第25話 首都攻防戦⑦
レイ・アカツキ大佐が率いる第17連隊の要塞島は、首都ラクシャへ全速力で向かっていた。
要塞島の陸上に配置された隊員達の目にも、はっきりと確認できるところまで黒炎の巨人との距離は縮まっていた。時折、海風に乗ってやってくる黒炎の焦げ臭い匂いが隊員達の鼻を刺激するたびに、開戦が近づきつつあることを実感させていた。
一方で、司令室は開戦へ向けての緊迫感の中、隊員達の声が行き交っていた。
「目標補足! 戦闘区域に入ります!」
「了解。戦闘態勢に移行する。各隊、武器の安全装置を解除せよ」
キサラギ大尉は、ホログラムマイクに向かって命令を下していく。
「砲兵隊、第一、第二、第三、第四砲台の開門を許可する。砲弾装填準備にかかれ」
「了解! 砲台付近の安全を確認。開門します!」
要塞島前方の4箇所の地面がスライドすると、地下から砲台が姿を現した。砲台の開門を確認したキサラギ大尉は、砲兵隊に次の指示を出した。
「砲弾装填開始。初弾の弾数は10発とし、指示あるまで待機」
「了解。装填完了後、最終ロックのまま待機します」
砲台から地下10メートル付近に砲弾を装填する装置があり、次々と砲弾が装填されていく。
キサラギ大尉は後ろを振り返ると、アカツキ大佐に向かって敬礼をした。
「レイ様、戦闘準備完了です。いつでもいけます」
「承知した」
レイは、全隊員に作戦実行を告げるべく立ち上がった。
「全隊員に告ぐ、これより巨人討伐作戦を実行する。作戦第一フェーズとして、黒炎の巨人を首都から遠ざけることを第一優先とし、我が要塞島へ誘導する」
隊員達は一言一句、聞き漏らすまいと真剣に聞いている。
「第二フェーズは玄武を投入し、陸戦部隊、空戦部隊と連携して巨人を討伐する」
おそらく総力戦となるであろう、この作戦にナユタ国の命運がかかっていた。
「……以上だ」
レイより告げられた作戦の概要は、すぐさま各部隊が共有し、それぞれの動きを確認し合っていく。そして、すでにカルマによって統率されているこの部隊は彼女の手足同然となっていた。
「レイ様、司令部へ支援部隊の要請をしますか?」
キサラギ大尉は小声で問いかけた。
「ふん。やめておけ。奴らは自分らのことしか考えておらんよ」
そうですね——キサラギ大尉は苦笑しながら答えると、すぐに表情を戻して正面に向き直る。
「作戦を開始する! 気を引き締めていくぞ!!」
「了解!!」
作戦開始のサイレンが鳴り響く。要塞島の陸上では軍用車や戦車が動きだし、地下からせり上がった滑走路からは、次々と戦闘機が発進していった。
「哨戒機より入電。黒炎の巨人がラクシャ上陸まであと2キロ地点に到達した模様です」
もう一刻の猶予もないようだ。直ちにこちらへ誘導しなければ、攻撃もままならなくなるだろう——すぐさまキサラギ大尉は砲兵隊に指示を出す。
「砲兵隊へ! 後方の砲台も開門を許可する。前方砲台は射程距離に入り次第、攻撃を開始。着弾を確認後、操舵手は2時方向へ面舵一杯。繰り返す、着弾確認後、操舵手は2時方向へ面舵一杯」
矢継ぎ早に指示を出すキサラギ大尉。指示を受け、テキパキと動き出す隊員達を見て、キサラギ大尉は満足するが、不安がない訳ではなかった。
今まで様々な任務を受け、死線を潜り抜けてきた者達ではあるが、あのような巨大な物体——巨人を想定した演習などしたことがない。キサラギ大尉のカルマを行使した攻撃も効いていないのだから、果たして自分らの攻撃がどこまで通じるかは未知数だ。
司令室に配属されている隊員達は、それぞれが担当している部隊への伝達、状況確認に余念がなかった。なぜならば、今まで多くの任務を死ぬような想いで潜り抜けてこれたのも、連携を密にしてきたからだ。彼らは、未だかつてないプレッシャーに負けないためにも、自分達がやってきたことを信じて行動するのみだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こちら司令室。準備はいいか?」
「……OKです。いつでも行けますよ」
隊員が呼びかけた相手はアルフレッドだった。呼びかけに少し反応が遅れたアルフレッドの姿は司令室には無く、すでに別の場所へと移動していた。その場所は暗くてあまり広さはなく、小さな台座が一つ設置されていた。その台座には窪みがあり、アルフレッドが乗るには丁度良いサイズになっていた。台座に乗ったアルフレッドの筐体には何本ものケーブルが差し込まれていた。
「回線は良好です。この状態なら、玄武さんとのシンクロ率を100パーセント維持できるでしょう」
「了解した——約5分後には射程距離に入る。第2フェーズに移行するまで待機だ」
承知した旨をアルフレッドは告げると、先程まで行なっていた作業に戻る。それは、イブキと共に黒炎の巨人と対峙した時の情報を分析する作業だ。
黒炎の温度、巨人の移動速度、体長から割り出した体積などから巨人の正体を暴こうとしていた。アルフレッドにしては珍しく、深い思考と分析を行っていたこともあり、隊員への応答に少し遅れた。
「玄武さん。聞こえますか?」
「! なっ、なんですかいな?」
声が上擦り、緊張した雰囲気を見せる玄武。音声波形が小刻みに揺れている。アルフレッドは黒炎の巨人の分析と解析を終えたデータを玄武に共有しようと、玄武の記憶領域にアクセスしようとしたが拒否されてしまった。
「ワっ、ワイには必要ないです! アルフレッドさんの指示に従いますさかい」
玄武は戦闘AIではあるが、戦闘経験はないに等しい。しかも戦闘意欲がないせいか、様々な戦闘記録の蓄積をしていないので、名ばかりの『戦闘素人』だ。なぜナガト博士は、玄武をこんな性格に創り上げたのか甚だ疑問に思うアルフレッドだった。
「ですが、事前に情報が共有されていれば、指示がしやすくなるのですが……」
シンクロ率が100パーセントとはいえ、それは機械的な部分——アルフレッドからの指示回線速度に対する反応速度——であって、意思疎通が100パーセントではない。それを補うための情報共有であることを何度も説明するのだが、玄武は頑なに拒否をし続けるのだった。挙げ句には、アルフレッドと玄武との間に余計なものがあったら邪魔だからと言い出す始末だ。アルフレッドは渋々了承するしかなかった。
「なんとなく大丈夫やと思うんですわ。アルフレッドさんと一緒なら」
「……そうならいいんですが」
不安を抱えたままアルフレッドは時間を確認すると、隊員から告げられていた5分が経とうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「射程距離到達まで30秒前です」
レーダー観測官から報告があがると、より一層の緊張感が司令室に流れた。
「了解だ! 砲兵隊は最終ロックを解除せよ!」
「了解! 最終ロック解除します!」
キサラギ大尉の命令どおりに最終ロックを解除すると、アラートが鳴り響いた。砲台が黒炎の巨人に照準を合わせるべく一斉に砲口を向ける。
砲口を向けられた黒炎の巨人に気づいた様子はなく、淡々と前進を続けている。目的の地へと向かい、黒く燃え盛る炎をまた撒き散らそうと画策しているのか、それともただ本能の赴くままに破壊を続けるのか……。
「射程距離到達まで、あと10秒!」
「撃ち方用意! 目標は前方の黒い巨人だ!」
要塞島に緊張が走る。
「あと5秒、4、3、2……」
射程距離に到達したアラートが鳴り響く。
「撃て!!」
一斉放射された砲弾は、轟音を響かせながら黒炎の巨人へと容赦なく突入していった。次々と着弾した砲弾は光と音を放ちながら爆発していく。
「操舵手! 面舵一杯!」
「面舵一杯!」
間髪入れず、砲兵隊に次弾を込めて攻撃を継続するようにキサラギ大尉は指示を出した。そして、ホログラムで映し出された戦況マップを確認する。
戦況マップには、各部隊の侵攻ルートとタイムテーブルが表示されていた。これは要塞島に搭載された『戦術AI』が立案した作戦だ。作戦どおりに黒炎の巨人を誘導するための迎撃防衛戦術案を即時に実行。決定を受けたAIは全部隊に指示を出すと、要塞島の両翼に展開していた空戦部隊が動き出した。
「さあ、どうでるか?」
AIに示されたとおりの侵攻ルートで突入した戦闘機は、ミサイルを発射するとすぐに離脱し、黒炎の巨人を挑発する。砲弾と同じく着弾はするが、さして効いているようには見えない。攻撃を受けた黒炎の巨人はというと、立ち止まった状態で特に反応がない。本能的に動いている生物? ならば楽だが、意思を持って動いているなら厄介だ。なるべくなら前者であって欲しいと願うキサラギ大尉だが、たとえ後者であっても巨体ゆえの鈍重な動きには対応できるだろう。
次々にミサイルと砲弾が撃ち込まれると、次第に黒炎の巨人の姿が弾幕で見えなくなってきた。
「状況確認! 撃ち方やめ!」
キサラギ大尉の号令とともに砲兵隊、空戦部隊の攻撃が止む。戦闘機の飛行音だけが鳴り響く中、海風で弾幕の煙が晴れてくると、そこには闇夜を照らす赤い支柱のような巨人が佇んでいた。黒い炎を覆い尽くすほどの赤い炎は、相当なミサイル攻撃を浴びせた証だが、それでも倒れることなく立ち続けているのはかなりの脅威だ。
「……化け物だな」
キサラギ大尉のその一言は、全隊員の気持ちを代弁しているかのようだった。
「何をしている? 引き続き攻撃を続行せよ」
レイの凛とした声が司令室に響く。隊員達は彼女の叱咤激励に再び気持ちを切り替え、作戦を続行していく。『従属』のカルマを行使しているレイだが、彼らの意識を完全に支配するのではなく、士気を鼓舞する程度に抑えていた。スラム街の住民を支配していた時のような強力な従属を課すことは可能だが、さすがの彼女でも脳が焼き切れてしまう。その一歩手前までいったのが10代の頃のことだが……。
気を取り直した隊員達は状況確認をしながら各部隊の再編成を始めていた。再びAIから侵攻ルートが提示されると、それに沿って部隊が動きだす。
「哨戒機より報告! 黒炎の巨人に動きが!!」
隊員の1人が慌てた様子で、哨戒機より送信された現場の映像を流す。そこには、巨人を覆い尽くしていた赤い炎が黒い炎に喰われるように消えていく様子が映っていた。
「警戒せよ! 何をしてくるか分からんぞ!」
キサラギ大尉が注意喚起をしていると、管制モニターからアルフレッドの姿が映し出された。
このクソ忙しい時になんだ? とばかりにモニターのアルフレッドを睨みつけるキサラギ大尉。そんなことは一切気に止めずにアルフレッドは話しだす。
「黒炎の巨人の分析が終わりました! 一刻も早く報告をと思いまして!」
巨人を覆う赤い炎は無くなり、通常の黒い炎だけに戻っていた。その様子をモニターで見ながらキサラギ大尉はアルフレッドに問いただす。
「端的に報告しろ! 本来ならお前に構ってる場合じゃないんだぞ!」
黒炎の巨人が動きだした。その動きは『変化』といえるような歪な動きだった。
「黒炎の巨人の正体を解明するため、様々な分析データを調べていると、ある事が1つ分かったんです!」
キサラギ大尉は急かすようにアルフレッドの次の言葉を待った。
「体積がないんです! ということは、あの黒炎の巨人には肉体がないんですよ!」
巨人の姿はいまや、人型ではなくバッタかカエルのような異形に変化していた。
「チッ! そういうことか!!」
キサラギ大尉は苦虫を噛む想いで全部隊に告げる。
「全部隊回避行動をとれ! どこへ飛んでくるか分からんぞ!」
キサラギ大尉が言い終わるかぐらいのタイミングで黒炎の巨人は飛び上がった。黒い炎を纏っているゆえに、夜空に溶け込んでしまってその姿を見失ってしまった。
「目標ロスト! 位置が分かりません!」
「AIに位置情報の解析急がせろ!!」
どれだけ上空へ飛び上がったのか、落下地点がどこなのか、早急に割り出さないと甚大な被害が出るのは明白だ。
「ふん! どうせ奴の矛先はこの要塞島だ。防護障壁を張るぞ!」
レイはカルマを発動させると、要塞島周辺に防護障壁を展開した。その障壁は何重にも張り巡らされ、巨人の突撃に対して万全の態勢を取る。
「目標発見!! 6時方向、上空3千メートル付近です!!」
モニターに映る巨人は、先の尖っていないドリルのような形状に変化していた。黒い炎に覆われたドリル状の先端が回転を始めると、青白い光を放ち始めた。
(鈍重な巨人だと? くそっ!)
キサラギ大尉は、浅はかな自分を恥じた。あの巨人は間違いなく意思を持っている。その証拠に、鈍重な姿を見せつけておいて実は変幻自在なのを隠し、さらには防護障壁が張られるとドリル状に変化しての立ち回りは見事と言えるだろう。
「何をボーッとしている! 攻撃を再開せよ!」
レイの檄が飛び、我に帰った隊員達は一斉に各部隊へ指示を出す。
「黒炎の巨人から高密度のエネルギーを感知!」
巨人の黒炎がドリル状の先端に流れ込み、ドリルの回転速度が上がると、さらに光の輝きが増していく。
「!! あの光は危険です!!」
『高エネルギー反応を感知しました。プラズマ砲と認識。退避行動を開始してください。繰り返します。退避行動を開始してください』
アルフレッドが叫ぶと同時に、アラートが鳴り響いた。戦術AIも危険を察知したようだ。
収束した青白い光は火花を散らし、激しく揺れていた。
「まさかプラズマだと!? 制御どころか砲撃など不可能だろ!?」
「いえ! 安定した出力を維持しています!」
キサラギ大尉の抗議に対して、アルフレッドが反論をする。
『臨界点に達しました。射出されます。退避してください! 退避してください!』
戦術AIの警告と同時にプラズマ弾は一気に放出され、黒炎を螺旋状に纏いながら要塞島へ突き進む。
夜の闇を貫き、光の筋を残しながら、その膨大なエネルギーは要塞島を貫こうとしていた。
鉄壁の少女 イブキ―カルマが選んだ未来― taizo @DAIZO_0325
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