばかりで足取りは重いが、みんなの後をトボトボとついていく。
後ろを振り返ってもさっきの空間はない。
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