第23話 首都攻防戦⑤
玄武の起動へ向け、司令室はさらに慌ただしくなっていた。
ホログラムモニターを見つめ、ホログラムキーボードを叩いている者。ホログラムで立体化されたパーツのような物を、パズルを組み立てるように上下左右に動かす者など……。
「大佐! 大尉達が帰還しました!!」
一人の隊員が直立し、敬礼のまま報告をした。
「……分かった。ご苦労」
隊員は踵を返すと自分の持ち場へと帰っていった。そんな様子には目もくれず、レイは真剣に何かを見つめていた。それは、レイのカルマ『従属』によって具現化された映像だった。といってもレイにしか見えない映像で、そこには彼女の支配下に置かれた者達が映っていた。
レイは、その者達が五感で感じた膨大な情報を脳に伝達していた。常人の脳ならば精神崩壊を起こしているだろう。だが、カルマによって高速演算が可能になった彼女の脳にはなんの弊害もない。
収集された情報は分類化され、必要な情報だけをピックアップ。その情報を元に、レイは支配下に置いた者達の中で最適な人物を選び命令する。さらに、この一連の流れを彼女は同時進行で複数人に行っているのだ。
「……見つからんな」
「レイ様、ただいま戻りました」
何の前触れもなく、キサラギ大尉がレイの斜め後ろに立っていた。
突然現れた彼女の姿に隊員達は肝を冷やしてしまう。彼女が光速で帰ってくるのは毎度のことなのだが、隊員達はいつになっても慣れることができない。レイは驚くこともなく、いつものように黙々と処理を続けている。
「ご苦労だったな。イブキの様子はどうだ?」
「……黒い巨人の脅威にさらされて、意識を失っています」
巨人の攻撃からイブキ達を逃がしたキサラギ大尉は、一行を連れて地下要塞に着くと一番に医務室へと向かった。到着すると彼女はすぐに医師へイブキの治療の指示を出し、持ち場へ戻ろうとしないヴァンを再度叱り飛ばした。そして、アルフレッドにはハッキング行為等、不穏な動きを察知したら即時に破壊すると脅しをかけておいた。その他諸々のことも早口で一気にレイに報告すると、キサラギ大尉は満足気な表情を浮かべた。
「大佐! 黒い巨人が首都へ戻ろうとしています!」
隊員の報告を聞き、レイとキサラギ大尉は管制モニターを注視した。地下要塞への攻撃をやめ、首都へと歩を進める黒い巨人の姿が映っていた。イブキの姿が見えなくなったことで、本来の目的を思い出したのだろうか……。
すぐさま迎撃をと考えたレイ達だったが、黒い巨人の歩く速度は思いのほか遅い。どうやら海中に足が半分浸っているのが原因のようだ。ただ、陸に近づけば水深も浅くなっていくので、あまり猶予はないだろう。
「今のうちに玄武を起動させ、急いで迎撃するぞ! 準備はどうなっている!!」
隊員達に檄を飛ばすキサラギ大尉。飛ばされた隊員達は、それぞれが受け持つ起動プロセスの進捗を確認し合った。
「起動プロセス完了してます! あとは起動開始するだけです!!」
隊員の一人が報告すると、司令室には緊張の空気が漂った。
「ふん、うまくいけばいいがな」
あまり期待していない表情を見せながら、自分の席に座るレイ。
「レイ様、何度もテストを行なってきました。今度こそ大丈夫です!」
大丈夫だよな? と無言で隊員達を睨むキサラギ大尉。
「起動開始します!」
期待と不安を抱えながら、一人の隊員がホログラムモニターに表示された『起動しますか?』のメッセージに対して『Yes』をタップした。
司令室前方の管制モニターに、起動の進捗を示す画面が表示された。10%、20%と数字が徐々に上がっていくと、祈りにも似た空気が漂う。その祈りが通じたのか、数字が100%に達すると起動完了の画面が表示された。
「…………」
しばらくの間、沈黙が流れると――。
「……ヤダ」
隊員達から一斉に溜め息が漏れた。
「ワイは! 怖いのはイヤじゃ!」
司令室全体に悲痛な叫び声が響き渡る。叫び声は鳴き声に変わり、耳を抑えていないと耐えられないぐらいに酷くなっていった。
「全く!! ナガト博士は、なぜこんなAIを作ったんだ!?」
拳を握りしめて、何とか怒りを鎮めようとするキサラギ大尉。
玄武は、シン・ナガト博士が生み出したAIだ。しかも軍隊に配備された戦闘AIだ。
「アルフレッドもそうだが、AIに性格が必要か!? 人間の言う事を聞かないんじゃ意味が無い!!」
怒りが抑えられなくなったキサラギ大尉の狐目が輝きだした。
彼女の怒りはもっともだと隊員達も思っていた。度重なるテストをしても玄武は全く言う事を聞かず、起動するのもままならない時が幾度となくあったのだから。
一番酷かった時はレイ達を敵とみなし、地下要塞を乗っ取ろうとした時だ。仕方なくレイがカルマを発動し、玄武を支配下に置いて事なきを得たのだが、さすがの彼女でも完全支配は難しく、その時の彼の記憶しか消せなかった。
「ふん! だから言ったのだ、うまくいかんとな」
レイは立ち上がり、紅眼を光らせた。
「レイ様、ダメです!! 玄武にカルマの発動は危険です!!」
レイは、カルマ『従属』を玄武に発動した時、凄まじい反発を受けた。あとで分かった事だが、玄武の核にあたる部分に強力な障壁が組み込まれていたのだ。
おそらくナガト博士が、カルマの能力で玄武が操られないように手を打っていたのだろう。反発をうけたレイは気を失いかけたが、唯一玄武の記憶を司るメモリーだけは支配できることが分かった。そして、敵対心を持ってしまった玄武の記憶だけを消したのだ。
「もしまた、我々を敵とみなしてしまったら、巨人討伐どころか首都陥落、ひいてはナユタ国の転覆もありえるかと!!」
AIに対して懐疑的なキサラギ大尉ではあるが、その反面恐ろしさも分かっているようだ。それは玄武が戦闘AIで、ナガト博士が開発した兵器だということが大きな理由だろう。
「リサ……私のことを信じてないのか?」
一瞬で凍りつく場の空気。
「決してそんなことはありません!! 我々の失態に、レイ様の御手を煩わせるのが心苦しいのです!!」
キサラギ大尉は、常にレイを第一に考えて行動している。組織的な上司と部下、というよりかは主従関係に近い。レイが『死ね』と命令すれば、彼女は躊躇なく実行するのではと思える程に、その関係性には狂気を感じさせる。
二人は無言になってしまったが、相変わらず玄武は泣き叫んでいる。レイが口を開こうとしたその時ーー。
「うわあああぁぁぁぁぁぁん!!!! 助けてくんろー!!!! アルフレッドさぁぁぁぁぁん!!!!」
「「えっ!!」」
玄武の声から、思いがけない名前が出てきた。
「アルフレッドだと?」
この時、全員が愛くるしい球体を思い浮かべた。
「ふん! これは、アイツから詳しい説明が必要だな」
レイの紅眼が妖しく輝いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
医務室に運ばれたイブキは点滴を打たれ、ベッドに横になっていた。まだ意識が戻っていないが、医師の診断によれば命に別状はないそうだ。
アルフレッドは彼女のすぐ側に待機していた。彼に医療行為ができる機能はないが、心拍数や血圧、脈拍数からおおよその健康状態が分かるようだ。イブキの状態を見ると、医師の言う通り問題はなさそうだ。
アルフレッドは少し安心すると、おもむろに後ろを振り返った。するとそこには、ミコトとイズミが心配そうにこちらを見ていた。イブキが寝ている医務室は集中治療室になっていて、部屋の入り口付近はガラス張りだ。二人はガラスの向こうから見ていた。
アルフレッドはコロコロと転がりながら入口に向かうと自動扉を開けた。
「お二人とも、来てくれたんですね」
イズミはミコトの後ろに隠れてしまったが、顔を半分だして小さく頷いた。
「イブキさんは大丈夫?」
ミコトはイブキを起こさないように、小さな声でアルフレッドに聞いた。
「はい。気を失っているだけで、命に別状はありません。高熱に当たって、意識を保てなくなったみたいです」
アルフレッドはイブキの近くまで二人を招き入れると、ここに担ぎ込まれるまでの経緯を簡潔に説明した。
「なんだか、私達には途方もない話しで……現実の事とは思えないわ」
ミコトの言い分は当然だ。つい数日前までは、ごく普通の生活をしていたのに、夫のスミスの行方が分からなくなってから百八十度変わってしまった。
「たしかにそうですよね……私達も知らず知らずの内に、巻き込まれてしまったのかもしれませんね……」
イブキの様子を見ながら、彼、彼女らは少し無言になる。
しばらくすると、イズミがイブキの側に近寄り、手を握った。
「…………」
アルフレッドはふと思い出した。聞こうかどうか迷ってはいたのだが……。彼はミコトに小声で話しかけた。
「もしかして、イズミ様は……声を発する事ができないのですか?」
ミコトは驚いた表情を見せたが、すぐに表情を和らげて「そのとおりよ」と答えた。
やはりそうか、とアルフレッドは納得した。イズミに初めて出会った時、彼女は無口で、こちらから話しかけても返事が来なかった。ただの人見知りかと思っていたが、何かもどかしい表情を見せる彼女を見ていると、もしかしたら……とアルフレッドは思っていたのだ。
「生まれつき声帯が無くてね、命の危険に及ぶことが何度もあったんだけど……何とかここまで元気に育ってくれて良かったわ」
ミコトは嬉しそうな表情で、イズミを見つめている。
「娘と主人はすごく仲が良くてね。主人の仕事が休みで、家にいてる時はずっと一緒にいるのよ」
幸せな家族の一端が垣間見える話だ。アルフレッドにとって家族の概念は無い……そういう風に作られているからだ。
しかし、なぜだろうか? 奥深い部分から何かが込み上がってくる。地上でキサラギ大尉から投げかけられた言葉の時とは違う何かだ……。
「声帯がない……ということは、話すことは不可能なのですか?」
アルフレッドの問いに、またもやミコトは驚きの表情を見せた。
「フフ、あなたって本当にAIなの? 人間ぽい質問をするのね」
「えっ!? そ、そうですか? 私には、よく分かりません……」
普通に質問をしたのに、何がおかしかったのだろう? とアルフレッドは思った。
「そう簡単にはいかないだろうけど……主人がね、娘に約束したの」
「約束?」
ミコトは語り出した。スミスが遺伝子工学の技術で声帯を作りだし、イズミの喉に移植するという話だ。
「声帯の移植がうまくいったら、歌を一緒に歌おうって約束したのよ」
スミスは遺伝子工学の第一人者だ。再生医療に応用できれば可能な話だろう。
ミコトはイズミの将来について、アルフレッドに絶え間なく語りだした。AIである彼に対しては話しやすかったのかもしれない。
アルフレッドは相槌を打ちながら、ただただ彼女の話を聞き続けた。そして、ミコトが不安を押し殺すために話し続けていることを何となく感じながら……。
「アルフレッド、司令室へ来てもらおうか」
「うわ!」
後ろを振り返ると、キサラギ大尉が立っていた。さすがのアルフレッドでも、光速で現れる彼女には対応が出来ずにいた。
「なぜ、私が司令室へ行かないといけないのですか? 私はイブキ様の元を離れるわけにはいけませんので」
アルフレッドはきっぱりと答えた。
「お前の意見など聞いてない。玄武と繋がっていることは知っているんだ……早くしろ」
キサラギ大尉の冷たい視線が、アルフレッドに突き刺さる。
(やっぱり気づかれましたか……)
「司令室へ行って、何をさせるつもりですか?」
「猿芝居はやめておけ。どういう状況か把握しているんだろ?」
キサラギ大尉は、腰にある剣の柄に手を置いていた。これは脅しではなく……彼女なら容赦なく実行するだろう、とアルフレッドは瞬時に分析した。
「私に玄武を説得させるつもりですね……。わかりました、司令室へいきましょう」
アルフレッドはミコトとイズミの方を振り返ると、申し訳なさそうに言った。
「すみませんが私がいない間、イブキ様を見ていてもらえないでしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。私達が見ておくわ」
ミコトは優しく微笑みながら言った。イズミは恥ずかしそうに小さく頷いた。
「ありがとうございます」
アルフレッドはコロンっと前へ少し転がり、頭を下げるような仕草をした。
「もう済んだか? 一刻の猶予もないんだ、急ぐぞ」
「ちょっとまっ!」
キサラギ大尉は有無を言わさずアルフレッドを懐に抱えると、カルマを発動させた。
光の粒子らしきものがキサラギ大尉の周りに集まってくると――。
「っ!!」
音もなく、一瞬で消えた。
「……」
二人を見送る形になったミコトは、しばらくの間呆然としていた。
(これから一体どうなるのかしら……)
ミコトはイズミの側まで行くと、彼女の背後から頭をゆっくりと撫でた。すると、イズミが振り返って両手を広げた。
「ん? 抱っこしてほしいの?」
ミコトは、しゃがんでイズミを抱き上げようとすると——。
「! イズミ……」
イズミはミコトに抱きつくと、彼女の頭を撫でた。丁寧な撫で方ではなかったけど、母親の不安な心を取り除こうと一生懸命だった。
ミコトは娘の健気な行動に、抑えていた感情が溢れてしまった。
「うぅぅ!!」
ミコトはイズミを抱きしめた。涙がとめどなく流れ、抑えることができない。すると、イズミの抱きつく力が強くなるのを感じた。
『お母さん……泣かないで』
「えっ!?」
驚いたミコトは思わずイズミの顔を見るが、キョトンとした表情でミコトを見ている。
(あれ? 気のせい?……)
確かに聞こえたと思ったんだけど……。あり得ないことなのにどうして反応してしまったんだろう……。
疲れてるんだ、と自分に言い聞かせたミコトは苦笑しながらイズミを再び抱き寄せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます