第22話 首都攻防戦④

 澄んだ青空はどこまでも高く、悠然と流れる雲は、より一層その青を引き立てていた。青空の下には大草原が広がり、爽やかな風が流れていた。その草原に横たわっている一人の少女の鼻先を、風で揺れた草花がゆっくりと撫でた。

 

「あ……」


 少女はイブキだった。


 しばらくの間、空を眺めていた彼女は鼻で大きく息を吸った。そして、ゆっくりと息を吐くと少しずつ意識がはっきりとしてきた。

 

 なぜこんな所で寝ているんだろう……? 再び目を閉じるが、よく思い出せない。埒があかない、と思ったイブキは起き上がって周りを見渡す。すると自分の置かれている状況が少しずつ分かってきた。


「何これ、メッチャ広いじゃん……」


 辺り一面に広がる大草原を見て、イブキは思わず苦笑した。


「くぅぅ……」


 両手を上に上げ、背伸びをしたイブキの口から吐息が漏れる。完全に目が覚めた彼女は、おもむろに後ろを振り向くと遠くに建物が見えた。


「あれは……家?」


 その建物まで飛んで行こうと思い、カルマを発動しようとしたが……発動しない。


「あれ? なんで発動しないの?」


 ふと疑問に思ったが、なぜかそれほど重要でもないと思い始めた。そもそもカルマってなんだ? と疑問に思ったが、それも重要ではないと思い始めた……。

 何かが少しずつ欠落していくような感覚だが、とにかくあの家らしき所へ行こうとイブキは歩きだした。

 草原に生えている草や花は、膝下ぐらいまでの高さで比較的歩きやすい。これならあの建物にはすぐ辿り着けそうだ。

 しばらく歩いているとイブキはある異変に気づいた。


「なんかすっごく静かなんだけど……」


 風で草原が揺れているのに、その音が聞こえない。さっきまで聞こえていたと思うのだが……。


「あー、あー」


 自分の声は聞こえるのだが、周りの音が聞こえない。さらに気がついたのだが、自分の歩く足音も聞こえなくなっていた。


「はは……なんで?」


 ふと疑問に思ったが、それほど重要でもないと思い始めた――。

 

 しばらく歩いていると、目的の建物に辿り着いた。家というよりかは、宗教施設の建物に見える。なぜなら、2階建ての屋根の上にシンボルマークの様なオブジェが立っているからだ。そして、白い壁に白い屋根、全てが白に統一された教会のような建物だった。


「なんのマークだろう? 見たことがあるような無いような……」


 誰かが住んでいれば、何か聞けるかも知れない……。そう思ったイブキは建物に近づいていく。


「あれ? なんだこれ?」


 中に入ろうと両開きの扉の前まで来たが、それ以上前へ進まない……。見えない壁というか、厚い空気の層に押し戻されるような感覚だ。


「なんで進めないの?」


 イブキは強引に進むが、一定のラインまでいくと全く前へ進めない。それでも諦めずに前へ進もうとすると――。


「うわっ!!」


 弾かれるように後ろへ飛ばされたイブキ。尻餅をついたイブキは、苦悶の表情で腰の辺りをさすった。


「痛〜い……何が起きてるの?」


 少し苛立ちながら建物を睨みつける。睨んだところでどうにかなる訳じゃないのだが、この苛立ちをぶつけるところがないのだから仕方がない。


「あっ!」


 建物の2階のベランダ部分に人影が見えた。イブキは背伸びをしながら手を振り、自分の存在をアピールする。しかし、相手は気づいていないようなので、仕方なく「すみませーん」と声で呼びかけてみる。


「…………」


 全く反応がない。もう一度呼びかけようとすると、その人影がベランダの手すりまでやってきた。やっと気づいたかと思い、その人物の顔をよく見ると……イブキと年恰好が同じぐらいの少女だった。

 白銀のような輝きを持つ長い髪、透き通るような白い肌、目鼻立ちは整っていて、いわゆる美人の部類に入るだろう。華奢な体ではあったが、弱々しくは見えなかった。それは少女の眼の輝きにあった。白銀の輝きを放つその眼は全てを見透し、立ちはだかる者を寄せ付けない圧を感じる。事実、イブキがその場に立ちすくみ、動けずにいたのだから……。

 少女は大草原の遙か先を見ているようだった。何を見ているんだろう? と後ろを振り返ると――。


「……ん? あれは何?」


 遥か遠くの方から黒い煙が立ち昇っている。イブキが目を凝らして見ていると、大草原を埋め尽くす黒い物が津波のように押し寄せて来た。


「ちょっ! ちょっと待って! こっちに向かって来てるじゃない!!」


 イブキは急いで逃げようとするが、見えない壁に阻まれて前へ進めない。


「ちょっとあんた! 見えてるんでしょ! ここを通れるようにしてよ!!」


 少女はイブキには目もくれず、前方の黒い物を凝視している。恐怖で動けずにいるのかとイブキは思ったが、それは思い違いだと気付かされた。


 少女は笑っていた。


 しかも、これから始まる何かを待ちわびていたかのように……。

 イブキは少女の異様な雰囲気に、後ろから迫ってきている黒い物以上に恐怖を感じてしまった。再び後ろを振り返ると、黒い物が目前まで迫っていた。


「きゃああーー!! 助けてーー!!」


 イブキはもう一度叫ぶ。しかし、少女はイブキを見ようとはしなかった。


「どうして!? なぜ!?」


 この少女は気づいていないのか? それとも完全に無視しているのか? 無視しているならその理由が全く分からない……。

 イブキがもう一度振り返ると、辺り一面が黒い物で覆い尽くされていた。


「あぁ……」


 黒い物の正体は黒炎だった。その炎はまるで意志を持っているかのように少しの隙間もなく、全ての草花を燃やし尽くしていた。


「…………」


 イブキはもう言葉が出なかった。抵抗する術が無く、ただ黒炎の行方を見守るしかない。

 黒炎が高く舞い上がった。推定50メートルぐらいだろうか、イブキと白い建物を確実に飲み込もうとの意志を感じる。


「っ!!」


 黒炎がイブキと白い建物を覆い尽くした……かにみえたが、白い建物があった部分だけがドーム状になっている。そして次の瞬間ーー白い建物を中心に黒炎が弾け飛んだ。その衝撃波は放射線状に広がり、跡形もなく黒炎を消し去っていく。


「…………」


 焼け野原となった草原の中でイブキは佇んでいた。その姿は黒炎に襲われたにも関わらず全くの無傷だった。


「……あれ? 生きてる??」


 イブキは自分の身体をひとつずつ確認しながら、本当に無傷なんだと認識した。しかし、ひとつだけ信じられない現象が起きていた。


「私の身体……透けてる?」


 黒炎に触れた代償なのか、それとも別の理由なのか……。なぜだろうとは思うのだが、その反面どうでもいい気持ちで錯綜している。

 焼け野原となった草原跡を見ていると、地平線に沿って何かがこちらへ向かって来ていた。遠目では良く分からないが、そのシルエットは人型に見える。かなり遠くにいるのに人型と判別できるなんて異様だ。

 頭に浮かんだイメージにイブキは否定をしながらも、あるワードがどうしても浮かんでしまう。


「あれは……巨人?」


 イブキの身体が半透明になってきた。そのせいもあるのか、巨人らしき物を見ていても少しずつ興味が無くなってきた……。

 

 そういえばあの少女は? 


 ふと思い出したイブキは建物の方を振り返った。少女は銀色に輝き、宙に浮いていた。元々神秘的な姿ではあったが、白銀の瞳の輝きがその姿を神々しく見せている。そして、先ほど感じた異様な雰囲気はもうそこには無く、逆に悲しげな瞳で巨人を見ている。


「……なぜ、そんなに……悲しそうなの?」


 イブキの意識が薄れ始めた。身体はほぼ透明化し輪郭もぼやけてきた。視界も狭まり、やがて暗闇の世界が訪れてきた。


「私は……どうなるの?」


 自分の存在が消えていく事に恐怖は無かった。ただ、これは夢であってほしいという願望はあったが……。

 薄れていく意識の中で、ただ一言つぶやいた。


「私は……どこへ行くの?」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「! !! ――様! イブキ様!!」


「はっ!!」


 アルフレッドの呼びかけに目覚めたイブキ。地面に横たわっていたイブキは片手で頭を抱えながら、ゆっくりと上体だけを起こした。


「ここは? 私はどうなったの?」


 イブキの視界には時間や気温、現在地の座標などが表示されていた。アルフレッドが変形し、イブキの頭部におさまっているからだ。


「ここは要塞『玄武』の地上部分です。ひとまず避難しているところです」


「避難?」


 状況をすぐに飲み込めないイブキ。記憶を辿ろうと試みるが、今ひとつ思い出せない。

 それを見たアルフレッドは、イブキが目覚めるまでの経緯を話し出した。


「黒い巨人が我々を狙って攻撃をしてきました。直撃かと思われた一撃でしたが、突然現れた障壁によって攻撃を防ぐことができました。どうやらアカツキ大佐のカルマの能力だったようです」


 直撃は免れたものの、爆風と熱でイブキは気を失ってしまったようだ。気絶したイブキを介抱し、ここまで運んだのはヴァンだった。すぐさま黒い巨人の方へと飛んでいったそうだが、その行方は分からない。


「あいつ……。筋肉バカだから、何も考えずに飛び込んでなきゃいいけど」


「イブキ様、如何なさいますか?」


 アルフレッドが問いかけたのは、黒い巨人に対するイブキの対応だ。現時点でのイブキの目的はスミス・ウェールズの捜索であり、黒い巨人には何の目的もない。ましてや、民間人であるイブキは避難する側だ。


「あんなの、私がどうこうするような代物じゃないよ。軍に任せとけばいいよ」


 そもそも要塞『玄武』があの黒い巨人を処理する為に首都に急行したのだから、余計なことをしないのが得策だ。ましてや、あの黒い炎の一撃を防いだ大佐のカルマなら何とかなるだろうとイブキは考えていた。それに――。


「父と母を疑っているアカツキ大佐には協力できないわ」


「承知致しました。それではご自宅に帰りましょう。先生がご心配しているでしょうから」


 先生と聞いた瞬間、イブキの顔が青ざめた。


「しまった! 先生のこと忘れてた!!」


 頭を抱えてしゃがみ込むイブキ。


「アル……もしかして着信とか一杯来てる感じ?」


「はい。着信通話20件、メール着信26件、全て先生からの着信です」


「うぐっ!!」


 顔面蒼白となったイブキは震えながら思い出した。仕事中は着信拒否するようにアルフレッドに命令していたことを……。


「は、早く帰りましょ……」


「はい……」


 イブキがゆっくり飛び上がろうとしたその時、頭上で轟音が鳴り響いた。


「きゃあー!!」


 地面が上下に揺れ動き、イブキは立っていられなくなる。


「何!? 地震!?」


「イブキ様!! 上をご覧ください!!」


 アルフレッドに促され頭上を見上げると、黒い巨人がイブキ達を見下ろす形で立っていた。それもただ立っているのではなく、巨大な右手の拳を振り下ろそうとしていた。


「ちょっ! マジ!! なんでこんな近くにいるの!?」


「イブキ様!! 衝撃波来ます!!」


 スローモーションの様に見える巨大な右拳は振り下ろされ、再び轟音が鳴り響いた。


「っ!!」


 巨大な右拳は、今まで見えてなかった障壁によって遮られた。そして、黒い巨人の右拳と接触したことによって格子状の障壁が露わになった。右拳はそれ以上降りてくることはなかったが、それでも全ての衝撃を防ぐことができず、再び地上が揺れ動く。周辺の木々がありえないほど左右に揺れ、弾けるような乾いた音が鳴り響く。何本かの木が倒れ、鳥が飛び立ち、隠れていた小動物達が一目散に逃げていく。


「くっ! とんでもない威力だわ!!」


「ここは危険です! 離脱しましょう!」


 イブキは重力操作で揺れから逃れると、すぐさま上空へと飛び立った。

 

 黒い巨人を見下ろせる高さへ瞬時に移動したイブキは、目に入った首都の様子に驚愕する。


「ラクシャが……燃えている」


 首都を煌びやかな輝きで飾っていた多くのビル群が、炎に包まれ崩れ落ちていた。どれだけの被害が出ているのか想像もできない。


「あの巨人は一体なんなの? なんでこんな事を……」


 黒い巨人を再び見ると、さっきまでの動きが嘘のように棒立ちで立っていた。何かを探しているかのように首だけを動かし、周りを見渡していた。そして、顔だけを上に向けた黒い巨人はイブキを発見した。


「グゥワアアアアアーー!!」


 胸を突くような突然の咆哮。驚きで一瞬、呼吸が止まるイブキ。

 黒い巨人の周りに無数の黒炎が出現すると、イブキ目掛けて一気に放たれた。


「あぶない!!」


 猛スピードで向かってくる黒炎をイブキは重力操作で回避していく。しかし、いつもより動きが鈍い。回避するごとに通り過ぎる黒炎の高熱にやられ、イブキの意識が朦朧としていたのだ。

 アルフレッドがイブキの視界に回避先をナビゲートしているが、徐々に間に合わなくなってきている。


「イブキ様! 気をしっかり持ってください!!」


(む……無理……)


 とうとう宙に浮いているだけしか出来なくなったイブキに、黒炎は容赦無く襲いかかってくる。


「イブキ様ーーーー!!」


 アルフレッドは液状化し、イブキを護ろうとして盾に変化した。


「私が必ずお護りする!!」


 はたしてこれで黒炎を防げるか分からないが、アルフレッドにとっては最大の抵抗だった。猛スピードで向かってくる黒炎がアルフレッドに到達しようとしたその時——。黒炎が爆発し、爆風を撒き散らしながら無数の塵となって消えていった。それどころかイブキ達に向かってきている他の黒炎も次々と爆発して消えていく。


「こっ! これは一体!?」


「ひゅー。間に合ったぜ!」


 少し掠れ気味の口笛、ちょっとだけイラッとする声が背後から聞こえてきた。


「ヴァン殿! あなたでしたか!」


「アルフレッド君! 俺が来たからもう大丈夫だぞ!」


 どこからくる自信なのかは分からないが、この状況で助けが来たことはアルフレッドにとって願ってもないことだ。


「とりあえずここは危険だ! 今のうちに要塞に戻ろう!」


「えっ!? 戻るのですか?」


 黒炎の爆発の影響で、周辺は煙が充満している。視界が悪くなっているので、巨人の動きは大人しい。。

 ヴァンはかろうじて宙に浮いているイブキをおんぶし、急いで降下していく。


「ちょっと待ってください!」


アルフレッドも急いで後を追う。


「今、要塞全域が大佐の加護で護られている。だから要塞にいる方が安全なんだ。それに——」


 ヴァンはアルフレッドに目配せをする。


「君も気づいてると思うけど、あの巨人は彼女を狙ってるよね?」


 ヴァンの指摘にアルフレッドは反論できなかった。実は黒い巨人を分析している内に、攻撃の照準が常にイブキであることに気づいたのだ。なぜイブキを執拗に狙うのかはまったく分からないのだが……。


「仕方ありませんね。要塞内に戻るのはイブキ様の本意ではありませんが……」


 再び要塞に降り立ったヴァンとアルフレッドはイブキを地面に横たわらせた。

 煙幕がわりになっていた煙はすっかり消え、黒い巨人の姿がはっきりと見えるようになっていた。そして、イブキ達の姿を見るや否や、またしても巨大な右拳が振り下ろされた。


「またくるよ!!」


 ヴァンが叫ぶと同時に轟音が轟く。黒い巨人の右拳が、またしても見えない障壁に防がれたのだ。再び地面が大きく揺れ、ヴァン達は衝撃に耐えるしかなかった。


「くそ!! あんなのとどうやって戦えっていうんだよ!?」


 激しく揺れる中で、ヴァンは愚痴をこぼす。黒い巨人はもう一度右拳を振り上げ、更に一撃をくわえようとする。


「ちょっ! またかよ!!」


 ヴァンが黒い巨人を睨んだ瞬間、右拳を一筋の光が一閃。


「あっ!!」


 巨人の右拳が手首のあたりで弾け飛んだ。


「っ!!」


 落雷の如く、衝撃音が遅れてやってくる。


「グワァァァァァァァァァァァ!!」


 断末魔の叫びをあげる巨人。


「なっ! なんですかあれは!! とてつもない高エネルギー体が通り過ぎましたよ!!」


 さすがのアルフレッドも光の正体が分からなかった。


「キサラギ大尉だ!!」


 ヴァンが指を差した上空に光柱が現れた。その光柱は黒い巨人よりも上空に現れ、夜空に一際目立つ輝きを放っていた。アルフレッドは光柱をフォーカスしてみると、それは光る大剣だった。その大剣を携えたキサラギ大尉が自分の背丈の何倍もあろう大剣を軽々と振り上げると、上空から降下しながら目にも止まらない速さで振り下ろした。



『クレイヴ・ソリッシュ』


 

 振り下ろされた大剣は何の抵抗もなく、黒い巨人の右肩を一閃。


「!!」


 右肩が切り落とされ一気に離散。


「グワァァァァァァァァァァァ!!」


 黒い炎を撒き散らしながら、巨人の右腕が消滅していった。


「すっ! すごい!!」


「さすが、キサラギ大尉の変幻自在の光剣だぜ!!」


「おまえはここで何をやってるんだ?」


「うひゃっ!!」


 突然背後に現れたキサラギ大尉に驚いたヴァンは情けない声を出した。


「第一種戦闘配置中だぞ!! おまえの持ち場はここじゃないだろ!!」


「はっ!! 申し訳ありませっ! へぶっ!!」


 急いで敬礼をして直立不動になろうとしたヴァンだったが時すでに遅く、キサラギ大尉の持つ軍刀の柄頭で腹部を思いっきり突かれてしまった。


「遅い!!」


「ごほっ!! ごほっ!!」


 腹を押さえて地面にうずくまるヴァン。その姿を見たキサラギ大尉の目は、今まで以上に吊り上がっていた。


「そ、そこまでしなくてもいいのでは……」


 言いかけたアルフレッドをキサラギ大尉が睨みつける。


「たった1人の軽率な行動が幾百、幾千の兵士達を危険に晒してしまうかも知れぬのだ!! AI如きに言われる筋合いはない!!」


 断固とした決意と気迫。


 キサラギ大尉の目には青白い光が宿り、鬼の形相でヴァンを睨みつけた。


「挙げ句には軍曹になったばかりだというのにこの体たらく!!」


 キサラギ大尉はヴァンの髪の毛を鷲づかみにすると、無理矢理顔を上げさせた。そして、吊り上がっていた狐目を下げると口を開いた。


「レイ様の顔に泥を塗るようなことをしたら……許さんぞ」


「……はい……わかりました」


 ドスの効いたキサラギ大尉の言葉に、ヴァンはそう答えるしかなかった。浅はかな自分に言い聞かせるように……。


 アルフレッドは、キサラギ大尉に言われた言葉を何度も反復していた。それは誰にも言われたことのない言葉だったからだ。そして、アルフレッドの頭脳ともいうべきCPUからは『侮辱』『差別』『偏見』など、おおよそネガティブな単語が信号として送られてきていた。


「……またです。何なのでしょうか……この違和感は……」


 イブキと出会った頃は、ただCPUから送られてくる言葉をそのまま伝えていた。だが、次第にアルフレッド自らが考え、導き出した言葉を伝えていくようになった。すると……。


「私の奥深い部分から来る、この違和感は一体何なのでしょう?」


 無機質に反応する部分とそうじゃない部分との境界線がはっきりと分かれて、無視できないところまできていた。そして、黒炎から身を挺してイブキを守ろうとした自分の行動に対しても……。

 

「イブキ様が原因なのでしょうね……」


 気を失っているイブキを見つめながらアルフレッドは思った。


「グオオォォォォォォォーーーーー!!!!」


 突然、黒い巨人が叫んだ。辺りの空気を震わせ、その場にいる者達を身構えさせる。


「ぐあぁぁ!! うるせぇぇ!!」


 蹲っていたヴァンはそのままの体勢で耳を塞いだ。


「あっ! あれを見てください!!」


 思わずアルフレッドが叫んだ。キサラギ大尉とヴァンは、黒い巨人を見て驚愕した。


 キサラギ大尉が切り落とした右腕付近に無数の黒炎が纏わりつくと、やがてその黒炎は主のあるべき右腕の形を形成していった。


「ちっ! やはり通用しないか……」


 軽く舌打ちをしたキサラギ大尉は手に持っていた軍刀を腰に付け直し、ヴァンに目配せをする。


「その娘を連れて要塞内に戻るぞ」


「はっ! ちょうど今から戻ろうとしていたところです!」


「余計なことを言うな!!」


「ひっ!!」


 再び制裁を加えられそうになるヴァン。流石のキサラギ大尉も呆れ果てている。


「あまり時間がない!! 急ぐぞ!!」


「はっ!」


 今度は余計なことを言わずに瞬時に行動するヴァン。イブキを重力操作で宙に浮かせると、そのままの状態で移動を始めた。

 キサラギ大尉、イブキ、ヴァン、アルフレッドの順番で走り始めると、黒い巨人がいち早く反応した。


「グアァァァァァァァァァーーーー!!!!」


 黒い巨人は再生した右腕で再び右拳を振りおろした。


「うわ!!」


 衝撃波が走り、島全体が揺れ動いた。


 キサラギ大尉達はふらつきながらも急いで走り続けるが、間髪入れずに黒い巨人の左拳が振りおろされる。


「!!」


 狂ったかのように拳を連打してくる黒い巨人。平行感覚が失われるほどの激しい縦揺れと横揺れが同時に襲う。

 キサラギ大尉は走るのをやめ、軍刀を手に取ると一気に刀を抜いた。


「はぁぁぁ!!」


 光の粒子が刀身に集まり、ある形に形成されていく。それは、キサラギ大尉の身長を大きく超える長い光の槍となって神々しく輝き出した。槍投げの構えをとったキサラギ大尉は、黒い巨人に照準を合わせる。


「ゲイボルグ!!」


 言い放つと同時に光槍を投擲。光の速度で黒い巨人へと一直線に飛んでいった。


「「えっ!?」」


 ヴァンとアルフレッドは驚いた。さっきまで前を走っていたキサラギ大尉が、光槍を投げ終えた姿になっていたからだ。キサラギ大尉は一連の動きも光速で行うので、誰の目にも捉えることができないのだから無理もないだろう。


「グオォォォォォォォォーーーーー!!!!」


 黒い巨人の叫び声で振り向いたヴァンとアルフレッドは、眼の前の光景に驚愕した。

 黒い巨人の胸元に光り輝く光槍が刺さっていたのだ。そして、その光は輝きを増していった。


「あぁ!! 光が広がっていきます!!」


 巨人の大きな胸元を覆い隠すほどの光が広がった瞬間。


「あっ!!」


 四方八方に光が飛び散り、巨人の胸元から胴体部を引き裂いた。


「グオォォォォォォォォーーーーー!!!!」


 断末魔を上げながら、黒い巨人の上半身が消滅していった。


「やった!! さすが大尉だ!!」


「すごい……」


 さっきまでの狂ったような動きが嘘のように巨人が沈黙している。


「……」


 喜んでいるヴァン達とは裏腹に、キサラギ大尉は身じろぎもせず巨人を見据えている。


「……今のうちに急ぐぞ」


「……え?」


 キサラギ大尉は、巨人の姿など意に介さない様子で再び走り出した。


「えっ、大尉? なぜ?」


 急いで走るキサラギ大尉の行動に理解できないヴァンが呆然としていると……。


「見てください!! 巨人が!!」


 アルフレッドの絶望に近い声に反応したヴァンは巨人を見上げた。


「あぁぁ!! 炎が!!」


 引き裂かれた胸元辺りから黒炎が燃え上がり、再生が始まっていた。キサラギ大尉の行動に間違いはなかったのだ。ヴァンは再び浅はかな自分を呪った。


「急げ!! もう時間がない!!」


 普段は見せない焦りの表情のキサラギ大尉に違和感を感じるヴァン。


「なぜそんなに急いで戻るんですか!?」


 キサラギ大尉は答えずにひたすら走り続ける。そして、ようやく地下へ降りる入り口に辿り着いた時、キサラギ大尉はヴァンの問いかけに答えた。


「要塞『玄武』がそろそろ起動する。動きだせば地上には居られないからな」


「玄武が起動?」


 事情を知らないヴァンは困惑の表情を見せる。


 アルフレッドはただ見守るだけだった。

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